日本各地では、風土に根ざした多様な染織品が古くから作られてきました。その美しい布を次世代へと受け継いでいきたい──そんな願いを込めて、全国の産地を取り上げた特集「染織レッドリストを救え」は、雑誌『美しいキモノ』で大きな反響を呼びました。この特集を、各産地への最新リサーチ情報を加えて、デジタル連載として復刻します。

北から巡る連載の第12回では、千葉県の「館山唐桟(唐棧・とうざん)」をはじめ、「銚子縮」「江戸組紐」「万祝(まいわい)」、神奈川県の「横浜スカーフ」を紹介します。

日本全国 染織レッドリストを追う千葉県「館山唐桟」館山に伝わる伝統技法で現在の唐桟織を製作館山唐桟の着尺撮影=中村 淳

館山唐桟の着尺。着物のほか、帯も作られるようになりました。用いる糸の太さにより、地風にもバリエーションがあります。着物と帯/染織こうげい浜松店

舶載の縞木綿が唐桟とよばれて珍重され、江戸時代には国内でも作られるようになりました。他産地の唐棧はやがて衰退しましたが、館山の齊藤家に伝統的な技法の唐棧織が受け継がれています。初代の故・齊藤茂助氏は明治初期に東京で技法を習得、館山に移りました。現在は四代目の裕司さんが製作しています。

唐棧は細い木綿糸を用いた絹織物のような地風が特徴で、模様は竪縞が基本です。植物染料で糸染めしますが、齊藤家では染液を舌で味わう独特の方法を伝えてきました。渋みでタンニンの強さを測り、濃度を決めるのです。求める色により、何度も染め重ねて堅牢度を高めます。その後、デザインを決め、整経などの機準備を経てバッタン機で織り、木槌で砧打ちをして仕上げます。かつては藍地が主流でしたが、近年は中間色の作品も増えました。2009年に「館山唐棧織(たてやまとうざんおり)」の名称で、千葉県指定無形文化財に指定。齊藤裕司さんは先々代、先代に続き、千葉県の無形文化財に認定されています。

制作工程

館山唐桟の縞帳撮影=遠藤 純

齊藤家に伝わる縞帳。

館山唐桟の制作過程撮影=遠藤 純

染液を味わって濃度を決める独特の方法。

館山唐桟の制作過程撮影=遠藤 純

渋木、矢車、五倍子などの植物染料を煮出して染液を作ります。

館山唐桟の制作過程撮影=遠藤 純

カブト鉢とよぶ陶器の鉢に染液を入れて糸を染めます。揉み込むように染めて絞り、よくはたいて風を通す作業を繰り返し、媒染します。

館山唐桟の制作過程撮影=遠藤 純

様々な色に染め上がった糸。

館山唐桟の機織り撮影=遠藤 純

紐を引いて杼を飛ばすバッタン機による製織。

館山唐桟の制作過程撮影=遠藤 純

湯通しして幅を整え、砧打ちで仕上げます。石の上にたたんだ織物を置き、木槌で約3000回打ちます。

【その後の館山唐桟(2026年現在)】
齊藤裕司さんにより制作が続けられており、展示会で作品を発表するなど活躍中です。

Related Story千葉県「銚子縮」肌触りの爽やかな藍染の木綿の縮銚子縮写真提供=銚子市観光商工課

藍色の縞を織り出した銚子縮。縞がほとんどですが、模様染めもあります。

銚子市で作られている藍染の綿縮(ちぢみ)。右撚りと左撚りの特別な強撚糸を緯糸に交互に織り込み、布面にシボを出します。江戸時代の中頃から生産され、縮特有の肌触りの良さから好評を博し、明治時代に全国に名が知られましたが、その後減少し、昭和の初めには幻の織物に。しかし一九五二年、故・常世田真次郎氏が復興。現在は三代目の常世田眞壱郎さんが技術を継承しています。一九八四年に千葉県の伝統的工芸品に、二〇〇一年に県の無形文化財に指定されました。

制作工程

銚子縮の織機写真提供=銚子市観光商工課

織機と三代目常世田眞壱郎さん。

【その後の銚子縮(2026年現在)】
制作を継続中です。銚子ちぢみ伝統工芸館のFacebookで情報を発信。製品の販売や工房の見学、体験教室を行っています。

千葉県「江戸組紐」松戸で作られる江戸組紐江戸組紐撮影=中村 淳

金糸銀糸入りの礼装用帯〆/中村正

松戸で組紐を作ってきた創業一八九三年の「中村正(しょう)」。松戸出身の創業者が、東京の本所で組紐の技術を学んだ後独立し、松戸に戻って組紐製造業を始めました。現在、工房では、先々代が残した綾書き帳などを元に、正絹・日本製にこだわって、手組みの味を大事にした紐作りを行っています。現在四代目の中村航太さんが技術を継承しています。二〇一四年に県の伝統的工芸品に指定されました。

制作工程

person weaving on a traditional loom写真提供=中村正

4代目の中村航太さんが組紐を制作する様子。

【その後の江戸組紐(2026年現在)】中村正では制作を継続中。Facebookでは、制作の様子や商品紹介、展示会などの情報を掲載しています。中村さんは伝統工芸展への出品や、後進の育成にも力を注ぐなど、精力的に活動を行っています。

Related Story千葉県「万祝」大漁を祝った漁師の晴着万祝所蔵・写真提供=館山市博物館

昭和初期製作の万祝。扇に「いわし」の文字があります。国指定重要有形民俗文化財。

大漁を祝って、船主が船子に贈った祝い着が「万祝(まいわい)」。かつて房総半島を中心に、静岡県から青森県にかけての太平洋沿岸に見られた風習です。絵柄は鶴亀などの縁起物、桃太郎のような昔話、マグロやクジラといった漁獲物など豊富です。生地は藍染の木綿が一般的。筒描きもありますが、同柄を複数枚染めることから型染がほとんどです。配られた万祝を揃って着て参詣に出掛けるなど、万祝は漁師の晴着でした。この風習は、江戸時代後期には定着し、昭和三十年代まで行われていました。現在は、銚子と鴨川に万祝染を継承する業者があり、大漁旗などを染めていて、県の伝統的工芸品に指定されています。

制作工程など

万祝の型紙所蔵・写真提供=館山市博物館

万祝の型紙。型紙同士を糸で留めて染色。県指定有形民俗文化財。

万祝の着用姿所蔵・写真提供=鴨川市郷土資料館

着物の上にはおる着方。万祝は昭和8年製作。

万祝の着用姿所蔵・写真提供=鴨川市郷土資料館

帯を締める着方。上に羽織を着て。古くなると筒袖の仕事着や綿入れ防寒着などにしました。

【その後の万祝(2026年現在)】
現在も銚子や鴨川で万祝染を継承する業者が複数あり、漁旗や店舗用のれんなどの制作を続けています。

千葉県のその他の工芸品

ここで紹介したほかにも、千葉県の伝統的工芸品に指定された染織品には、手描友禅、小紋染、日本刺繍、下総染(藍染)などがあります。

神奈川県「横浜スカーフ」港横浜から世界に出荷されたスカーフ横浜スカーフ撮影=中村 淳

手前2点は、中華街や黒船など、横浜にちなむ名物や名所をプリントしたスカーフ。2点共/横浜繊維振興会 ほかは着物にも似合うシフォン生地のスカーフ。すべて/飯野

横浜は生糸貿易で発展してきた街。各地から運ばれた生糸は横浜港から輸出されました。明治初期には絹のハンカチーフの生産と輸出が始まり、昭和初期にはスカーフが主流に。戦後は何度もスカーフのブームが訪れ、一九七一年頃には横浜スカーフが世界の生産量の過半数、国内では約九割を占めました。

技術は最初は無地染だったものの、木版捺染、型紙と刷毛を使った刷毛染と進化し、昭和初期にはスクリーン捺染が登場。現在もスクリーン染型を使った手捺染のスカーフが作られ、薄い生地に多色を重ねて微妙な色を鮮やかに染める技術を世界に誇ります。現在は地方に転出した工場もありますが、技術やデザインなどの情報は今も横浜に多く集中しています。

制作工程

横浜スカーフの捺染写真提供=東福産業

スカーフ生地にスクリーン染型を置き、染料を載せて手作業で捺染します。

横浜スカーフの捺染写真提供=東福産業

使う色の数だけ型で捺染を繰り返します。

【その後の横浜スカーフ(2026年現在)】
現在も複数の業者が制作を継続中。横浜の伝統的な地場産業として、横浜繊維振興会が普及活動を行っています。スカーフやシルクの魅力をPRする「横浜スカーフ親善大使」も活動中です。

撮影=遠藤 純 中村 淳 構成・文=笹川茂実

『美しいキモノ』2015年夏号より

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