高市早苗氏が率いる自民党は今回の衆議院選挙で戦後最大の勝利を収めた。高市早苗氏が率いる自民党は今回の衆議院選挙で戦後最大の勝利を収めた。Reuters / TPG Images高市早苗氏は率直な対話と若者層への戦略的アプローチによって、経済への不安に応え、衆議院議員総選挙で歴史的な勝利を手にした。この圧倒的な信任は、改革に必要な「強力な実行力」を彼女に与え、重要政策を推進することになるだろう。Business Insider Taiwanは、高市氏が繰り広げた今回の選挙戦について、日本在住の東京台湾商工会青商会(青年部)会長に聞いた。

2月8日の投票日当日、日本列島は猛烈な寒波に見舞われた。滅多に雪が降らない東京や大阪でも激しい降雪が観測されるなど、投票日としてはこれ以上ない悪条件だった。本来であれば、こうした悪天候は再選を目指す組織戦を展開する自民党にとって不利に働くとされる。しかし、投票所の外には有権者が長蛇の列をつくった。その中には長らく「政治に無関心」と言われてきた若者たちの姿も混じっていた。

高市外交「強い日本」は世界でどう見られているか | Business Insider Japan

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深夜に大勢が判明した瞬間、日本の政界はかつてない衝撃に包まれた。高市早苗氏率いる自由民主党が316議席という圧倒的勝利を収めたのだ。「絶対安定多数」の261議席を軽々と超え、戦後最多となる3分の2を占める議席を獲得した。

その勝利のスケールは想像を絶するものだった。自民党は小選挙区で圧勝し、比例代表名簿の候補者が次々と当選。選挙制度の制限により、14議席を他党に譲らざるを得なかった。平たく言えば「本来なら勝てるはずのない比例名簿下位の泡沫候補まで当選してしまった」ということだ。このような「勝ちすぎ」現象は、日本の戦後政治史上前例がない。

「日本列島を強く豊かに」が支持された理由

わずか16日間。戦後最短となる衆院選の選挙戦記録を更新し、悪天候が投票率を下げるリスクがある中で、なぜ高市早苗氏はこれほどの大博打を打ったのか。

東京台湾商工会の青商会(青年部)会長の游晉豪氏は、その核心をこう指摘する。「鍵となったのは、日本のお家芸とも言える『電撃戦』を再現したことだ。そして何より、日本国民がもはや『待てない』状態にあることを熟知していた点にある」。

この「待てない」という感情の裏には、長期にわたって日本社会に蓄積されてきた焦燥感がある。経済の停滞、円安、物価高騰、そして外国人投資家による不動産価格高騰で日本人がマイホームを持てない状況——。これらの痛みは、国民の忍耐を限界まで追い詰めていた。游氏はこう語る。

「野党の路線は保守的で、『自分たちの生活さえ守れればいい』という内向きな姿勢に見えた。だが、今の危機的状況下で国民が求めていたのは、劇的な『カンフル剤』だったのだ。

高市氏が掲げた『日本列島を強く豊かに』というスローガンは、明確なメッセージを放っている。『私には世界に対する経済的影響力があり、最強の盟友であるアメリカがついている。だから日本経済は必ず良くなる』と。この強気な訴えが、全国の有権者の心に深く刺さったのだ」(游氏)

この316議席という数字は単なる議席数ではない。強力な「実行力の委任状」だ。游氏は、これが市場と投資家に対する明確なシグナルを送るとみている。「政策の不確実性は大幅に低下するだろう」と。

「半導体サプライチェーンの強化、原子力発電所の再稼働、台湾積体電路製造(TSMC)を中心とした投資、データセンターの誘致——。AI時代の第一段階で実行すべきことに対していま、国民から圧倒的な信任を得たのだ」(游氏)

衆院選における与野党両陣営の政策比較。衆院選における与野党両陣営の政策比較。※この画像はGoogle Geminiを使用して生成したもので、説明のみを目的としている。勝利を手繰り寄せた「高市早苗的三大勝因」

游氏は、今回の勝利の背景には、従来の日本の政治家とは一線を画す高市氏の「3つの勝因」があったと分析する。

第1の勝因は、彼女が政治家と若者世代とのあいだにあった分厚い壁を徹底的に打ち破ったことだ。「これまで若者が政治に無関心だった最大の理由は、政治家の言葉が彼らの世界に届いていなかったからだ。若者の世界はショート動画やSNSの中にある。従来の政治宣伝では、彼らに接触することすらできない」。

高市氏はFacebookとInstagramを積極的に活用し、2〜3日おきに投稿している。「その影響力は絶大で、日本に住む私たち外国人のタイムラインにさえ流れてくるほどだ」と游氏は語る。

さらに重要なのは、彼女独自のパーソナル・ブランディングだ。選挙グッズには漢字の姓ではなく、敢えて下の名前の「Sanae(早苗)」を印字し、有権者に対して友人のような距離感でアプローチした。

「人気のあったあの安倍晋三元首相でさえ、『晋三』という名で有権者と友人になろうとはしなかった。だが、高市氏は『Sanae』という名を使ったのだ。この効果は国際的にも影響を及ぼしている。私がジャカルタとアブダビで会議をした際、外国の人々は彼女を『Takaichi』ではなく『Sanae』と呼んでいた。これは『私たちはすでに親しい間柄だ』という親近感の醸成に成功した証だ」(游氏)

この親しみやすさは、彼女を「雲の上の政治家」ではなく、「近所の親切なおばさん」のような存在へと変えた。公式の場で愛用していた、たった1100円(参考価格)のピンク色の三菱鉛筆製「ジェットストリーム」は、SNSで話題になるやいなや爆発的な売れ行きを見せ、大手文具店で一時品切れとなるほどだった。

首相官邸入りや外国首脳との会談の際に手にしていたバッグにも注目が集まった。日本の老舗革製品ブランド・濱野皮革工藝(Hamano)の「グレース ディライト トート」というビジネスバッグだ。価格はわずか13万6400円だが、注文はすでに2026年8月まで埋まっているという。彼女はいまや最強の「インフルエンサー」とも呼ばれており、その庶民感覚は権威的な指導者と言うよりはやはり「近所のおばさん」のような印象を与えた。

高市早苗が愛用するビジネスバッグは決して高額なものではないが、日本国民がこぞって注文するヒット商品となった。高市早苗が愛用するビジネスバッグは決して高額なものではないが、日本国民がこぞって注文するヒット商品となった。Reuters / TPG Images

游氏はまた、高市氏が大学時代のヘビーメタルバンドのドラマーだった経歴にも言及した。「2026年1月、奈良で韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領を迎えた際、両首脳はなんとドラム・セッションを披露し、BTSの『Dynamite』を演奏したのだ。こうしたタフで情熱的な趣味が、彼女の『かっこいい』政治的なイメージを形成し、Z世代から熱烈な支持につながっている」。

韓国の李在明大統領とドラム・セッションを披露し、親しみやすさをアピールした高市早苗氏。韓国の李在明大統領とドラム・セッションを披露し、親しみやすさをアピールした高市早苗氏。Reuters / TPG Images政治用語を捨て「何をしたいか」明言する説得力

高市氏が見せた政治手腕の中で、最も見落とされがちだが、おそらく最も重要な要素がある。それは、日本の政治家が好んで使う難解で曖昧な言葉を徹底的に排除し、一般市民の目線に立った「直球勝負」のコミュニケーション手法を採用したことだ。

游氏はこの第2の勝因こそが、高市氏が人々の心をつかんだ最大の武器だとみている。「彼女の発言は極めてシンプルで、誰にでも分かりやすい。いわゆる“インテリ層”ではなくても、彼女のメッセージは直感的に伝わる」。

この「分かりやすさ」は単なる単純化や浅薄さではない。計算し尽くされた戦略的な選択の結果だ。游氏はこう例を挙げる。「例えば、彼女のメッセージは明確だ。『私はただ強くなりたい。ただひたすら仕事をしたい』。そこに遠回しで高尚な理屈はない。彼女は物価対策や生活の安心感といった身近な課題に焦点を絞り、『この国の舵取りを私に任せてほしい』と訴えかけたのだ」。

これは従来の日本の政治家のスタイルとは対照的だ。かつての“政治言語”は回りくどく、暗示的で、聞き手による解釈の余地に満ちており、国民は政治家が何を言いたいのかを理解するために、メディアや専門家の「翻訳」を必要としていた。しかし高市氏はこの悪しき慣習を打ち破った。

游氏はこう強調した。「高市早苗という政治家のスタイルは、『私はこれをやりたい』とはっきり言うことに尽きる。それこそが彼女の持つ説得力の最大の源泉だ」。

大胆な若手起用で若年層を「奇襲」

第3の勝因は、大胆な若手の起用だ。游氏は日本社会が抱える構造的な問題を鋭く指摘した。

「日本では、長寿化に伴って75〜90歳の層がいまだに決定権を握っている。そのため、本来働き盛りであるはずの40〜60代でさえ活躍の場が限られている。20〜30代の若者には出番すら回ってこない。しかし高市氏は、小泉進次郎氏や小野田紀美氏といった次世代のホープを要職に起用した。これにより、若者たちは『ついに自分たちにもチャンスが巡ってきた』『この内閣は自分たちに近い存在だ』と感じさせた。その共感が、若者層の支持を爆発させた決定的な要因だ」(游氏)

ミーム化した小泉氏の「不思議な特殊能力」今回の選挙戦で「スーパー集票マシン」となった小泉進次郎氏。今回の選挙戦で「スーパー集票マシン」となった小泉進次郎氏。Reuters / TPG Images

高市氏の勝利に意外なサプライズがあったとすれば、それは小泉進次郎氏の復活と躍進だろう。政治家一族出身でありながら2025年の自民党総裁選では惨敗を喫し、あろうことか総裁選前に“祝賀会”を開いて物笑いの種になったかつてのスター。だが、防衛大臣就任後はまるで別人のように生まれ変わり、今回の応援演説では圧倒的な輝きを放った。自身の選挙区では80%近い得票率を叩き出し、その勝ちっぷりは奈良2区で圧勝した高市氏以上に鮮烈な印象を残した。

日本には「泣く子も黙る」ということわざがある。あまりの威厳に、泣き叫ぶ子さえ静まり返る様を表す言葉だ。しかし、小泉氏が発揮したのは真逆の「不思議な特殊能力」だった。それまで大人しかった赤ん坊が、彼に抱かれた途端に火がついたように泣き出し、恐怖に顔を歪めたのだ。

本来なら気まずい空気が流れるこの「抱けば泣く」現象を、小泉氏は自虐ユーモアで笑いに変えた。「皆さん、安心してください。子どもが泣いても気まずく思う必要はありません。我が家でも、子どもは私を見ると同じように泣きますから。これが日常なんです」。さらに、有権者の間には「抱っこして泣かせてほしい」という奇妙な期待感さえ生まれた。泣かなければ親ががっかりするほどだ。この温かくも自虐的な対応がネット上で爆発的に拡散され、「号泣抱っこ」は一種の社会現象(ミーム)となった。

小泉進次郎氏は、子供たちが自分に向ける眼差しを自虐交じりにこう語った。「たとえ大雪の中で、親御さんが(私に抱かせようと)順番待ちをしている時でさえ、赤ん坊はずっと私を警戒しているんです」。小泉進次郎氏は、子供たちが自分に向ける眼差しを自虐交じりにこう語った。「たとえ大雪の中で、親御さんが(私に抱かせようと)順番待ちをしている時でさえ、赤ん坊はずっと私を警戒しているんです」。@shinjirokoiz

小泉氏の「自虐芸」が最高潮に達したのは、投票日前日の2月7日、東京・新宿駅南口での街頭演説だった。支持者が「高市首相と小泉大臣は無敵だ!」と叫ぶと、彼はこう返したのだ。「熱いご声援、ありがとうございます。ですが、昨年の総裁選での私を見てください。投票結果が出るまで、『無敵』なんてものは存在しません。絶対なんてないんです」。その場は爆笑の渦に包まれた。

游氏は、これがまさに「適材適所」だと指摘する。「かつてのライバルであり、自身よりはるかに若い人物を重要閣僚に据える。これは従来の日本政界では珍しいことだ。高市氏の戦略は極めて賢い。若者に対し『自民党はあなたたちに近い存在だ』と示すために、あえて若者に近い感性を持つ人物を起用したのだから」。

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小野田紀美という戦略的な一手

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