〇父親も母親も、国家官僚も企業幹部も、午後4時前後には子どもを保育園や学校に迎えに行く。

〇フルタイムは週37時間で、残業はほぼなし。

〇年に5~6週間の有給休暇を完全消化し、夏休みは3週間連続して取るのが普通。

〇そんな”ゆるい”働き方をしているのに、デンマークの一人当たりGDPは世界のトップ10に入り、日本の2倍以上という水準。

これは、井上陽子さんの著書『第3の時間 デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術』に書かれているデンマークの現状だ。にわかに信じがたいが、元読売新聞社の記者で、それこそ「働いて働いて働いていた」井上さん自身、本書をまとめようとした経緯をこのようにつづっている。

“かつて自分が当たり前だと思っていた、日本や米国のような競争社会とは、ほど遠いように見える国デンマーク。それで競争力ランキング1位って、さすがにそれは、どういうこと?

こうして私は、ようやく、この謎解きに本腰をいれることにしたのだった。”(『第3の時間』より)

かくしてまとめられた著書を、元朝日新聞記者で「AERA」編集長だった浜田敬子さんは読んで「仕事中毒大国日本で働くすべての人に読んで欲しい」と思ったという。その浜田さんが井上さんと対談。

「短時間労働なのに豊かな社会」はどのように実現したのか、その入り口を紐解く対談の前編では、デンマークでは「4時に帰る」といっても、それから何をしないというわけではなく、それは柔軟性と家族時間の確保のためであり、浜田さんの言葉を借りれば「自身の市場価値を意識しつつ、同時に仕事以外の時間を当然の権利として守る」「仕事も家庭も、そして第三の場所も」大切にされていることを伝えた。

対談後編では、それでも日本で長時間労働を当然として働いていた井上さんがどのようにマインドセットされていったのかを伝える。

「私は別」と思っていた

浜田:井上さん自身、すぐにデンマークの考え方、働き方に馴染めたわけではないんですよね。

井上:ええ。「私は別」と思っていました。取材でデンマークの時間の使い方が社会資本につながると理解していても、「私は日本人だから」と長時間労働で仕事の成果を取り返そうとしました。私が知っている、仕事で成果をあげる方法は長時間労働しかなかったんです。

かつて新聞社で働いている時に、留学のための試験GREを受けたのですが、携帯を1~2時間預けるだけでも怖かった。当時は社会部でJRを担当していて、もしその間に電車の脱線事故が起きたら、私が試験を受けていたせいで読売が出遅れたら、私は終わる――そう真剣に思っていました。試験が終わってロッカーを開け、通知が来ていないのを確認して「よかった」と安堵する。いま思えば異常でした。

デンマークに移った当初も、仕事場にしているインターナショナル・プレスクラブで、1人午後8時ごろまで働いていました。みんなパートナーがデンマーク人だったりするので、オンオフの切り替えがうまくて、午後5時にはいなくなります。その中で私だけ抵抗していたのです。

周囲からは「子どもが小さい今がいちばんかわいい時期だ」と言われ、夫からも「仕事ばかりして家族の時間を後回しにすると後で後悔しないのか」と言われていました。それがまた腹立たしくて。でも、ツケを払うことになりました。夫婦関係が限界に近づいたのです。

浜田:本の中でも夫婦関係を再構築していく箇所はとても生々しく、グッと胸にきました。以前、井上さんにあるインタビューの仕事をお願いして断られたことがありました。確か夏休みの時期で、お子さんとの時間を大切にされようとしていたのかなと思ったのですが、同時に少しびっくりもしました。日本の感覚だと、特にフリーランスの場合、一度仕事を断ると次から依頼が来なくなるかもしれないという恐怖があって、無理をしてでも引き受けてしまうので。

あの時の井上さんを見ていて、「自分の生活を守る」という確固たる意思を感じました。いつぐらいから、井上さんは変わり始めたんですか。

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