コラム:円安予想が修正されない限り続く円安トレンド=熊野英生氏

熊野英生氏のコラム。2022年11月21日撮影。REUTERS/Kim Kyung-Hoon

[東京 27日] – 1月23日の植田和男日銀総裁の会見が終わると、為替レートが大きく動いた。総裁会見はややハト派的な姿勢で、ドル/円レートをじりじりと円安に動かす。このまま1ドル160円台に向かうかと思いきや、リアルタイムチャートは159.2円から157.4円へと一気にマイナス2円近く円高へ動き、日銀が金融機関へのレートチェックを行ったとの観測が流れた。

折しも、この日は衆院の解散日だった。日本政府は、1ドル160円突破を許さない構えである。選挙公約とは別に、与党は円安進行による物価上昇をこれ以上は許容しない構えをみせて、有権者に物価高抑制の意気込みをアピールしたものと捉えられる。

さて、この円安阻止は成功するのであろうか。

2月8日投開票の衆院選でたとえ高市早苗首相の続投が決まったとしても、食料品消費税を8%からゼロにする方針は変わらない。財源を赤字国債増発に頼ることなく、租税特別措置の見直しや税外収入などから捻出しようとしても、それは継続的な財源確保にならないだろう。社会保障財源である消費税を減税して、社会保障財源を別のところから確保しようとしても、安定財源として成立しないのではないか。約マイナス5兆円の財源の穴は多くが埋まらず、財政悪化、国債需給の悪化を意識させる。

何より高市氏は、対名目国内総生産(GDP)比で政府債務残高を減らすと公言している。この方針は同時に、家計金融資産や企業の内部留保の価値もインフレによって実質的に低下させる。つまり、大方の円資産をインフレ調整で減価させようとしている。経済学で言う「物価水準の財政理論(FTPL)」と呼ばれるプランを実行しようとしているように見える。このインフレ調整が、通貨の切り下げに波及しやすいことは要注意だ。円資産の実質価値が減価することを予想させて、円安を加速させかねない。いずれにしても、短期的に介入や利上げでこの円安を止めようとしても、中長期的には成り立たないのではないか。

<日銀発のインフレ圧力>

黒田緩和の時代から日銀は、インフレ予想を高めるために、後戻りができない金融緩和を意識させようと強烈な量的・質的緩和を実行した。その後植田総裁になり、24年3月のマイナス金利解除によって「金利のある世界」へと移行した。そして、今は短期金利に政策手段を移して、トータルで0.75%の利上げを行っている。

しかし、これで黒田緩和のレジームから完全に脱却できたと言えるのか。インフレ予想は容易に円安予想に結びつく。植田氏が戦っている円安トレンドの修正という課題は、実のところ、13-24年まで続けられたインフレ加速のレジームが、まだ十分に修正できていないために起きているのだと筆者は理解する。

例えば、日銀が設定した2%という物価目標は、日銀のフレキシブルな利上げを阻んでいる。積極的に緩和修正をやりにくくさせる「たが」として残っているとも考えられる。植田氏はそうした制約は百も承知で、「予想期間の後半に2%の物価目標を達成できる」とあいまいな評価を行いながら、ゆっくりと緩和修正を進めている。

そもそもこの2%という物価目標は、潜在成長率が0.5%程度しかない日本には過大である。マネタリストと呼ばれる人々はインフレ率が潜在成長率と独立して、中央銀行が決められるという原理を信じている。しかし、潜在成長率が低いときは、そこで実現される自然なインフレ率の幅も小幅になる。例えばそれが1%程度であるとすれば、2%の物価目標を設定すると、恒常的に「緩和のやり過ぎ」状態になる。政府は、利払い費が人為的に低く抑えられる分、自然増収を自分たちの目的のために使えると錯覚する。

こうした図式は、「金利のある世界」で何もかもが修正されたのではなく、まだインフレ予想を高めようとするレジームが、枠組みとして強固に残っているとみた方がよい。コア消費者物価指数(CPI)の推移は、22年は2.3%、23年3.1%、24年2.5%、25年3.1%の伸び率である。誰がどう見ても2%目標をオーバーシュートしている。これは、「緩和のやり過ぎ」が引き起こしたものだと理解できる。

<円安予想の修正>

個人のFX投資などは、ある程度円高になると、ドル買い方向の投資を増やそうとするだろう。個人の中には財政不安を警戒して、自分の資産の中でドルなど外貨の占める割合を増やそうとする者も少なくない。こうした経済行動の背景には、為替レートはいずれ円安方向に動いていくという予想が働いている。

この論理を裏返すと、円資産だけで運用しているとインフレ調整によって価値が減価してしまうという恐怖感があるのだろう。円だけで運用するリスクこそが、インフレ予想なのだ。このインフレ予想を変化させるには、預金金利を含めた円資産の運用利回りをもっと引き上げなくてはいけない。こう言うと、日銀があまりに急激な利上げをすると中小企業が苦しくなるという反論が出てくる。確かにそれは重要な論点である。しかし、日銀がもっと金利正常化に前向きに変われば、円安予想を変化させることができる。日本は輸入インフレなのだから、円安を修正できればインフレ率は引き下げられる。結果的に、実質短期金利は上昇する。

筆者の理解では、日銀の先々の政策スタンスが縛られていることがインフレ予想・円安予想を生み出しており、政策レジームの「たが」をなくして政策的自由度を増せば、期待形成も変わると考えている。レジームを見直せれば、それほど実体経済に打撃を加える利上げを繰り返す必要はなくなるとみている。つまり、政策レジームの「たが」が過剰な緩和予想をつくっているのだ。

2%の物価目標の見直しをねばり強く政権に訴えることが、期待形成の修正につながる。「強い日本」ではないが、「毅然とした日銀」を取り戻すことが、インフレ予想を弱めて、自己実現的円安の進行に歯止めをかけると考える。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

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