▼自己紹介

 

皆さまへお願いです。

 

一人でも多くの人が、「311からの学び」に関われるように!支援活動をおこなっている

一般社団法人LOVE FOR NIPPON代表のCANDLE JUNEと申します。

 

東日本大震災が起きた2011年3月11日から15年が経とうとしていますが、

私たちLOVE FOR NIPPONは、この15年間ずっと福島に通い続け活動してきました。

 

今もなお、まだ帰れない街があったり、風評被害で苦しんでおられる方々がいらっしゃいます。

 毎月11日は月命日として福島各地でキャンドルナイトを開催し、みなさんそれぞれの想いを聞いています。

 

〜月命日の映像〜

 

 

 

 

世界中が大変だったコロナ禍のなかでも「祈ること」は続け、

現在は能登支援活動と並行し、毎月1日は能登・毎月11日は福島に通い、キャンドルを灯しています。

 

 

毎月福島と能登での活動は大変ですが、東日本大震災からの学びが活かされていたならば

能登支援ももっと変わっていたのではないかと後悔しています。

支援していく中で、「もっとこうすべきだ!」と感じることがたくさんあります。

「災害大国日本」と多くの人が口にしますが、その対策はできていないままです。

 

 

特に、福島における「地震 津波 原発事故 風評被害」の4重苦は、世界でも例がありません。

 

特別な経験をしたにも関わらず、そこからの学びが活かされることなく

新たな災害と向き合い続けて15年となろうとしています。

 

あらためて3月11日をみなさんとともに作らせていただき、集い話し合うことで

活動を続けていくとともに、これからの学びに活かしていきたいと願っています。

 

 

〜2025 SONG OF THE EARTH 311ダイジェスト〜

 

 

 

 

 

2024年開催から能登のみなさんを福島に招待しています。

 

能登地震から2年が経過しましたが、復興までの道のりは遠いと感じています。

そして支援が少なかったまま風化しつつあります。

半島や島など支援が入りづらい地域でのこれからを考えると

 

さまざまな「能登モデル」を作るべきですし、何より一年に一回は災害対策を改めて考えるためにも

「3月11日に福島に集う」という癖をつけていくべきだと感じています。

 

災害体験地域のみなさんが集い、お互いさまとして助け合うこと

それらの経験を学び、これからの防災を作るために

 

そして、このクラウドファンディングへの参加を通して、

皆さまに,この活動を紡いでいく仲間となっていただきたいと思っています。

そのためのご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

〜能登での活動の様子〜

 

 

 

 

 

 

▼プロジェクトの内容

 

 

SONG OF THE EARTH (通称:SOTE (ソテ)) は新潟中越地震支援からスタートし、

10年新潟で開催してきました。

 

2017年3月11日から福島県内にある仮設住宅での開催となり、

Jヴィレッジ復活タイミングから会場をJヴィレッジへ移し

「SONG OF THE EARTH 311 -FUKUSHIMA- (通称:SOTE311)」として現在に至ります。

 

その内容は、

 

14:46黙祷後に福島の子供達の夢が描かれた大凧を

新潟・三条凧協会の揚げ師たちが空に上げる「夢の大凧揚げ」

 

天高く空へ上がるサーチライトとともに灯すキャンドルナイト「Candle11th」

 

音楽ライブやさまざまな出店の「フェスティバルエリア」

 

原発のある双葉町の駅前での「ただいま おかえり 双葉まちキャンドルナイト」

 

双葉町の伝統のお祭り「だるま市」に由来する、メインコンテンツ「巨大だるま引き合戦」

 

会場がサッカーの聖地であることからサッカー大会「SOTE CUP」

 

震災から10年の節目・2021年からおこなっているシンポジウム「福島、その先の環境へシンポジウム」

 

と多岐に広がりました。

 

シンポジウムでは、支援活動がもっと横の連携が組めるように、

さまざまな被災地における問題を解決するために

そしてこれからの街づくりや防災のために

行政や企業などあらゆる業界が集い

学生たちと一緒に話し合う場として開催しています。

 

 

2026年は3月10日に双葉町にてシンポジウムと、駅前にてキャンドルナイトを開催し

3月11日は双葉駅前でのキャンドルナイトと、楢葉町にあるJヴィレッジにて「SOTE311」を開催いたします。

 

SOTEオフィシャルサイトはこちら

 

◼️SOTE311制作予算

_____________________

運営費 300万円

設営費 500万円

広報宣伝事務局費 100万円

合計:900万円

 

協賛その他収益 400万円

プロジェクトでお願いしたい金額 592万円

(クラウド手数料金 92万)

___________________

 

◼️プロジェクト目標金額:592万円

 

◼️目標金額の使途および実施する内容

 

2026年3月10日11日に開催する

「SONG OF THE EARTH 311 – FUKUSHIMA 2026 – 」制作費

 

※本プロジェクトは、皆様からいただいた資金を上記内容に充てさせていただき、

2026年4月末日までに「SONG OF THE EARTH 311 – FUKUSHIMA 2026 -」を

無事に終了し各所支払いが終了したことをもって実施完了となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼プロジェクトメンバーより
皆さんへ想いを込めたメッセージ

 

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LOVE FOR NIPPON福島理事 兼 映像ディレクター 

官林 春奈

 

 

震災後、LOVE FOR NIPPONが被災地でイベントを続けていることは知っていました。

 

しかし当時の私は、どこか遠い場所から複雑な思いでそれを見ていたのです。

「歌をうたい、キャンドルを灯す。一時のイベントで何が変わるのだろう?」

 

あの日以降、私は故郷・福島県双葉町に防護服を着て通い続けていました。

 

誰のためでもなく、故郷で起きた出来事を自分の目で見て記録するためです。

レンズ越しに見る故郷は、あまりに静かで無残でした。

その圧倒的な現実を前にした私には、

イベントという支援の形がどこか現実離れしたものに見えていたのかもしれません。

 

転機は2022年でした。

 

あるきっかけで映像ディレクターという役割をいただき、

「現場を共につくる一人」としてこの活動の内側に入ることになりました。

 

そこで私が目撃したのは、もっと等身大の人と人との営みでした。

 

悲しみを抱えたままでも誰かと会えば言葉を交わし、ふと柔らかい表情を見せる。

そんなささやかな時間が流れていました。

 

そして深く関われば関わるほど映像ディレクターとしての私はある葛藤を抱くようになりました。

毎年同じイベントを同じテイストで、ただ記録として撮り続けていいのだろうか。

そんな迷いをCANDLE JUNEに伝えたとき、彼はこう言いました。

 

「無理に変えなくていい。同じ記録者が長く関わり続けていること自体が、いつか大きな意味になる」

 

私は気がつきました。

この活動は派手な変化や演出を求める場ではなく、

「続けること」そのものを引き受けてきた場なのだと。

 

私は故郷・福島を特別視するのではなく、

「この国のどこでも起こりうる現実を、最も長く引き受け続けている場所」

として見るようになりました。

 

東日本大震災による原発事故で、

福島県双葉町は全町民避難を余儀なくされました。

 

11年後の2022年8月、町が帰町を始めたその年を双葉の復興元年と捉え、

私たちは「ただいま おかえり 双葉の夏」というイベントを立ち上げました。

 

そしてそれを一過性のものにせず、町の新たな伝統行事として根づかせていくために、

「福島双葉凧合戦」も生み出しました。

 

能登半島地震が起きた2024年1月。

 

熊本地震で被害の大きかった益城町のお母さんたちが、

能登の冬は寒いだろうから、と手編みの防寒具を作り一つひとつに励ましのメッセージを添え、

それをかつて熊本で被災を経験したLOVE FOR NIPPONの熊本理事を務める仲間が

能登の避難所へと直接届けてくれました。

 

 

 

新潟中越地震の被災者だった仲間たちは、お正月らしいこともできないだろう、

と杵と臼を持ち込み、避難所で過ごす子どもたちと餅つきをしてくれました。

 

 

その年の3月には、能登から被災された方々を双葉町に招きました。

 

原発事故で長く時間が止まっていた町の現実を前に、

それぞれが自分の人生やこれからを静かに見つめる時間がありました。

 

自分たちも大変な最中で、すぐに答えが出る場ではありません。

 

けれどその体験はきっと、それぞれの次の一歩へとつながっていったと信じています。

 

一昨年と昨年、東京と能登で「LOVE FOR NOTO」というイベントを開催しました。

人が減ってしまった被災地でも楽しめるスポーツという発想から、

新たに「FC11」というサッカーコンテンツも生み出しました。

 

そして、この能登発祥のスポーツを双葉町で発展させていく構想もできました。

 

一つの被災地で生まれた繋がりが別の被災地へと手渡され、また次の場所で息づいていく。

 

被災地同士が支援する・されるという関係を超えて、経験や希望を循環させながら静かにつながっていく。

 

私たちがこの活動を通して大切にしてきた風景です。

 

悲しみをなかったことにしない。

けれど、喜びも諦めない。

 

 その祈りのような哲学を持って、

ただひたすらに被災した方々の隣に居合わせること。

 

同じ時間を過ごし、同じ空気を吸う。

 

たったそれだけのことで、人は顔を上げ前を向ける瞬間がある。

 

言葉では説明できない奇跡のような光景も、私は何度もこの目で見てきました。

 

私がこの数年で確信したことは、「LOVE FOR NIPPON」は単なる支援団体ではなく、

どんな状況でも人が人を想うことで立ち上がれるということを証明し続ける、

可能性の実証フィールドだということです。

 

その証拠の一人が、私自身です。

 

かつて活動を遠巻きに見ていた私が、

この場に関わり続けることで自分の生き方を問い直し、

ついには故郷・双葉町で起業するという道を選びました。

 

 

いつの間にか「この場を続ける側」として責任と誇りを持って生きている。

 

人が変わるということは、未来が変わるということです。

 

私たちは、単に3月11日に集まりたいのではありません。

 

この国に、災害があっても絶望だけで終わらせない文化を根付かせたいのです。

 

2026年3月11日。震災から15年という日は一つの通過点に過ぎません。

その先も続いていく、この国の「心のインフラ」を守るために。

 

私たちだけではこの灯りを守り続けることはできません。

 

もしこの場所が、未来の日本に必要だと共感していただけたなら。

どうか、あなたのお力を貸してください。

 

どうか、パートナーとしてこの輪に加わってください。

 

私たちは悲しみだけを共有するのではなく、

その先にある喜びと創造を分かち合えるチームです。

 

あなたと共に、この希望のサイクルを回していけることを心から願っています。

 

 

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LOVE FOR NIPPON 相馬支部長

番場 孝文

 

 

2011年3月11日東日本大震災が発生しました。

 

自分の住んでいる福島県南相馬市も大きな災害をうけました。

 

まさか自分が…まさか自分の住んでいるところが…と感じた時は全て失ってしまった後でした。

 

その中で時間が過ぎるのが早いのか遅いのかもわからず

ただ全力で走り去る中lovefornipponに運命的に出会う事がありました。

 

福島県で毎月11日月命日にキャンドルを灯してくれている人達がいると紹介されて

足を運んだのがはじめてキャンドルジュンさんとの出会いでした。

 

 

出会いの場所も、福島県の飯館村という場所で

津波の被害で亡くなった妻の生まれ故郷でした。

 

これは妻が引き寄せてくれた

 

「この人に助けてもらいなさい」

 

と言われてるような気分になりました。

 

 

自分のように被災して

誰に頼って良いかわからない時に寄り添ってくれている「LOVE FOR NIPPON」

こんなに東北、福島県を支えてくれている人達がいるのだから、

災害に負けてられない自分も協力したいと思い,

活動を一緒にさせていただきありがたく思っています。

 

これからも日本は災害が絶えない国です。

災害と戦っていくためには、風化させてはいけない、

経験を伝えないといけない。

 

想像をはるかに超えてくる災害は本当に怖いんだと。

 

能登半島地震の際、出会った現地の方々も

まさか私達が…まさか私達の住んでるところが…

15年前の自分と同じでした、、、。もっと伝えられていたらと後悔してしまいます。

 

 

今後、後悔する人が少なくなるようにこれからも活動していくつもりです。

 

 

最後にボランティアはなかなかいけない時間がない

何したら良いかわからないと、思っている方がたくさんいると思いますが

自分もそうでした。

 

大事にしている言葉があります

 

 『できる人ができる事を』

 

スコップを持てる人が土を片付ける。

歌える人が歌でみんなに笑顔をつくる。

絵が描ける人がおばあちゃんの笑顔を描く。写真撮れる人は現状を写す。

お話が好きな人はいっぱいお話ししてくれる!が理想だと思います。

 

 

様々な角度で様々な人達で成り立っていると感じていますですので、

無理せず自分のできる範囲でが、自分の考えです。

 

正しいかはわかりませんが

私は常にこのスタイルで向き合うようにしています(もちろん無理する時も多々ありますが笑)

 

最初の一歩は大変ですが私達がいます!

 

興味が少しだけでもあれば私達に声かけていただけると嬉しいです。

3月11日福島で待っています。

 

仲間がたくさんいると心強いんです。

これからも着実に確実に歩んでいきますのでご協力のほどよろしくお願いいたします!

 

 

 

 

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LOVE FOR NIPPON 静岡理事

田近 義博

 

 

2011年3月11日、東日本大震災をきっかけに、私たちは福島へ通い続けてきました。

 

毎月11日には月命日にキャンドルの灯りと笑顔を届けています。

「たのしいね うれしいね おいしいね ありがとう!!」があふれる一日を積み重ねています。

 

食事を囲み、歌い、語り合う時間は、悲しみを抱えた心に確かなぬくもりを残します。

 

私の住む静岡県御殿場市はJビレッジで活動していた

JFAアカデミーの選手を受け入れていた土地となり、福島との繋がりが多く、

今では毎年3月11日にJビレッジでSOTE CUPフレンドシップサッカー大会も実施しております。

 

 

この日はサッカーを通して福島の皆様と様々な地域の人が交わり、

交流を深める場でもあります。

 

また、御殿場市から能登へ御殿場市の特産品や富士山の水などを

寄付していただくなど、活動を通して地域と地域の懸け橋も担っているのが、「LOVE FOR NIPPON」です。

 

そして静岡に暮らす私たちも、大地震が起こると言われる土地に生きています。

 

災害は決して他人事ではなく、決して遠い出来事でもありません。

 

 明日は我が身。だからこそ、福島・長野・熊本・能登などでの経験を、

これから起こりうる未来への「備え」として紡いでいきたいのです。

 

支援とは、特別な誰かがするものではありません。

 

想いを重ね、灯りを分かち合うこと。

その輪をもっと広げるため、私たちはクラウドファンディングに挑戦します。

 

 悲しみから喜びへ。お互いさまの心で、あなたもこの活動を支える仲間になってください。

どうぞ、宜しくお願い致します。

 

 

 

 

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LOVE FOR NIPPON 熊本理事

荒木 信也

 

 

僕は毎年、3月11日に福島へ向かいます。

 

年に一度しか行けない僕が、勇気を出して「ただいま」と言うと、

現地の方々は当たり前のように「おかえり」と笑顔で迎えてくれます。

 

その瞬間に、1年分の空白なんて吹き飛んで、たまらなく胸が熱くなるんです。

 

「ああ、僕らはちゃんと繋がっているんだ」と。

 

なぜ、年に一度の訪問でもこれほど深く繋がれるのか。

 

それは、代表のJUNEさんをはじめ、毎月11日の「月命日」に、雨の日も雪の日も欠かさず通い続けている仲間たちがいるからです。

 

 

世の中の関心が薄れていく中でも、彼らは泥臭く、真っ直ぐに現地へ通い、

一緒にご飯を食べ、語り合い、信頼を積み重ねてきました。

 

彼らが「場所」を守り抜いてくれたからこそ、僕らはいつでもそこに帰れるのです。

 

 

その絆の凄みを、僕は熊本地震の被災者として、痛いほど知りました。

 

毎月の活動で鍛え上げられた「想う力」と「動く力」は、

有事の際に誰よりも頼もしい「希望の灯火」になります。

 

 

続けることは、一番難しくて、一番尊い。

 

 

「悲しみからよろこびへ」

そうやって涙の場所を、愛おしい

「ふるさと」

に変えてくれた仲間たちの背中を、僕は全力で支えたい。

 

この灯火を絶やさず、いつまでも「おかえり」と言い合える未来のために。

 

どうか、皆さんの力をお貸しください。

 

 

 

 

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LOVE FOR NIPPON 福島支部長

樋口 佳子

 

 

私は福島県内のこども園、幼稚園、小中高校、お寺などの施設を毎月11日に訪問する場所を決定しています。

 

震災後から180回目を今年の3月11日のSOTE311で迎えます。

 

じゅんさんたちは毎回東京方面から福島のためにキャンドルをキャラバンに積んで訪問してくれます。

 

「悲しみから学びこれからの喜びへの繋げることはできないだろうか!…」

 

これをテーマに毎月11日の月命日は「楽しいね、嬉しいね、美味しいね、ありがとう!!」を合言葉に

2011年6月から現在まで長期にわたり継続的な活動をしております。

 

昨年の12月福島大学附属中学校で、311学習会を開催しました。

 

震災後に生まれた生徒が多くじゅんさんの講演を聞き、

その後は生徒達との活発なデイスカッションなど子供達だけでなく、

先生や保護者のみなさんも感慨深いものを感じてくれていました。

 

 

 

これからは、この3.11学習会が福島県に限らず各地の学校でも、

企業でも大切なのではないかと思います。

 

311体験を聞いて、知って繋げることが、私たちの役目ではないでしょうか。

 

これからも毎月11日の活動を福島各地で続けていくべきだと思いますし

311学習ももっともっと開催していきたいです。

 

そしてなにより3月11日にみんなが集うことこれが私たちの活動の集大成でもあります。

 

福島は「地震、津波、原発、風評被害」と四重苦で複雑です。

 

だからこそ福島県内外の人がつながり合っていかなければいけないと思います。

 

このクラウンドファンデングで、今まさにこの活動に対する支援を改めて呼び掛けたいです。

 

 

ぜひ皆さんのお力をお貸しください。伝えていくこの大切さを繋げていきます。

 

 

 

 

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LOVE FOR NIPPON 音楽リーダー 

谷本賢一郎

 

 

東日本大震災から15年が過ぎようとしています。

 

僕は2015年からLOVE FOR NIPPONに参加し、

できるだけ毎月11日には福島県内の復興住宅の集会所やお寺などで

「たのしいね うれしいね おいしいね ありがとう!」な一日を福島の方々と一緒に過ごしています。

 

コロナ禍の時にはみんなで集まることができない時期が1年以上あり、

福島に行ったときに、

『おかえり♪』、『ただいま♪』

と言い合える関係性が無くなっていくのではという不安な時期もありました。

 

そんな不安な時期を乗り越え今もみんなと集まって

親戚のような会話ができることは幸せなことだと思っています。

ただ、みなさん年を重ねてきて、

ご高齢の方は病気になったり車の運転が難しくなってきたり

家から出ることがどんどん大変になってきています。

 

また、発災当時に小さかった子どもたちは成長し、

進学や就職で新しい生活が始まっています。

 

だからこそ、15年が過ぎるこれからが本当に大切だと思っています。

 

SOTE311を開催することで、できるだけ多くのお年寄りの方々にも参加してほしいし、

子どもから大人へと成長した方々にも来てほしい!

 

平日であっても親子で家族で足を運んでほしいし、

1人でも来てほしい!とにかくJヴィレッジの会場を愛でいっぱいに包んでほしいです。

 

僕はNHK-Eテレ「フックブックロー」

という子ども向け番組で歌っていたということもあり、

子どもたちが楽しんでくれるような歌を中心にSOTE311でも歌います!

 

このクラウドファンディングをきっかけにLFNの今後の活動の継続してほしいし、

LFNの活動を多くの方に興味をもっていただけたら嬉しく思います。

 

よろしくおねがいいたします。

 

 

 

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LOVE FOR NIPPON 事務局長

太田 佑生

 

 

よく聞くんです。

「時間は誰にでも平等です」と。

 

自分もそう思います。でも、

何秒、何分とか単位は人間が考えた尺度だからコントロール出来るものですけど、

やはり今も流れている『時』はコントロール出来ずに自然に経るものかと。

 

「自然災害は自然が起こすもの。」

 

仕方がないのはみんな分かってる。

ですが福島は、併発した人的要因の災害で今も自宅に帰れない人達がいます。

 

これは不平等なんじゃないかって思います。

 

 

東日本大地震の発災から15年が経ちます。

 

15年の間に他の場所でも色々な大災害があり

「平等に支援する」事なんて今の我々には不可能ですが、

支援の形を変えながらも続ける事はできます。

 

コンビニの募金箱は毎回支援先変わってるけど、

福島の事を忘れていない皆さんの気持ちを、福島へ持っていけます。

 

忘れない様に続けさせて下さい。宜しくお願い致します。

 

 

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LOVE FOR NIPPON 楢葉支部長

松本昌弘

 

 

福島県双葉郡楢葉町。自分の生まれ育ったふるさとです。

 

2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う津波で自宅と日常を失いました。

 

現実として受け入れきれないまま、翌日の原発事故で全町避難となり、

自宅の状況を確認する時間もなくふるさとを後にせざるを得なくなりました。

3日後の3月14日 。避難していた小学校に支援物資を届けてくださったLOVE FOR NIPPON代表のじゅんさんと出会いました。

 

2014年3月11日。

仕事で担当した県キャンドルナイトでLOVE FOR NIPPONのみなさんと再会しました。

そして、2015年9月5日。4年半ぶりに楢葉町の避難指示が解除され、やっと帰れるようになったふるさとに、

追悼と希望の想いをLOVE FOR NIPPONと共に灯しました。

 

その後も、毎月11日の月命日の活動に加え、新潟や熊本や能登など多くの場所でご一緒させて頂きました。

震災から15年。何もない当たり前の一日も、みんなと過ごした一日も、全て日々の積み重ねです。

 

支援をされる“被災者”だった自分も、いつの間にか一緒に場をつくる“仲間”になっていた気がしています。

 

色々な場所で震災はやって来ます。

当事者とはなんなのか…LFNと一緒に福島の日本のこの地球に暮らす1人の人間として

自分達の経験や体験を次の世代や次の被災地に少しでも繋ぐことが出来れば幸いです。

 

今年の3月11日も行動する事の大切さ続ける事の大切さ困ったときはお互い様

そんなことを教えてくれた「震災」があったおかげで出会えた沢山の仲間達が

そして会場に訪れる沢山の皆さんが再会出来るそんな一日になりますように。

 

応援よろしくお願いします。

 

 

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LOVE FOR NIPPON 理事

岡部純也

 

 

LOVE FOR NIPPONは、東日本大震災直後から活動を続けてきました。

 

現在も毎月の月命日の活動をはじめ、全国各地でさまざまな取り組みを行っています。

行政や民間企業、学生など、年齢・性別・職業を越えた人々が集い、

復興支援や防災について語り合う「SOTEシンポジウム」も開催しています。

 

日本全国どこであっても、災害はいつ起こるかわかりません。

 

いつ自分が被災者になるか分からないからこそ、

私たちは「被災者」「支援者」という立場に分けるのではなく、

「おたがいさま」の気持ちを大切に活動しています。

 

この取り組みは、必ず誰かの役に立ち、

そしていつか自分自身の助けにもなると信じています。

 

これまでの歩みや想いを、もっと多くの方に知っていただき、

共に支えていただきたい。そんな想いから、

今回クラウドファンディングに挑戦することを決めました。

この取り組みを通じて、一人でも多くの方に私たちの活動が届けば幸いです。

 

皆さまのご支援、ご協力を心よりお願い申し上げます。

 

 

 

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LOVE FOR NIPPON 新潟理事

齊藤 巧

 

 

2004年7月。水害により、私自身も被災しました。

そして同じ年の10月、中越地震。

 

あのとき、「私」と「新潟」は、全国の皆さんから数えきれないほどの支えと励ましをいただきました。

 

 

手を差し伸べてもらった記憶は、今も心の奥に残っています。

 

2011年3月11日。東日本大震災。今度は「私たちの番」でした。

 

「あのとき助けてもらったご恩を返したい」

 

そんな“おたがいさま”の想いを胸に、新潟から福島へ向かいました。

 

やがて、三条の伝統行事「三条凧合戦」の仲間たちも、その想いに加わってくれました。

 

毎年3月11日。

黙祷のあと、福島の子供達が夢や願いを描いた、たくさんの大凧が、福島の青空へと舞い上がります。

 

 

被災地の空に広がるその光景は、言葉を失うほどの圧巻です。

 

伝統文化を通じた復興支援。

 

支援のかたちは、人の数だけあります。

でもそこにあるのは、同じ「想い」です。

 

今年の3月11日、福島で、私たちと一緒に過ごしませんか。

 

皆さまの温かいご協力を、心よりお願いいたします。

 

 

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LOVE FOR NIPPON 代表理事

CANDLE JUNE

 

2011年3月11日から福島に通い続ける日々が始まりました。

発災直後から物資を運び続けていましたが

6月11日の月命日にはじめて被災されたみなさんから「キャンドル灯してくれないか?」と頼まれました。

 

みんなと一緒に灯しましょう!と言ってみなさんにもメッセージを書いてもらって灯しました。

その時普段の会話では聞こえてこない心の叫びを知りました。

 

いつも明るく冗談ばっかり言っていた人たちの

「原発が憎い」「お父ちゃん帰ってきてほしい!」「津波が怖い」

たくさんの切ない声でした。

原発事故の恐ろしさや大変さは目に見えない恐怖、被害を伝えられないこと

安全であっても安全でないと思われる風評

圧倒的にかかり続ける予算

そして話題にすることが難しいということ

 

私が活動を続けている理由は、震災前まで「原発反対運動」をしていたからです

 

原発が危険だということを知っていたのは作っている人たちと反対している人たちです

 

その一人である私は反省しました

 

物資や炊き出しを昼夜問わず福島に運ぶ日々の中で

福島の方に

「おめ知ってっか?あれはおめたち東京モンの電気作ってたんだぞ!」と言われました

 

もちろん知っているし、反対運動していたとも伝えようと思いましたが

同時に

本当に本気で止めようと考えて運動をしていたのか!?と自分に問いました。

 

「かっこつけたかったからだ」

 

結論がでました

 

原爆が落ちた広島や長崎

戦地になった沖縄

911あとのアメリカやアフガニスタンなど

悲しみが生まれた場所にキャンドルを灯しに行っていました

 

どこかで自分ごとではなく

その悲しみと原因に向き合っていました

 

でも自分の責任だと今回は思いました

 

だからずっと福島の子供達に謝りに行こうと決めて今に至ります

 

大人はあらゆる選択ができます

でも子供は限られています

 

福島で生まれ育つこと

 

原発事故があった福島で生まれ育つことがマイナスなことにならないように

できることを全部やろう!

できないことがあったらできる人に頭を下げてお願いしよう!

 

そしてこの出来事は今を生きている日本の大人達の選択であることを

日本中の大人の人たちに知ってもらおう

 

できることならば

現在も存在している各地の原発周辺地域の人たちに

原発から遠かったとしても同じ県民の人に知ってもらおう

 

福島で起きたこと

風評被害の恐ろしさを

原発事故が起きたことで同じ地域の中でさまざまな軋轢が発生することを

差別やいじめが発生し、だれもが話題にすることができなくなっていくことを

 

15年が経とうとしています

 

震災から5年

活動予算がきびしくなりはじめてこのクラウドファンディングをさせてもらいました

 

支援してくれた方の多くは被災地域で出会った人、協力してくれている人

いっしょに支援活動をしてくれている人たちでした

 

とても申し訳なく

もうクラウドファンディングはしたくない

そう思ってフェスティバルでカフェ営業したりさまざまなパートナーを探したり

不慣れなこともやってきました

 

それでも震災から10年

またクラウドファンディングをしなければならなくなりました

 

その時は私個人ではなく

団体としてさせてもらい

仲間達とともに支援のおねがいをさせてもらいました

 

あれから5年

震災から15年という今年

 

またみなさんへおねがいをしています

 

「3月11日を一人で過ごしたくはない」

 

そう言ってスタッフになってくれたり、出店してくれる被災体験者の仲間達が増えています

各地の追悼式典は遺族のためにおこなっているものですが

縮小傾向にあります

 

災害がおきると「復興」という言葉や「絆」とよく言われます

 

復興を祝う日はいつなのでしょうか

 

新潟中越地震から10年間活動を続けていました

10年経った時に現地でたくさんの人に「復興しましたか?」と聞きました

だれもした!と言い切る人はいませんでした

誰かを気遣ったり、元の町のことを思い出したり・・・

それでも

こうしてみんなと集まって泣いたり笑ったりしている今があります。と

 

「月命日や命日に楽しいことをやるなんて」と言われる方がいます

 

私たちは毎月祈っています

 

311によって亡くなられた方々が残した家族たちのことを空から見た時に

安心して成仏できるのでしょうか

 

私たちが毎月11日にやっていることは

 

「まだまだ津波被害地域も原発事故地域も大変だけど、あらたな仲間達と一緒に

たのしくてうれしくておいしくてそして、おたがいにありがとう!って思える1日を

みんなですごしているから見ててね」

 

と亡くなられたみなさんに伝える祈りの1日を作っています

 

 

私は亡くなられたみなさんの事を想像しています

 

 

まだ故郷の家やお墓に普通に帰ることができない

 

原発事故が原因で自分の孫がいじめられていたら

 

津波が引いたから子供達を迎えに行ったら被害に遭ったことはわかっている

でもこの教訓をみんなわかってくれただろうか

 

わたしは

「福島のおかげで世界が学んだよ!ありがとう」

と3月11日周辺は世界中から学びに来る人たちが福島に集い、

ともに祈る日が来ると夢見ています

 

追悼の灯火を灯すことが私の仕事です

 

それは

「あなた達の多くの悲しみから私たちは学ばせてもらい

災害によって亡くなる人が少なくなったり、安心な電気を作ることができるようになったりと

たくさんの幸せや喜びが生まれるようになりました。ありがとうございました。

安らかにお眠りください。」

 

という言葉を伝えられる時が来なければできないことだと考えます

 

簡単ではないですが

広島も長崎も沖縄も原爆が落ちた日や終戦記念日に追悼の灯火を灯すのであれば

「多くの悲しみから憎しみに変えることなく

喜びに変えることができました。ありがとうございました。」

と世界中から感謝の祈りが届けられるようにすべきだと思っていました

 

「世界で唯一の被爆国」

「震災、津波被害、原発事故、風評被害」の4重苦も世界初です

 

無かったことにするのではなく「価値」に変えること

 

そのために

私たちはあらゆる人が関わり合える3月11日を福島で作り続けています

 

 

15年毎月11日に福島各地でみなさんの想いを灯していますが

子供達には「夢」を書いてきてもらっています

 

その夢の多くが

「人の役にたつ仕事」です

 

医師になり人を助けたい

自衛隊に入る

消防士になる

たくさんの夢がありました

 

福島で当時を過ごした子供達が今社会に出てきています

 

原発事故によって言われた「福島は危険」が

福島によって世界が学んだ!となり

「福の島ニッポン」と言われるようになれたらと願っています

 

「今を生きる日本の大人」のみなさま

 

あらためて

みなさんそれぞれの「311の引き出し」更新作業として

このプロジェクトに関わってください

 

すべての業種が「311からの学び」を活かし

つながりあうことでこれからの日本が変わっていきます

 

 

15年目の3月11日

みなさんの力を貸してください

 

どうぞ

よろしくおねがいいたします

 

 

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▼LOVE FOR NIPPONとは? 

 

 

LOVE FOR NIPPONは東日本大震災を機に、

被災者支援・復興支援を目的とする団体として2011年3月に設立しました。

 

代表のCANDLE JUNEは、3.11以前からハイチ地震や新潟中越地震などで支援活動をしてきた経験から、

チームとして継続的に支援・復興活動に取り組むことの必要性を感じ、

LOVE FOR NIPPONを立ち上げました。

 

被災者の方々と直接的に繋がり、長期的に活動をおこない、

復興までの歩みをともにする団体を目指しています。

 

20年の経験を生かし、渋谷区の防災MAP制作に関わるなど新たなステージへ展開している中、

福島での3.11イベントでは環境省と「チャレンジアワード」を設立し、

福島の子ども達への作文・論文コンクールを開催しています。

環境省とおこなうシンポジウム「福島、その先の環境へシンポジウム」も

毎年開催しており、そこから派生したSOTEシンポジウムは年間8回各地で開催しています。

 

熊本地震から10年となりますが、

毎年命日には復興住宅でイベントを開催しています。

 

能登地震、豪雨災害支援は

現在も毎月1日に月命日イベントを奥能登各地で開催。

能登支援をきっかけにあらたに生まれたサッカー「FC11」を本格始動。

被災地支援にとどまらず、あらゆる社会問題に向き合えるコミニティーを目指しています。

 

オフィシャルサイト
https://lovefornippon.com/

 

Youtube / Instagram

 

 

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▼能登からの応援メッセージ

 

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能登半島で漁師をしております小川勝則と申します。

 

 

令和6年1月1日、能登半島が大きく大きく揺れました。

後の9月21日、能登半島が豪雨で濡れました。

 

能登半島地震、奥能登豪雨です。地震が発生してから間も無くJUNEちゃんとの出会いがありました。

 

地震発生当時僕は能登町の職員として勤務しており、能登町災害対策本部員も兼務していました。

 

全てが未経験の出来事で今後何がどのようになっていくのかわからない。

 

何をどうすれば良いのか僕は今の僕にできることを精一杯取り組みました。

 

 

そこに、手を差し伸べてくれたのがJUNE ちゃんであり、LFNの皆さんでした。

大きな災害を経験し、その後の暮らしを継続するに、自己の努力は当然ではありますが、

自己の努力だけでは解決できないことや心折れることがあります。

 

 

これに寄り添い手を差し伸べ、

支援を継続してくれているのがJUNE ちゃんでありLOVE FOR NIPPONの皆さんです。

 

 

僕たち能登半島、福島などにおいて、

継続して暮らしを支えてくれているLOVE FOR NIPPONの皆さんの活動にどうか、ご支援をいたがけますようお願いいたします。

 

皆様からのご支援は、僕たちの暮らしへのご支援につながります。

 

どうか、「悲しみから喜びへ」の喜びに向けてどうか助けてください。

 

 

 

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LOVE FOR NIPPON 能登支部長

鎌原 実

 

 

 

2024年1月1日能登半島地震が発生しました。

 

ちょうど家族で初詣に向かっている途中でした。

地震発生時は海の近くにいたため高台に逃げる事に必死であまり覚えていません。

 

震災後落ち着いてから町を見ると変わり果てていました。

震災前、僕は地元の能登町でBARを経営していて、震災後は地震でビルが傾き営業ができなくなりました。

 

そこで自分に何か出来ることがないかなと考え仲間を集めて炊き出しをしようと思い能登町役場に申請しに行った所、

たまたま役場前で炊き出しを行なっていた団体LOVE FOR NIPPONと出会いました。

それがJUNEさんとの出会いでした。

 

僕は自宅避難だった為その時まで分からなかったのですが、

JUNEさんと話していると僕の地元の避難所に毎日炊き出しをしにきている事を知り

僕も手伝い出したのがきっかけで今に至ります。

 

過去に福島、熊本など大きな地震がありました。

テレビのニュースで見ていたけど、どこか他人事でした。

 

実際に自分が震災に遭って大変さが分かりました。

生きていく上で食料なども心配でしたが、

この先どうなるのか不安などで精神面が一番しんどいなと思いました。

 

震災後は町のみんなの笑顔がなくなり、たくさんの人の嫌な部分が見えました。

そんな中JUNEさん率いるLOVE FOR NIPPONのみなさんが炊き出しや色んなイベントを行なってくれました。

 

その仲間には震災を経験している人が沢山いて

話を聞いてもらったりしている内に徐々に町のみんなの笑顔も見れるようになりました。

 

能登半島地震後の3月11日には福島に招待してもらい

震災後13年経った場所をみて衝撃を受けました。

 

13年も経っているのに時が止まったかのような現実に復興とはなんなのかよく分からなくなりました。

 

立ち止まってても何も変わらないし前に進まないといけない。

 

 

でも心の中のどこかで不安は消えていない。

何をしたらいいか分からない。誰を頼ればいいか分からない。

 

そんな時に優しく寄り添ってくれたJUNEさん、LOVE FOR NIPPONの仲間たち。

 

 

震災で色んなものを失い辛い思いをしましたが、

その中で色んな繋がりができて、またこの繋がりが他の場所でも繋がっていけばいいなと思っています。

 

この先も色んな所で災害があると思います。

 

まだまだ僕たちも大変な状況ですが、

少しでも多くの人が協力し助け合えるようになればと願っています。

 

そんな未来を作る為に、少しでも力を貸していただけたら嬉しいです。

 

 

悲しみから喜びへ。

 

 

 

 

 

 

 

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▼リターンについて  – CANDLE JUNEより

 

 

3月11日まで、あまり期間がない中でのお願いで申し訳ございません。

 

みなさんの想いとともに15年目の3月11日を作らせてください

応援プランを多数作らせてもらいました。特典が少なくてすいません。

 

平日ではありますが、ぜひ現地に来れる方は来てください。

詳しくは、以下のボタンをクリックして返礼内容をご覧の上、ご希望のリターンをお選びください。

よろしくお願いいたします。

 

 

 

お知らせ

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プロジェクト成立後、天災等やむを得ない事情(緊急事態宣言などコロナウイルスによる影響を含む)により

イベントが正常に開催できなかった場合、規模縮小開催、または延期して開催いたします。

 

※プロジェクトページ内に使用している画像について、本人、または保護者より掲載許諾取得済みです

 

 

 

 

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