インドのクイックコマースの中の有力プレーヤーのインスタマート(Instamart)が、これまでの「アプリから注文して最短10分で届くサービス」というイメージから一歩踏み出し、リアル店舗を実験的にオープンした。
筆者は実際にこの店舗を訪れ、その空間を体験してみた。本記事では、その店舗での体験の紹介と、狙いについて考察をしていく。
10分配送アプリのインスタマートが、「リアル」に進出
クイックコマースとは、注文から配達までの時間を極限まで短縮した配送サービスだ。アプリで注文すれば、必要な商品がわずか10分で届く。インドの大都市ではすでにこれが日常の一部になりつつある。
左上に現在の配送時間が表示される。この場合「8分で配送」と表示されている(筆者のクイックコマースアプリ「Blinkit」のスクリーンショット)
クイックコマースにおいては、人口密集地域に「ダークストア」と呼ばれる配送用の倉庫を設け、そこから商品を届けることで、短時間配送を実現している。そのため、たとえば水一本や急ぎで必要な日用品、生鮮食品も注文後わずかな時間で届けられる。
クイックコマースについて詳しく知りたい方はぜひ以下の記事をご参考いただきたい。
参考:便利すぎてやめられない?注文から10分で商品が届く、インドのクイックコマースの実情(滝沢頼子) – エキスパート – Yahoo!ニュース
現在、インドのクイックコマース市場で圧倒的な存在感を放っているのが、フードデリバリー大手ゾマト(Zomato)傘下の「ブリンキット(Blinkit)」だ。報道によればブリンキットは市場シェア46%を握るリーダーである。
二番手にリライアンスリテール(Reliance Retail)の配送サービスである「ジオマート(JioMart)」、それに続くプレイヤーが、スウィギー(Swiggy)が運営する「インスタマート(Instamart)」である。
画像出典:インスタマート公式サイト
そんなインスタマートの実験店舗は、首都デリーの南西に隣接する地方中核都市のグルガオンのM3M 65th Avenueにある。
M3M 65th Avenueは、いわゆる繁華街や一等地ではないが新しく開発が進むエリアにある商業施設で、日常的な買い物や外食を目的に利用される場所だ。
インスタマートの実店舗は、広い売り場を持つわけではなく、約37平方メートル(約400平方フィート)と非常にコンパクトだ。例えると、一般的な小学校の教室の半分強の大きさにすぎない。
実際に店内を歩くと、通路の一部は狭く、商品がぎゅっと詰め込まれたような印象を受けた。長時間滞在する店舗というより、短時間で必要なものを買うために立ち寄ることを前提にした設計にも見える。
※店内は撮影が禁止されていたため、本記事では写真の掲載はありません。
オンラインのデータ活用施策か?ダークストアの延長か?
インスタマートのリアル店舗についてまず思い浮かぶのは、オンラインのデータを活用した施策ではないか?ということだ。
数年前に日本でもバズワードになった「オンラインとオフラインを融合させる」という流れ、いわゆるOMO(Online Merges with Offline)である。
アプリを軸に、オンラインとオフラインの購買データや体験を統合し、より便利でシームレスな買い物体験を実現する。近年、こうした文脈で語られる小売の事例は少なくない。
しかし、今回のインスタマートの実験店舗を見る限り、そうしたデータ活用型の店舗とは性格が異なるようだ。店頭での会計にインスタマートのアプリを使う導線は用意されておらず、オンラインとオフラインの購買行動が一体化されているわけでもない。
オンラインとオフラインはあくまで切り分けられている印象を受けた。
筆者の購入商品(画像出典:筆者撮影)
もう一つ考えられるのが、「ダークストア(配送の際に拠点となる倉庫)」を来店型に転用し、倉庫での販売もあわせて試しているのではないか、という仮説だ。
インスタマートは、都市部に張り巡らされたダークストア網によって10分配送を実現してきたサービスであり、その延長線上での実験と捉えるのは自然でもある。
だが、この点については、現地の報道でも明確に否定されている。複数の報道によれば、今回の実験店舗は配送拠点を兼ねるものではなく、ダークストアとしての機能は持っていないとされている。
つまり、インスタマートのこの実験店舗は、オンラインのデータ活用による体験高度化でもなく、ダークストアでの販売を兼ねることによる効率化施策でもない。
インスタマートはこの実験で何を見極めようとしているのか
現地報道によれば、今回の実験店舗はインスタマートが直接所有・運営するものではなく、外部の販売事業者によって展開されている(参考)。
つまり、インスタマート本部が自らコストや運営リスクを負ってリアル店舗モデルを作り込んでいるわけではない。
この前提に立つと、今回の取り組みは、まずは低コストかつ低リスクで市場の反応を観察する取り組みと考えた方が自然だろう。
うまく機能すれば学びを得られ、そうでなければ深追いせずに撤退できるのだ。
では、インスタマートは何を問い、何を見極めようとしているのか。現地での体験や店舗の設計を手がかりにすると、少なくとも次の三つの仮説が浮かび上がってくる。
仮説①オンライン広告では拾いきれない、新たな接点の獲得
クイックコマース各社は、すでに都市部で高い認知度を獲得している。一方で、まだ知らない層や、知っているが利用に踏み切れていない層に対して、オンライン広告だけで利用を促すのは限界もある。
リアル店舗は、広告ではなく生活動線上での接点として機能する。たまたま前を通り、商品や価格を目にし、「こういうサービスなのか」と理解する。その場では利用しなくても、後日アプリを思い出すきっかけになるかもしれない。
実験店舗は、こうしたアプリダウンロード以前の認知・理解フェーズをどう作れるかを検証しているようにも見える。
仮説②オンライン専業では作りづらい「存在感」や「信頼感」の検証
クイックコマースは、その性質上、アプリの中で完結するサービスだ。
そうなると便利ではある一方で、利用者にとってはサービスとしては身近でも、アプリの中にしか存在しないがゆえにブランドとしての実在感は希薄になりがちだ。
画像出典:筆者撮影
リアル店舗を持つことで、たとえ購入頻度が高くなくても、街の中に物理的な拠点があるという事実は、サービスへの心理的な距離を縮める。
今回の実験店舗は、売上そのものよりも、こうした存在感や信頼感がどの程度生まれるのかを確かめる場として位置づけられている可能性がある。
もっとも、この仮説にはやや引っかかる点もある。この店舗は規模が小さく、立地もいわゆる繁華街や高い集客力を持つ商業施設というわけではない。
もし存在感や信頼感の醸成が主目的であれば、もう少し広い売り場を確保したり、より人通りの多いエリアに店舗を構えるという選択肢もあったはずだ。
仮説③倉庫とは切り分けた「リアル店舗単体モデル」の成立性検証
もう一つ見逃せないのが、リアル店舗そのものが事業として成立するか、という視点だ。今回の店舗は、物流効率を追求したダークストア(配送拠点となる倉庫)とは明確に切り分けられている。
クイックコマース企業が、配送網とは別軸でリアル店舗を持つことで収益は上がるのか。その成立性を小さく試している段階なのかもしれない。
その中で、さらに実験の方向性として考えられるのが、オンライン販売を通じて蓄積されてきた周辺エリアの購買データを活用し、品揃えを最適化することで、どこまで効率的な店舗運営が可能なのかを検証している可能性である。
実際、今回の店舗は売り場が小さくSKU数も限定されているが、これはデータに基づいて絞り込んだ結果なのかもしれない。
もっとも、この見方についても慎重に考える必要があるかもしれない。
先述の通りこの店舗はインスタマートではなく、外部の事業者が運営している。
その場合、本部がオンライン販売で蓄積した詳細な購買データを、販売事業者にそのまま共有するとは考えにくい。そう考えると、ECで得られた個別性の高いデータを前提とした高度な最適化実験である可能性は高くなさそうだ。
インスタマートの実験が示すもの
インスタマートのリアル店舗は、データ活用による体験高度化でも、ダークストアの延長でもない。
むしろ、クイックコマースという「速さ」を武器に成長してきたサービスが、さらに売上をあげるために、何をすれば良いのかを探るための実験と捉えるのが自然だろう。
筆者に配送をしてくださったクイックコマースの配送員と受け取った荷物(筆者撮影)
また、ここまで三つの仮説を挙げてきたが、もう一つ、よりシンプルな見方も成り立つ。
それは、インスタマートが自ら店舗運営のリスクを負うことなく、外部の販売事業者に運営を委ねる形でリアル店舗を展開し、新たなビジネスモデルや収益源として成立しうるのかを探っているという可能性だ。
言い換えれば、フランチャイズに近い形でのオフライン展開を、まずは小さく試しているとも考えられる。
この実験店舗が今後どう評価され、どう進化・展開されていくのか。
インスタマート、ひいてはインドのクイックコマース全体の次の動きに、引き続き注目していきたい。

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