【石川・1.1 能登半島地震2年】「自然と生きる」七尾帰還へ 金沢に避難 和田さん

広域避難していても、森の中に入ると、感謝を伝えたくてスギを抱き締める和田直美さん=金沢市内で

枝打ちや畑仕事心待ち「やさしくなれる」 能登半島地震で被災し、金沢市内で避難生活を送る和田直美さん(65)は、2027年2月をめどに七尾市へ戻る準備をしている。自宅は中規模半壊した。みなし仮設住宅の供与期限が終わるのを前に、故郷での住宅再建を決断した。野菜を作り、森で枝打ちする生活を楽しみにしている。「自然の中にいれば、やさしくなれる。細かいことに悩む必要もない。心も癒やされる」 (沢井秀和)

 24年元日の地震で、七尾市内の自宅が傾き瓦や天井板が落ち、空が見えるようになった。しかし直美さんが新型コロナウイルスに感染したこともあり、避難所ではなく、すきまだらけになった自宅に義母と夫の3人で住み続けた。

 石油ストーブを外に出して、サツマイモやもちを焼いて食べ、トイレは裏山に穴を掘り、「失礼します」と山の神さまに声をかけて済ませた。缶ビールを3人で分けて「宴会だー」と笑い合い、時には茶道をたしなむ直美さんが青空の下で野だてをすることも。 

 地震後は左足の肉離れや盲腸も経験した。それでもさらりと言う。「何があっても自然があれば、生きていける」

 そう思えるのは、自然とともに暮らしてきたから。37歳から、森林組合や山主に頼まれて木々の枝打ちをしてきた。最盛期には高さ20メートルほどの木にも、安全ベルトとヘルメットを着けて登った。山の中で風をほおに受けると、生かされている自分を感じる。

 ある時、目が合った野ウサギが近づいてきて、しばらくすると、2匹で現れた。「彼女を紹介にきてくれたのかな」。時折、木を抱きしめ、すべての生きものに感謝を伝える。

 飼っていた猫2匹も受け入れできるみなし仮設住宅をようやく金沢市内に見つけ、25年2月から暮らし始めたが、「自分の生まれ育った所に帰りたい」という夫の声に押され、現在は自宅再建の準備を進めている。

 26年9月に着工し、30坪の平屋住宅を建てる予定。公費解体で更地が増えた自宅敷地を畑にし、自然農法で作物も育てる。

 「山仕事をさせてもらったおかげで、自分たちが生かされていることが初めてふに落ちた。これ以上、何を望む」「新たな目標をもった今が最高。今しかないもんねー」。そんな思いを胸に日々を生きている。

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