男子プロテニスの松井俊英(フリー)が「THE ANSWER」のインタビューに応じ、48歳となる2026年シーズンの展望を語った。47歳になった25年シーズンは日本協会の強化選手に異例の復帰を果たすも、右ひじの内側上顆炎で出場1大会に終わった。順調に回復している今、見据えているものはなんなのか。ここまで長く現役を続けている原動力にも迫った。(前後編の前編)

48歳の展望を語る松井俊英【写真:編集部】48歳の展望を語る松井俊英【写真:編集部】
インタビュー前編、松井の野望は「世界歴代最年長世界ランカー」

 男子プロテニスの松井俊英(フリー)が「THE ANSWER」のインタビューに応じ、48歳となる2026年シーズンの展望を語った。47歳になった25年シーズンは日本協会の強化選手に異例の復帰を果たすも、右ひじの内側上顆炎で出場1大会に終わった。順調に回復している今、見据えているものはなんなのか。ここまで長く現役を続けている原動力にも迫った。(前後編の前編)

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「俺、メキシコで殺されそうになったことがあるんです」

 長年世界で戦い、命の危険を感じた経験もある。現役プロテニスプレーヤーでは異例の47歳、松井の強いマインドは「死生観」からくるものもあるかもしれない。

 17~18歳頃のメキシコ遠征。日本の戦友と2人で乗ったタクシーは、伝えた目的地と違う方角へ。街はずれの交差点に停車したところで、見知らぬ男が乗り込んできた。馬乗りで殴られながら、スラム街へと連れていかれた。

「こっちを向くな」。頭にナイフを突き付けられ、金目の物は全て奪われた。命からがら逃げ延び、裸足で警察に駆けこんだ。「お前らは殺されなかっただけラッキーだ」。翌日の試合には、顔が腫れたまま出場した。

「そういう経験に、無意識のところで影響されているかもしれません」。人生いつ何が起きるか分からない。身をもって知ったからこそ、今を大事に生きている。2013年には「一番お世話になった」恩人の安見拓也トレーナーが急死。「体が資本と叩き込まれたし、リスペクトとか、感謝とか。やっぱりそういうものが原動力になっている」。後悔のない選択を続けた結果、今もラケットを握っている。

 2006年、10年とアジア大会で日本代表入り。国別対抗戦のデビスカップにも06年、10年と2度出場した松井は今年、実に15年ぶりにナショナルチームが決める代表候補になった。希望に満ちていた年明け早々。長年の疲労が蓄積した右ひじに痛みが走った。

 今年出場できた公式戦は1試合のみ。不完全燃焼の1年だった。ひじを診断した3人のドクターは「よくここまでやった」と口をそろえた。野球やゴルフでも発症することの多い内側上顆炎。投手であれば「復活して150キロを投げることはほぼありえない」と例えられた。

「手術案件だって言われました。ただ、3人目のドクターが(手術すべきかどうかの提案が)超曖昧だったんですよ。多分、これが答えだと思って」

目標は「世界最年長」 シングルスポイントを獲れば記録更新

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