Europe Trends
2025.12.04
欧州経済
ドイツ経済
ドイツ連立政権に分裂の火種
~改革遂行能力が試される年金法案採決~
田中 理
要旨
年金改革を巡って、ドイツの連立政権内の緊張が高まっている。5日に予定される法案採決では、一部の与党議員が造反の意向を示唆。連立パートナーからは、年金改革が頓挫した場合、連立政権の存続にとって重要な意味を持つとの発言も聞かれる。法案採決の行方は予断を許さない。
もっとも、この段階で連立政権が崩壊するリスクは低い。連立政権にとっては、構造不況に陥ったドイツ経済の再生や産業競争力の回復が急務だ。春の連邦議会選挙後、連立を組む二会派・三政党の支持率が低下し、一部の調査で極右政党が最多の支持を集める。与党勢力は、改革の頓挫や、連邦議会の解散・総選挙につながる恐れがある連立解消を望んでいない。
現在の連立政権は第二次世界大戦後の歴代政権の中で最も議席の占有率が低く、議会基盤は極めて脆弱だ。今後も重要法案審議で連立内の不況和音が高まる恐れがあり、中長期的には構造問題の解決に向けた改革遂行能力と政治安定が不安視される。
ドイツで5月に誕生したメルツ首相が率いる連立政権が年金改革を巡って分裂の危機に瀕している。包括的な年金制度改革は、政権を率いる中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)、バイエルン州で活動する姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)、連立相手で中道左派の社会民主党(SPD)が、最重要な政策分野の1つとして位置付けている。SPDが年金給付水準の中期的な維持を求めているのに対して、年金財政の持続性を重視するCDUの青年部に所属する議員は、給付水準の中期的な引き下げを求めて、5日に予定される法案採決で反対票を投じる可能性を示唆している。定数630の連邦議会で連立政権が持つ議席は328にとどまり、CDUの青年部に所属する18議員が造反すれば、法案は否決される。SPDの重鎮閣僚は、年金改革が頓挫した場合、連立政権の存続にとって重要な意味を持つと発言し、法案採決での協力を促している。CDUの執行部は青年部所属議員の翻意を促しているが、今のところ説得工作は難航している。
CDUの執行部は5日の法案採決を前に、所属議員を対象に予備投票を行うことを計画している。このまま青年部の賛成を取り付けることに失敗すれば、重要法案が否決され、政権への打撃や連立政権の存続が危ぶまれる事態に発展する恐れもある。予備投票の結果次第では、法案採決を延期する可能性があろう。仮に法案が否決された場合も、すぐに連立解消に発展するリスクは低い。最近の世論調査では、2月の連邦議会選挙で第二党に躍進した極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)が一段と支持を伸ばし、一部調査でCDU・CSUを上回っており、連立を組む二会派がともに支持を失っている(図表1)。主要政党はAfDを連立相手から除外しており、二会派・三政党による大連立以外に、議会の過半数を確保可能な連立の組み合わせは見当たらない。また、長年の緊縮財政、産業構造転換の遅れ、エネルギー価格の高止まりなどを受け、ドイツ経済は構造不況に陥っている。連立政権は財政収支の均衡化ルール(債務ブレーキ)を見直し、経済の立て直しや競争力の回復を目指すが、その取り組みはようやく始まったばかりだ。与党勢力は何れも、改革の頓挫や、連邦議会の解散・総選挙につながる恐れがある連立解消を望んでいない。


2027年に予定される5つの州議会選挙では、AfDの躍進が予想されるが、何れも伝統的に連立を組むCDUとSPDが強い地域で、AfDが第一党の座を手にする可能性は低い。財政政策の歴史的な転換につながる債務ブレーキの改正手続きが終わり、2026年度の連邦予算も成立済みだ。短期的には財政出動に支えられた景気回復シナリオが崩れるリスクも、この段階で連立政権が崩壊する可能性も低いが、現在の連立政権は第二次世界大戦後の歴代政権の中で最も議席の占有率が低く、議会基盤は極めて脆弱だ。メルツ政権に対する評価も、二会派・三政党の支持者を中心に急落している(図表2)。今後も重要法案審議で連立内の不況和音が高まる恐れがあり、中長期的には構造問題の解決に向けた改革遂行能力と政治安定が不安視される。


以上
田中 理

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