タイムアウト東京 > 音楽 > ドイツ人ビートメイカー・FloFilzが音楽で表明する「東京」への愛

よく晴れた2025年11月の午後。池ノ上駅付近の路上で待ち合わせをした。

待っていたのは、ドイツのインストゥルメンタルヒップホップのパイオニアとも称される、ビートメイカーのFloFilz(フロフィルツ)。取材時は日本旅行中とのことで、高知や大阪を巡り、和歌山の熊野古道から帰ってきたばかりだった。

彼が9月にケルンのレーベル「Melting Pot Music」からリリースしたアルバム『Hagaki(葉書)』は、都市の文化や雰囲気、風景を音楽とビジュアルの両面から探求するシリーズの第4弾で、日本の首都「東京」にささげた作品だ。日本への音楽的なラブレターであり、ジャズとビートを日本の音楽と文化に融合させた「音の旅の記録」だという。

同作のアルバムジャケットが撮影されたのは、この待ち合わせの場所である井の頭線の踏切のすぐそば。日本に1カ月間滞在し、制作を進めたというアルバムには、彼の盟友である写真家のロバート・ウィンター(Robert Winter)による20ページにもわたる写真集が挟み込まれている。楽曲たちからはもちろん、写真からも、東京の街を歩き、音楽が紡がれていった軌跡と息遣いが感じられるだろう。

FloFilz
Photo: Akari Matsumura池ノ上駅付近で、ジャケットとなった写真は撮影された

そして、FloFilzと巡り合わせてくれたAtsuについても簡単に紹介したい。Atsuは、和紙を媒体にさまざまなコラボレーションを行う会社・kumonone Inc.の代表であり、DJとしても活動する人物だ。今作『Hagaki(葉書)』は、和紙でスリーブが作られた限定盤のレコードが、Melting Pot Musicとkumonone Inc.のダブルネームでリリースされている。

『Hagaki』のLtd. Washi Special Edition
画像提供:kumonone Inc.スリーブが和紙で作られた『Hagaki(葉書)』のLtd. Washi Special Edition

ジャケットの撮影地を起点とし、FloFilzが日本に来たら訪れるというレコードショップやリスニングバー、クラブなど、東京の各所を2人とともに巡りながらインタビューした。ぜひ『Hagaki(葉書)』を聴いて、もしくは聴きながら東京の街を歩いてほしい。きっと、いつもの道がシネマティックに感じられるはずだから。

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東京の良さは「大都市でありながら静けさを感じられる」ところ
FloFilz
Photo: Akari Matsumura

—まずはFloFilzさんのことを知らない人のために、基本的な質問をさせてください。ビートメイキングを始めたのは、何がきっかけでしたか?

幼少期からジャズをよく聴いていたんです。その後、A Tribe Called Questをはじめとするジャジーなヒップホップを発見して。15、16歳の頃、本当によく聴いていました。

そしてMadlibやJ Dillaはもちろん、ドイツ人のビートメイカーたちを知り、インストゥルメンタルなビートミュージックにのめり込んでいきました。そして自分でも作りたいと思ったんです。

—初めて手にした楽器はバイオリンだと聞きました。

両親がクラシックの音楽家で、その影響もあって4歳からバイオリンを始めました。『Hagaki(葉書)』でもバイオリンやキーボードなどを演奏しています。もちろん、ドラムの打ち込みも。

FloFilzとAtsu
Photo: Akari MatsumuraAtsu(左)とFloFilz。幡ヶ谷「ELLA RECORDS」の前で

—本作品は「都市の文化や雰囲気、風景を音楽とビジュアルで探求するシリーズ」の4作品目だと聞きました。パリ、リスボン、ロンドンの次に、東京を選んだ理由を教えてください。

このシリーズを始めたのは2014年のことでした。友人であり、素晴らしい写真家のロバート・ウィンターが、音楽と写真を組み合わせたプロジェクトを思い付いたんです。そして、レコードに写真のブックレットをとじ込むことで実現しました。

実は今作に取り組む前から、すでに2回、日本を訪れていて。初来日は2018年のことで、Atsuからライブの依頼を受けて来ました。来日前から日本のビートメイカーたちとはInstagramやSoundCloudを通して知り合っていて、音楽的なつながりがあったんです。だからこそ、本作の舞台に東京を選んだのは、私にとってはロジカルというか、ごく自然な流れでした。

もちろん、日本と東京が大好きだというのも理由の一つです。それに、まだ多くの人に知られていないクールなスポットがたくさんあると思うんですよね。音楽を作りたくなるような雰囲気もあるし、写真を撮るのにも完璧な街だと感じています。

—これまで巡ってきた都市と東京で、何か違いを感じることはありますか? 東京だけの雰囲気ってどんなところだと思いますか?

ほかの大都市と比べて、落ち着ける場所が簡単に見つかる気がします。すごくにぎやかですが、一歩路地へ入るとリラックスできる雰囲気が残っていたり、小さな公園がたくさんあったりする。そういった、大都市でありながらも静けさを感じられるところでしょうか。

あとは、あらゆる芸術や文化全般に言えることだと思うのですが、特にレコード店やクラブイベントを訪れると、音楽への愛をすごく感じられるんです。かなり特別な場所ですよね。

FloFilz
Photo: Akari Matsumura幡ヶ谷「ELLA RECORDS」の店内

各地のミュージシャンを訪ね歩いた1カ月間の旅路

—本作を制作するために、昨年日本に1カ月間滞在していたそうですね。東京だけにいたのですか?

主に東京で過ごしていたのですが、違う場所へも旅しましたね。大阪にも行きましたし、アルバムに参加してくれたギタリストのソエジマトシキに会いに、静岡も訪れました。彼の家で一日かけてトラックを作ったり、アイデアを練ったりして。その後は彼に街を案内してもらって、一緒に寿司を食べに行きました。

それと数日間、自然あふれる伊豆で過ごしました。京都では、「Jazzy Sport Kyoto」を拠点としているコレクティブ「Table Beats Rec.」のイベントに参加して。本当にたくさんの場所を巡りました。

FloFilz
Photo: Akari Matsumura

—日本だけで制作を進めたのでしょうか? それともドイツに戻ってからもですか?

両方ですね。ベルリンの自宅に戻ってからも作業を続けましたが、東京でもいくつかのトラックを作りました。例えばBUDAMUNKとは、新宿の彼の家で3つのビートを作り、そのうちの一つがアルバムに収録されています。

Nao Yoshiokaとは、彼女のホームスタジオでセッションしました。彼女は既にボーカルのアイデアをいくつか録音してくれていたんです。僕がアイデアを持って行ってトラックの構想を練り、仕上げました。その時に下北沢を散歩して「スープカレーポニピリカ」で食事したのもいい思い出です。

—話に出たように、本作には日本のミュージシャンたちが参加していますよね。以前から知っているミュージシャンたちばかりだったのでしょうか?

何人かは前から知っていました。例えば、tajima halやBUDAMUNKとはSoundCloudで知り合って、2018年に初めて日本に来たときに会いました。

ジャズトランペッターの黒田卓也に関しては、彼の音楽が大好きでずっと一緒に仕事をしたいと思っていたんです。彼のアルバム『Rising Sun』が大好きで、10年ぐらい前から聴いていました。

Nao Yoshiokaは、ドイツのビートメイカーの作品に参加していたことで知りました。本当に素晴らしいエネルギーと声を持つシンガーだな、と思って連絡したんです。

FloFilz
Photo: Akari Matsumura

「リアルな東京」を伝える音楽と写真集はどう作られたか

—『Setagaya Samba』はどこか1960〜70年代の日本ムードミュージックのような雰囲気を感じました。『Sunken Stones』は尺八のような音色が印象的です。本作に影響を与えた日本の音楽はあるのでしょうか?

日本のジャズやアンビエントも、インスピレーションの源でした。伝統的な要素も少し取り入れたかもしれません。日本の雰囲気や自然音からも影響を受けたと思っています。美しい自然と大都会が混在するところが、僕が日本を愛する理由ですから。

—日本のジャズミュージシャンは、どんな人たちを聴いていますか?

たくさんいますが、その中でも中村照夫や土岐英史、鈴木勲はお気に入りです。あとは笠井紀美子とかですかね。

FloFilz
Photo: Akari Matsumura神保町「肆-YON-」の、地下1階のリスニングバーでも話を聞いた

—『Taito City Hideout (feat. Takuya Kuroda)』『Setagaya Samba』のように、タイトルに地名のついた曲がありますよね。これらの曲は特定の場所をイメージして作ったんですか?

特に「ここ」という場所があるわけではなく、そのエリア全体という感じです。

例えば『Setagaya Samba』では、下北沢周辺をカメラマンのロバートと一緒に歩いていた時にすごくいい雰囲気で、エネルギーを感じたんですね。時々歩いている人が多過ぎて、まるでダンスしているみたいというか、「サンバみたいだな」と思ったところがアイデアの源になりました。

―「都市のサウンドトラック」ともいえるような作品ですが、日本の映画からのインスピレーションについて教えてください。何か影響を受けたり、好きだったりする作品はあるのでしょうか?

『湯道』はとても好きな映画です。坂本龍一のドキュメンタリー『Ryuichi Sakamoto: CODA』にも影響を受けましたし、黒澤明の『夢』は幻想的な映像が印象的で、想像力をかき立てられますね。

ドイツ人のヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)による作品ですが『PERFECT DAYS』も好きで、実際に舞台の一つでもある浅草に足を運びました。もちろんジブリ作品も好きです。

FloFilz
Photo: Akari Matsumura

—特に有名な場所ではないと思うのですが、どうして池ノ上の写真をジャケットに使ったのですか?

ここをジャケットにしよう、と決めて写真を撮ったわけではないんです。アルバムのアートワークを作っていた時、ロバートと東京を毎日10時間くらい歩き回って探検して、とにかく写真を撮りまくっていたんですよ。

ドイツに戻って写真を見返した時、この一枚が目に留まりました。池ノ上は東京に暮らす人たちの生活を感じるエリアで、カバーにぴったりだと思ったんです。リアルな東京の雰囲気を伝えたかったので、観光名所の写真は使いたくありませんでした。この光の差し込み方も、電車の走っている姿も東京の一部ですし。

実は、ジャケットに写っている場所の近くにファンが住んでいるらしく、Instagramでメッセージをくれたんですよ(笑)。すごい偶然ですよね。先週、この場所で会いました。

—今回が3回目の来日とのことですが、日本に来るといつも立ち寄る場所ってありますか?

「かおたんラーメン エントツ屋 南青山店」です。日本に初めて来た時にAtsuが連れていってくれました。そこから大好きで、アルバムの写真集にも写っています。今回も行きたいですね。あとは、下北沢「Little Soul Cafe」も。

日本のレコード店も最高です。幡ヶ谷の「ELLA RECORDS」や高円寺「UNIVERSOUNDS」、下北沢「CITY COUNTRY CITY」には毎回行きます。もちろん「ディスクユニオン」も。少し遠いですが、「VDS」は品揃えがすごいですよね。でも、もっと小さな個人店に探しに行くのも大好きです。

Atsuがレギュラーパーティーをやっていて、雰囲気も好きでいい音楽が流れる「THE ROOM」や、同じく渋谷の「渋谷Tangle」も好きなお店です。神保町の「肆-YON-(ヨン)」は今回初めて訪れたのですが、Atsuからいろいろ話を聞いていて、とても楽しみにしていました。

FloFilzとAtsu
Photo: Akari Matsumura通常盤を持つFloFilz(左)と和紙エディションを手にするAtsu

7時間で完売した和紙エディション

―ここからはAtsuさんにもお答えいただけたらと思います。和紙を使った限定版は装丁が美しく、本当に印象的でした。まずはFloFilzさんに質問です。和紙については以前からご存じだったんですか?

FloFilz:今作に取り組む前から、Atsuが和紙を使ったプロジェクトに取り組んでいたので知っていました。彼が和紙そのものについてや、和紙を使ったいろいろなアイデアを教えてくれた時から、もうそのコンセプトについて本当に気に入っていました。いつか一緒に何か作れたら最高だなと思っていたのですが、それが現実になってうれしいです。

Atsu:計画がスタートしたのが大分前のことに感じますね。本当に実現できてよかったです。

Atsu
Photo: Akari Matsumura

―日本人なら和紙の存在は知っている人が多いですが、同時に、今すごく身近なものではないと思うんです。和紙を仕事として扱おうと思ったきっかけって?

Atsu:以前の仕事でパソコンに囲まれる生活をしている中で、DJがレコードを使うのと同じように、デジタル化された時代に疲れて癒やしを求めるタイミングがありました。もっと自然というか、地に足ついたものをやりたいなという気持ちがあって。

会社を辞めて、何をやるか決めずに一年間いろいろな場所を訪ねたんです。和紙に興味を持ったのは、その頃のことでした。

同時期にリジェネラティブのワークショップを受けていて、なぜ知ったのかは覚えていないのですが、以前から知っていたティク・ナット・ハン(Thích Nhất Hạnh)という禅僧の「一枚の紙に雲を見る」という詩に再会したんです。

雲があってこそ雨があって、雨が降ってこそ木が育って、木があるからこそ紙ができる――という、循環のつながりを表した詩なのですが、和紙ってまさにそうなんですよね。実際に和紙工房へ行った時に、その詩が目の前で具現化される感じがしました。

FloFilzとAtsu
Photo: Akari Matsumura

―和紙エディションの手触りなど、実物を手に取った時にどう感じましたか?

FloFilz:質感が、本当に美しい。言葉で表すのは難しいけれど……。とても独特で、いろいろな要素を感じ取れるんです。実物を手に取ってみないと、本質は分からないと思います。

ロバートは初めて触れた時に「うわっ、想像以上にすごい! この感触が本当に……」って思わずつぶやいていました。本当に想像以上の仕上がりだったんです。

FloFilz
Photo: Akari MatsumuraFloFilzが来日する度に毎回訪れるという渋谷「THE ROOM」へ

―「和紙エディションをリリースしよう」とAtsuさんから声をかけられた時、どう思いましたか?

FloFilz:レーベルも日本の文化と結びつくようなことをしたいと考えていたみたいで、すごく喜んでいました。アルバム自体が日本文化を基にしているものでもあるので、日本の伝統的な技法を取り入れることは、とても意味のあることだと思っています。

日本の伝統工芸は世界的にも有名なので、和紙エディションについてはいろいろな人から問い合わせがありました。それに、このプロジェクトで和紙を知ったという人もいるんじゃないでしょうか。

Atsu:実は、和紙の限定版を作ろうと声をかけたわけではなく、全ては自然な流れだったというか。和紙で作ったレコードのジャケットの試作品を彼に見せたことがあったんです。もちろん、彼の大ファンでもあるから、和紙をレコードに使った最初のプロジェクトで彼と仕事をしたかったという気持ちはありました。

和紙スリーブの制作過程を記録した動画も、ぜひ観てほしいです。和紙が手作業でどう作られ、どうレコードのジャケットとして仕上げられていくのかというプロセスが分かると思います。

—実際に制作はどのように進んだんですか?

Atsu:FloFilzとレーベルオーナーのオリバー・フォン・フェルベルト(Oliver Von Felbert)、ロバートが一緒にプロジェクトの下見に来た時に、いろいろな紙を見せました。個人的には、初めてのプロジェクトだったからこそ、初めて「和紙ってすごいな」と感じた雲龍紙になったらいいなとは思っていたのですが、結果的に採用されて。

今回使用した雲龍紙は、原料となるコウゾの繊維をちぎって、水の中でバラバラにして作られたもので、一枚一枚表情が全然違います。人間が手を加えつつも、水が仕上げるんです。機械製造が主流の中、手すきで雲龍紙を作る職人さんは本当に希少なんですよ。

FloFilz
Photo: Akari MatsumuraAtsuとともにパーティー「GOW」を主宰するKohei(左)とFloFilz(中央)、そしてAtsu

—ほかにジャケット制作でこだわった点について教えてください。

Atsu:越前の和紙職人さんが紙を作って、それを名古屋の製本作家の人が製本しているのですが、のりも全部一から作ったんです。レコードだからほこりを付けたくなくて。帯電力が一番低いのりとはどのようなものか、そういった研究も一緒に手伝ってくれている方でもあります。

経年劣化じゃなくて、レザーやシルバーのように経年変化するように作っています。

―何枚プレスしたんですか?

Atsu:30枚です。でも売る直前になって、現物が届いたレーベルのスタッフたちが「やっぱ100枚作りたい」とか言い始めて(笑)。結局、7時間ぐらいで売り切れちゃいましたね。

—リプレスの予定はないんですか?

FloFilz:売り切れてしまったのでチャンスというか、可能性はあると思います(笑)。

FloFilz
Photo: Akari Matsumura「THE ROOM」のバーカウンター

―なるほど(笑)。最後の質問です、次はどこの街でアルバムを作るか決めていますか?

FloFilz: 何人かから聞かれましたが、まだ考えていません。ブラジルの音楽がすごく好きで、レコードもたくさん持っていて買い続けているので、選択肢の一つになるかもしれません。

ただ、全ては偶然決まるものなので。何年か後にゆっくり決めようと思います。

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