Rita(旅暮らしエッセイスト)

人生観が変わる...スペイン人の「停電すら楽しむ」最強マインド術

「賑やか」「情熱」「ロマンチック」そんなイメージが強いスペイン。

本稿の著者Ritaさんは、53歳の時に急に思い立って、学生として単身でスペインに渡り、3年間を過ごされてきたなかで、そのイメージは大きく変わったと言います。

本稿では、Ritaさんがスペインで感じた”今日を味わう”暮らし方について語っていただきます。

※本稿は、Rita著『自由で、明るく笑って過ごす スペイン流 贅沢な暮らし』(大和出版)より一部抜粋・編集したものです。

 

なんにもない日も、大事な日

スペインの人たちに囲まれる日々の中、何度も心を打たれたのは、スペイン人の「今を楽しむ力」でした。

予定通りにいかない日があっても、思い通りにならないことがあっても、それでも「今、この瞬間」を明るく生きようとする姿勢。

そんな人たちの在り方が、この国のあちこちで見られるのです。

たとえば、電車が遅れることなんて日常茶飯事。

それでもホームでイライラしている人はほとんどいません。むしろ「じゃあ、その間にコーヒーでも飲もうか」と、カフェに立ち寄って談笑しています。

そんな風景を見ていると、「時間通りじゃなくても、人生は回るんだな」と、いつの間にか肩の力が抜けていくのです。

ある日、スペイン全土で半日以上も続く大規模な停電が発生しました。

電気もWi-Fiも使えず、スマホも役に立たず、まるで突然、現代社会から、ぽんっと放り出されたような感覚。

けれども、街の反応は想像を超えていました。

「電気がなくても太陽があるだろ?」

「冷蔵庫のビール、冷たいうちに飲もう!」

「炭はある。ならバーベキューだ!」

「アイスが溶ける前にみんな食べて! もちろんタダだよ!」

人々は自然と広場や公園に集まり、ギターを弾き、誰かが踊り出し、木陰では本を読み、ベンチでは昼寝。

まるで祝日のワンシーンのような、おだやかな光景が広がっていました。

「トラブル? それならそれで楽しめばいいじゃない」

そんな空気が街全体を包み込んでいたのです。

そして深夜、ようやく電気が復旧した瞬間。どこからともなく拍手が沸き起こり、見知らぬ人同士が笑いながらハグを交わしていました。

その光景に、私はただただ圧倒されました。

「今を生きる」って、こういうことなんだ。

スペインは、そんなふうに私の価値観を軽やかに塗り替えてくれたのです。

スペインの人たちは、「完璧な日」や「特別な日」を待ちません。

今日が平凡でも、そこに楽しみを見つける達人たち。

家族と過ごす時間、夕陽を眺めるひととき、友人とのおしゃべり。

そうした小さなことを、まるでお祝いするかのように大切にしています。

もちろん、彼らも悩みがないわけではありません。

経済の不安定さや失業率の高さ、社会問題もたくさんあります。

でも、それでも「笑うこと」「楽しむこと」を忘れない。

その力強さに、私は何度も背中を押してもらいました。

 

“今日を味わう”暮らし

今日を味わう

一方、日本では、「いつかラクになるために今を頑張る」「我慢が美徳」といった考えが根強いように思います。

私自身も、ずっと「ちゃんとしなきゃ」「後悔しないように、将来のために備えておかなきゃ」と、未来ばかり見ていた気がします。

でもスペインに来てから、「今日を味わう」という感覚が、少しずつ体に染み込むようになってきたのです。

シエスタ(午後の休憩)の時間に、人通りの少ない石畳の道をゆっくり歩いている人がいたり、じんわりと差し込む午後の陽ざしのもとで、のんびりとランチを楽しんでいる姿を見かけたり。

夜になれば、遅い時間まで家族や友人たちがテラス席で笑い合いながら語らい、グラスを傾けている……。

スペインの人たちにとっては、特別なことをしなくても、「日常そのものが人生」なのだと感じます。

だからこそ、先のことばかり考えて今を置き去りにするのではなく、目の前の人との会話を楽しみ、見慣れた風景にちゃんと目を留める。

そんなふうに、「今」を丁寧に味わいながら生きているように思うのです。

私も、「毎日が特別じゃなくても、じゅうぶん豊かで、意味がある」と思えるようになっていきました。

たとえば、風に揺れる洗濯物がカラリと乾いていたときの気持ちよさ。

小さなバルで、はじめて食べたタパスが思いがけず美味しかったときの驚き。

拙いスペイン語でも相手と通じ合い、一緒に笑えたときの嬉しさ……。

そんな「小さな喜び」を集めていくうちに、日々がどんどん彩られていくのを感じています。

「今を楽しむ」という選択は、劇的な変化を起こすような派手なものではないかもしれません。

でも確実に、じわじわと、「自分をもっと大切にしよう」という思いにつながっていきます。

時間に追われすぎず、完璧を求めすぎず、「今日」を味わう心を育てていく。

そんな暮らし方が、私の中の何かを少しずつほぐし、再構築してくれています。

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