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2025.12.15


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チリ・大統領選は「三度目の正直」でカスト氏勝利、右派回帰へ
~治安対策、米国との関係深化、新自由主義政策への回帰も、世界最大の銅生産国の行方は~



西濵 徹



要旨

南米チリでは、12月15日に大統領選の決選投票が行われた。現行憲法では現職のボリッチ大統領の再選が禁じられており、左派路線の継承と対米関係の行方が焦点となった。第1回投票では、ボリッチ路線の継承を謳う左派のハラ氏が首位となるも、治安強化や不法移民対策を前面に掲げる右派のカスト氏が次点に付けた。よって、決選投票は2021年の前回同様に左右対決の構図となった。

近年、中南米では左派政権が広がる「ピンクの潮流」がみられたが、足元では右派回帰の動きが強まりつつある。チリでも、ボリッチ政権下での急進的な政策や改憲の失敗、治安悪化や不法移民問題に対する不満が高まる動きがみられ、政治環境は右派に追い風となっていたとみられる。

こうした中で実施された決選投票では、右派のカスト氏が58.16%を獲得して勝利し、三度目の挑戦で大統領に就任することとなった。カスト次期大統領は、不法移民対策を含む治安強化を最優先課題とし、米国との関係深化や新自由主義的政策への回帰を目指す姿勢を示す。しかし、与党連合は議会で少数派に留まり、政権運営には困難も予想される。チリは世界最大の銅生産国であり、その行方に注意が必要である。


南米チリでは、12月15日に大統領選の決選投票が実施された。現行憲法においては、現職大統領の連続再選は認められておらず、ボリッチ大統領は出馬できないなか、左派路線が継承されるか否かが注目された。さらに、学生運動出身で左派色が極めて強いボリッチ氏を巡っては、トランプ米大統領への批判と受け取られかねない発言をきっかけに対米関係に緊張感が高まる動きがみられた。よって、選挙結果は、対米関係の行方にも影響を及ぼすと見込まれた。

先月に実施された第1回投票では、ボリッチ政権で労働・社会相を務めたハラ氏がボリッチ路線の継承を謳う一方、トランプ米政権との過度な対立を避ける主張を展開し、左派層や中道穏健層からの支持を固めてトップ(26.85%)となるも、過半数に至らなかった。一方、2021年の前回大統領選でボリッチ氏に敗北を喫した右派のカスト氏は、トランプ氏を称賛し、治安対策の強化を目的とする国境地帯の電気柵設置、不法移民の国外退去など、国民保守主義的な主張を展開して保守層の支持を固め、次点(23.92%)となった。よって、決選投票は左派のハラ氏と右派のカスト氏という両極端な候補による選挙戦となるなど、2021年の前回大統領選と同じ構図で行われた(注1)。

中南米諸国においてはここ数年、ドミノ倒し的に左派政権が広がりをみせる『ピンクの潮流』と呼ばれる動きが広がった。しかし、足元では右派政権に回帰する流れがみられる。具体的には、アルゼンチンでは保守のミレイ政権が米国との連携を強め、10月にはボリビアで約20年続いた社会主義政権から保守政権への転換が図られた。さらに、来年に予定されるペルーやコロンビアの大統領選でも、保守勢力の優勢が伝えられるなど、流れが変化している様子がうかがえる。チリでは、1973年の軍事クーデターを経て誕生したピノチェト元政権下で約20年にわたり軍事独裁政権が敷かれ、1990年の民政移管を経て、中道左派と中道右派による政権交代が行われてきた。2021年の前回大統領選では、約30年にわたる中道路線からの脱却を目指す左派ボリッチ氏が勝利した。

しかし、左派ポピュリズム色の強いボリッチ氏の政策を巡っては、産業界などからの反発が少なくなかった。また、ボリッチ氏は軍事政権下で制定された現行憲法が政策運営上の制約となっていることを理由に、改正を目指す動きをみせてきたものの、その急進的な改憲案には保守層のみならず、中道穏健層の間からも拒否感が強まり、国民投票を経て否決された。ボリッチ氏はその後も改憲プロセスを継続させたものの、その後に実施された制憲議会選では、右派が一転多数派を占め、改憲案も右派色の強いものとなり、国民投票で再び否決された。その結果、改憲プロセスは頓挫することとなった。

さらに、チリは中南米で最も安全な国のひとつとされるものの、近年は自動車強盗や誘拐、白昼の銃撃戦といった暴力的な犯罪が急増している。その背景として、隣国のペルーやボリビアなどからの移民が増加するとともに、犯罪グループが暗躍する形で人身売買などの被害が拡大しているほか、ベネズエラからの不法移民も急増しているとされる。こうしたなか、第1回投票ではカスト氏のみならず、第3位(19.41%)となった中道右派のパリジ氏も移民抑制を目的とする強硬論を展開し、選挙戦最終盤にかけて支持を集めたことが確認された。こうした背景から、不法移民問題が大統領選の主要テーマとなったことが明らかとなった。

さらに、第1回投票と同時に実施された議会上下院総選挙においても左派勢力は議席を減らす一方、右派勢力が伸長する動きが確認された。こうしたことから、決選投票ではカスト氏の優勢が伝えられてきたなか、カスト氏の得票率は58.16%、一方のハラ氏の得票率は41.84%となり、カスト氏が勝利した。カスト氏にとっては、大統領選への立候補は3度目となるとともに、2021年の前回大統領選から2度連続で決選投票に勝ち残り、『三度目の正直』で大統領選に勝利した形となった。カスト氏は勝利宣言において「安全が無ければ平和はない。平和が無ければ民主主義はなく、民主主義がなければ自由はない。チリは犯罪、不安、恐怖から解放される」と述べるなど、不法移民対策をはじめとする治安強化に取り組む考えをみせた。ただし、今後の道のりは困難であるとしたうえで、「魔法のような解決策はない」と述べるなど、変化に向けて忍耐と時間を要するとの考えを示した。

カスト次期大統領の下で、次期政権は米国との関係深化を図ることが見込まれる。さらに、不法移民対策などを巡って強硬姿勢を強めるとともに、新自由主義的な政策への再転換を図る可能性が見込まれる。一方で、前述のように議会上下院選で右派勢力は伸長したものの、カスト氏を支える与党連合は少数派に留まり、政策運営を巡って議会との対立が鮮明になる可能性は残る。世界最大の銅生産国であるチリの動向は、半導体などを巡って世界的な銅需要のさらなる拡大が見込まれるなか、これまで以上に注意を払う必要性があることは間違いない。

以 上



西濵 徹

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