北京(CNN) リリー・チェンさんは、20年間ファンだった日本人歌手を目にする喜びで胸がいっぱいだった。風が強く肌寒い11月19日の夜、北京市内のコンサート会場に入るため群衆と共に外で待っていた。

ところが開演時刻が過ぎても扉は閉まったまま。そして衝撃的な知らせが届いた——コンサートは中止となったのだ。

「本当に残念だった」と、35歳のチェンさんは振り返る。

主催者は会場の「設備故障」を理由に挙げたが、ファンは中国と日本との間で浮上した重大な外交問題がコンサート中止に関連しているのではないかと疑っている。日本の高市早苗首相は最近、中国が台湾を武力制圧しようとした場合、日本が軍事的に対応する可能性を示唆。これは自治民主主義体制を敷く台湾を自国領と主張する中国にとっての「レッドライン(越えてはならない一線)」を意味する。

国同士の摩擦に巻き込まれた日本発の文化的コンテンツは、上記のチェンさんが参加予定だったJ-POPアーティスト、KOKIAさんのコンサートだけではないようだ。

CNNが主催者発表を基にまとめたところによると、中国の主要都市で予定していた公演やファンとの交流イベントがここ数日で相次いで中止となった日本のアーティストは30組以上。そこにはJ-POPのスーパースター、浜崎あゆみさんも含まれる。

浜崎さんは上海での29日夜の公演が直前で中止になったことについて、インスタグラムでファンに謝罪。空席の観客席を背景にダンサーたちとステージに立つ自身の写真を投稿した。その前のインスタグラムストーリーでは、主要スタッフが公演前日に中止要請を受けたと説明していた。

別々のコンサートを手掛けた主催者2社はCNNに対し、公演開始数時間前に警察がやって来たと説明。公演継続が不可能な条件を突きつけられたり、説明なしにただ中止を命じられたりしたため、公演を中止せざるを得なくなったと語った。

特に注目を集めたのは、人気アニメ「ワンピース」の主題歌を歌う大槻マキさんの上海公演だ。同公演は28日、「不可抗力」により「突然」中止されたと公式ウェブサイトが発表。ネット上で拡散された動画には、スタッフが歌の途中でマイクを外し、明らかに動揺した大槻さんをステージから連れ出す様子が映っている。

中国のSNSにはコンサート中止を批判する声が多数上がっており、一部からは「非常に失礼」「契約精神に欠ける」との指摘もみられる。CNNは主催者と会場側にコメントを求めている。

映画業界紙の中国電影報によると、映画輸入業者と配給会社は「中国の観客の感情」を理由に、複数の日本映画の中国公開を一時停止した。

国営メディアは「日本の挑発的な発言は、中国の観客の日本映画に対する認識に必然的に影響を与える」と報じた。

中国はこれまでのところ、現行の緊張関係とエンターテインメント関連のキャンセルとの関連性を否定する姿勢は見せていない。

25日に日本の映画公開やコンサートが相次いで中止された件について問われた中国外務省の毛寧報道官は、こうした規制の性質について明確にはしなかったものの、高市氏の台湾に関する「誤った」発言が「中国国民の感情を深く傷つけ、中日交流の雰囲気を悪化させた」と改めて強調した。

高市氏は自身の発言は仮定の話であり、今後国会で同様の発言は控えると述べている。

ナショナリズムの反動へ懸念高まる

キャンセルの波は、中国国内に数百万人いる日本文化の熱心な愛好家にとって憂慮すべき兆候だ。これらの日本発のエンターテインメントは、中国の若年層の間で特に強い支持基盤を抱える。

日本のSF・アニメ・特撮グッズ販売店、ゼネラルプロダクツが立ち上げ、現在では中国最大級の玩具・ガレージキットイベントとなった今年の「ワンダーフェスティバル」は、10月の上海開催2日間で12万人以上の来場者を集めた。中国国営メディアによれば、初日のチケットはわずか4分で完売したという。

しかし現在、中国が台湾発言の撤回を日本に要求する一方、高市氏にその用意がほとんど見られない中、多くの人々は娯楽消費にどのような影響が出るのか疑問を抱いている。外交関係の緊張が芸術分野にまで波及する現状には、収束の見通しが立っていない。

「日本の公演を制限する当局の政策は、理性的に行われるものであってほしい。中国の一般の人々を最初の犠牲者にしてほしくない」。上海で中止となったコンサートのチケットを手にした37歳のJ-POPファンは、CNNにそう語った。

その上で「世論を利用し、盲目的な反日感情を中国人の間で意図的に煽(あお)るべきではない」と指摘した。このファンは敏感な問題であることを理由に、匿名を条件に取材に応じた。

日本のミュージシャンのポスターが掲示された北京のクラブの入り口=11月21日/Maxim Shemetov/Reuters via CNN Newsource
日本のミュージシャンのポスターが掲示された北京のクラブの入り口=11月21日/Maxim Shemetov/Reuters via CNN Newsource

一方で、日本の文化的な輸出作品のすべてが標的とされたわけではないようだ。

漫画を原作とする日本のアニメ映画シリーズの最新作「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」は、中国で11月14日に公開された。その3日後、中国政府は予定されていた他の日本映画の公開を中止した。「鬼滅の刃」は現在も上映が続いている。それどころか中国主要チケット販売プラットフォーム「猫眼電影」によると、同作は今年中国本土で公開された輸入映画の中で第2位となる6億3000万人民元(約139億円)超の興行収入を記録している。

中国若年層の日本文化への強い関心は、根強く蔓延(まんえん)する反日感情にもかかわらず高まっている。近年の国家主義的な政治環境を背景に当局のメディアによって煽られることも多いこの感情は、20世紀初頭に日本が中国に侵攻し、戦争犯罪を行ったとの痛ましい歴史に根ざす。

中国の国営メディアが日本を標的にした攻撃的なプロパガンダの集中砲火を浴びせる中、ネット上では国家主義的な悪意に満ちた言説に拍車がかかっている。

日本文化をこよなく愛する中国国内の若者たちにとって、こうした現状は大きな不安の種だ。

日本のアニメとコスプレを愛好する18歳のユイさんは、中国版インスタグラム「小紅書(シャオホンシュー)」への投稿の後、ネットいじめに遭った。中国南部で開催予定のアニメイベントに向けて準備していた着物のコスチュームについて、まだ身に着けられるかどうか迷いを打ち明ける内容だった。

敏感な話題であることを理由に本名を明かさなかったユイさんは、約2000人民元をかけた衣装の着用を最終的に見送ることにした。「不適切かもしれない」と感じたからだ。

日本のアニメのポスターやウルトラマンのフィギュアが展示された北京の映画館の前を通る女性/Ng Han Guan/AP via CNN Newsource
日本のアニメのポスターやウルトラマンのフィギュアが展示された北京の映画館の前を通る女性/Ng Han Guan/AP via CNN Newsource

文化の禁止再び?

外国発の文化や娯楽作品が、中国の外交上の標的として集中砲火を浴びるのは今回が初めてではない。

中国政府はほぼ10年にわたり、韓国作品の公演やドラマを事実上停止させてきた。これは経済的圧力をかけるための非公式な禁止措置で、2016年に韓国政府が米国の弾道ミサイル防衛システムを配備したことを受けた対応だ。

今回の事態も同規模に発展する恐れがあり、日本の芸術を中国に広めることで生計を立てているイベント主催者らにとっては懸念材料だ。

上海を拠点とするドイツ人コンサートプロモーター、クリスチャン・ペーターセンクラウセン氏は、国家間の対立の中で、苦労して実現させた日本人ミュージシャンによる6公演を既に中止せざるを得なかった。中止の理由は「誰一人公然と明言はしないが、誰もが知っている」という。

こうした突然の中止が、自身のスタートアップ企業に多大な経済的損失をもたらす可能性があると、ペーターセンクラウセン氏は指摘する。

「中国と日本には問題があった。おそらく中国は、日本経済における自国の重要性を示そうとしてこうした行動に出たのだろう。しかし実際に被害を被るのは、我々のような一般の人々だ」(同氏)

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