土田 陽介

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員



重層的な対立構造を抱えるEU

いわゆる電気自動車(EV)を巡る方向性について、欧州連合(EU)が内部分裂に陥っている。正確に言えば、もともと懸念されると同時に、燻り続けていた内部分裂の構造が、ここに来て一気に噴き出しているのである。それも国ごとの対立であればまだいいわけだが、国の内部でも見解の相違が生じており、問題は非常に複雑化している。


そもそもの経緯を振り返ると、2021年7月、EUの執行部局である欧州委員会は、2035年までに新車から従来型の内燃機関車(ICE車)を排除し、それを走行時に温室効果ガスを排出しないゼロエミッション車(ZEV)に限定するという方針を打ち出した。このZEVは、燃料電池車(FCV)なども含まれるが、基本的にEVのことである。


これは、2019年12月に就任したウルズラ・フォンデアライエン委員長による肝煎りのプランであった。一方で、同委員長の出身母体であるドイツの中道右派政党、キリスト教民主同盟・同社会同盟(CDU/CSU)は、ドイツの自動車業界の意向もあり、慎重な立場で臨んでいた。ドイツで“EVシフト”に積極的だったのは緑の党であった。


欧州議会本会議

写真=DPA/共同通信イメージズ

2025年10月22日、フランス・ストラスブール:欧州委員会委員長ウルズラ・フォン・デア・ライエン(キリスト教民主同盟)が欧州議会本会議場で演説


それでも、CDU/CSUは、自らの出身者が多く属している欧州議会の会派・欧州人民党を通じて、EVシフトの修正に努めることになる。その結果、EUは2023年3月に合成燃料(e-fuel)を用いたICE車もZEVに含むように、方針を転換させた。その後、緑の党が政権から退場したことを受けて、ドイツはEVシフトの見直しを加速させる。


現在、ドイツの政界と財界はEVシフトに反対する姿勢を鮮明にしている。労働界も、基本的にはこの流れに同調している。一部の環境団体などを除けば、ほぼ一枚岩でEVシフトに対して反対していると言っていいだろう。ただしドイツのように、官民の立場でほぼ合意が形成されている国だけではないところに、EUの問題の複雑さがある。


政府が賛成し企業が反対するフランスとスペイン

例えばフランスは、官民の立場が完全に交錯している。つまり、エマニュエル・マクロン大統領が率いるフランス政府は、EVシフトに一貫して賛成の立場である。対するフランスの自動車業界は、反対の立場を強めている。これまでフランスの自動車業界の反発は比較的控えめだったが、隣国ドイツでの気勢の高まりに同調しているようだ。


そもそもマクロン大統領は、フォンデアライエン委員長の“生みの親”と言える存在だ。本来であれば、2019年に欧州委員長に就任するのは別の候補(マンフレート・ヴェーバー欧州議会議員)だったはずだが、紆余曲折を経てフォンデアライエン氏が就任した。そのアシストをしたのがマクロン大統領であったため、両者は近しい関係にある。


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