汚職捜査機関の権限制限に反対するキーウ市民(7月31日、写真:AP/アフロ)

はじめに

 今、米国のドナルド・トランプ大統領がウクライナに対し、極めて不利な和平案を受け入れるよう迫っている。

 11月25日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、英国やフランスなどが主導するウクライナ支援の有志国連合の会合に参加し、ウクライナには米国が後押しするウクライナ戦争の和平案の合意に向けて進む用意があると述べた(出典:ロイター通信社2025年11月26日)。

 なぜ、ゼレンスキー氏は弱気になったのであろうか。理由は2つある。

 一つは、7月22日から24日にウクライナ各地で行われた「反ゼレンスキー」大規模デモであると筆者は見ている。

 7月22日には、首都キーウをはじめ西部のリビウ、東部のドニプロ、南部のオデーサでも市民が集まり抗議の声を上げた。首都キーウなど各地でのデモに7月24日までに合わせて1万数千人以上が参加した。

 ロシアによる全面侵攻から3年以上が経過したウクライナで、戦争開始後初となる大規模な反政府抗議活動が発生した格好だ。

 ウクライナ国内で大規模な汚職事件が相次いで発覚する中、ゼレンスキー大統領が汚職を捜査する機関の権限を制限する動きを見せたことに対し、国民の怒りが噴き出したのである。

 もう一つは、現時点でゼレンスキー大統領自身に直接的な汚職疑惑は浮上していないものの、ゼレンスキー大統領の側近や友人を巻き込んだ汚職スキャンダルは、ゼレンスキー政権全体への汚職疑惑に発展しており、政権運営に対する最大の脅威となっている点だ。

 11月28日、ゼレンスキー大統領は、自らの最側近で事実上の政権ナンバー2であるアンドリー・イェルマーク大統領府長官を解任した。

 イェルマーク氏は、ゼレンスキー氏が大統領に就任した翌年の2020年から大統領府長官を務め、内政と外交の両面で政権の「陰の実力者」と言われてきた。

 汚職事件を巡って疑惑の目が向けられ、与野党から解任を求める声が高まったが、ゼレンスキー氏は応じてこなかった。

 しかし、捜査が進展する中で、解任せざるを得なかったのであろう。ゼレンスキー氏が最も信頼する側近を失ったことで、政権内の混乱も予想される。

 また、イェルマーク氏はロシアとの和平協議で中心的役割を果たしてきた。和平協議では、イェルマーク氏と共にウクライナ側代表団のメンバーを務めてきたルステム・ウメロフ国家安全保障国防会議書記にも汚職事件の嫌疑がかけられている。

 現在、ゼレンスキー大統領は、内政と外交の両面で極めて深刻な危機に直面している。

 こうした状況で、日本、英国、フランス、ドイツなどの国々がウクライナをあらゆる面で支えなければ、ロシアがウクライナ戦争で勝利し、「力による現状変更」がまかり通る国際社会になってしまうであろう。

 今、まさに国際社会の危機である。

 以下、初めにウクライナ政府高官等の腐敗・汚職事件について述べ、次にウクライナの汚職対策機関の独立性を制限する法律案を巡る経緯について述べる。

 最後にゼレンスキー大統領の取るべき道についての私見を述べる。

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