江戸中期の対馬藩の儒学者で、朝鮮外交に尽力した雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)(1668~1755)の没270年法要が、芳洲の墓がある長崎県対馬市厳原町日吉の長寿院であり、住民ら約30人が遺徳をしのんだ。
滋賀県長浜市高月町雨森の出身と伝わる芳洲は、22歳で対馬藩に仕え、対馬に一生の大半をささげた。朝鮮国が日本に送った朝鮮通信使にも2回随行。通訳などを務めて両国の友好に尽くし、外交で活躍した。「互いに欺かず、争わず、真実の心をもって交わる」という「誠信交隣」を説いたことで知られる。
22日の法要に参列した高月観音の里歴史民俗資料館(長浜市)の佐々木悦也学芸員(65)は「芳洲を継承する人たちと一緒に法要ができたことは意義深い。日韓親善の芳洲の心が、またこれからの礎になっていくことを願っている」と話した。(平江望)

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