2025年11月28日 午前7時30分
【論説】福井城下には馬に乗った柴田勝家の亡霊が現れるという話が江戸時代の史書に書かれ、若狭には八百比丘尼など人魚の伝説がある。福井にまつわる奇談の数々を、文化資源として国内外に発信しようというプロジェクトが動き出した。古文書から“発掘”された不可思議な説話には、当時の人々の息吹が感じられる。恐竜化石とは違った魅力の、福井の新たなコンテンツとして期待される。
実行委員会は福井市と福井商工会議所、県観光連盟、まちづくり福井、福井新聞社、fuプロダクションの官民で構成。プロジェクト第1弾として「THE奇談」と銘打った展覧会が先日、福井新聞社・風の森ホールで開かれた。米国出身で福井市在住の“妖怪絵師”マット・マイヤーさん(42)が、県文書館職員で歴史研究者の長野栄俊さん(54)=福井市=によって収集された奇談の場面を、イラストで表現した。
マイヤーさんは日本の妖怪に魅せられ、既に海外版の妖怪画集を5冊出し人気を博している。長野さんは業務の傍ら、松平文庫などの史料から福井の奇談を研究してきた。当時の人々が書き残した物語を、誰にも分かりやすく提示する福井発の奇談アートは、プロジェクトの核ともいえる。
作品の完成度も説得力がある。浮世絵木版画の再興を目指した大正期の「新版画」に影響を受けたというマイヤーさん。手描きとデジタルを駆使したイラストは、日本の伝統色を用いて版画のように色の層を重ねており、鮮やかで精妙な画面を見せる。さらに長野さんの時代考証により、場面の景色から小道具に至るまで当時の様子をリアルに再現した。2人の作品は、福井市の県こども歴史文化館の特別展(30日まで)で見ることができる。
クラウドファンディングを使い来春完成を目指す、マイヤーさんと長野さんによる画集「越前若狭 奇談」は英語版と日本語版を用意している。展覧会で披露したものを含め52の奇談を収め、伝承地はほぼ県内を網羅する。強力な発信ツールとなるだろう。
プロジェクトでは展覧会や画集のほか、実施を検討している奇談ツアーが注目される。古文書に記録があるというリアリティーは大きな魅力で、“現場”である寺社や地域を訪ねることで想像をかき立てられる。映画やアニメの聖地巡礼のように、周辺観光への広がりも期待できる。
展覧会の来場者からは「自分の住む地域に親しみが持てた」との声が聞かれた。地元の物語を知ることは、歴史の一端に興味を開くことにつながる。奇談を福井の新たな地域文化として育て、人々の郷土愛も深めていきたい。

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