ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2025.11.11 16:04

「ガーナは健康保険の財政基盤が十分に確立されず、加入率が低いうえ保障の範囲が十分でないという課題を抱えている。韓国の制度発展過程、運営経験を学んで(ガーナの)発展を模索する機会にしたい」。

3~7日に韓国の健康保険を学ぶために韓国を訪問したアフリカのガーナのアンソニー・キンゴン国民健康保険庁総括局長の言葉だ。原州(ウォンジュ)オークバレーリゾートで開かれた「2025年国民健康保険国際研修課程」にはガーナ・エチオピア・エジプト・マレーシア・フィリピン・ペルー・クウェートなど16カ国から35人が参加した。参加者は「政府の財政でどれほど健保に支援するのか」「所得が把握されない人の保険料をどう決めるのか」などと質問を続けた。

半導体や自動車と同じように「K健保」が韓国の代表商品になった。2004年から22年間、開発途上国研修プログラムは続いている。これまで86カ国(一部重複) から917人が韓国を訪れた。健康保険公団のイ・チャンヨン国際協力部長は「『韓国の健保を学ぶ機会がほしい』という要請が多い」と話す。バラク・オバマ元米大統領は何度か韓国の健保がうらやましいと発言し、オバマケアの参考になった。米国は1920年代から導入を考慮してきたが、100年が経過しても国民皆保険を達成できていない。

◆朴正熙大統領「すべての庶民が少ない費用で…」

韓国健保も1977年の導入まで多くの苦労があった。1948年9月、李承晩(イ・スンマン)大統領は国会施政方針演説で「いつも私の胸を痛めるのは農民と労働者の生活向上の念願であり…そのほか社会保険制度を創設、実施して…」と述べた。施行はできなかったが、社会保険を土地改革と同じ線上に置くほど意志が強かった。

50~70年代の韓国人の健康状態は深刻だった。61年5月22日付の医師新聞(ソウル市医師会発刊)の社説の一部だ。

「ソウルをはじめ、どの都市にも伝染病患者、凍傷・麻薬・眼疾などの多数の病客が路上でさまよい、もの乞いをして時には乱暴をする。通行人の紳士・淑女に実力行使して襲うのは美徳上許されない。その数が増えて社会問題に至った」。

朴正熙(パク・ジョンヒ)国家再建最高会議議長は63年の施政演説で「スローガンにすぎなかった福祉国家の建設を強力な実践力で実現…医療保険と災害保険制度を発足…」と述べた。同年末に医療保険法が公布された。ただ、希望するところに限り導入する任意的な形態だった。その後、強制施行を何度か推進したが、経済条件などを考慮して先延ばしにした。

67年の政府の調査で病気になっても49%(農村は99%)が病院に行けないことが明らかになった。72年には総合病院が急病患者の診療を拒否し、「有銭無病、無銭有病」(お金があれば病気がなく、お金なければ病気になる)という言葉が流行した。北朝鮮が国連と世界保健機関(WHO)総会で「南朝鮮は医療政策の失敗で多くの人民が治療を受けられず、さらに急病患者が病院でたらい回しにされて死亡する」と宣伝した。体制競争でも劣勢だった。

申鉉碻(シン・ヒョンファク)保健社会部長官が医療保険強制施行を強く推進し、朴大統領を説得した。朴大統領は最終決心をした。朴正熙大統領は76年1月の年頭記者会見で「すべての庶民が少ない費用で医療の恩恵を受けるよう国民医療制度を確立し、来年施行する」と述べた。80年代に施行する予定だった医療保険が77年7月に繰り上げられ、500人以上の大企業を筆頭に始まった。翌年の会見では「社会福祉政策は経済成長と共に必ずやるべきこと」と話した。申彦恒(シン・オンハン)元次官は「63年以降の医療保険展開過程で最も強い影響を及ぼしたのは朴正熙大統領」と振り返った。

盧泰愚(ノ・テウ)大統領は88年に農漁村地域、89年に都市地域医療保険を実施し、12年目で全国民医療保険体系を完成させた。世界社会保険史でほとんど見られないことだ。この時期に373の医療保険組合が生じた。その後、変身を繰り返した。98年に地域組合と公務員・教職員医療保険が統合され(1次統合)、2000年7月にはここに職場医療保険組合が加わって現在の国民健康保険公団が誕生した。その過程で大きな混乱があった。1次統合では金泳三(キム・ヨンサム)大統領が、完全統合では金大中(キム・デジュン)大統領が寄与した。名称も「健康保険」に変更した。

健保の統合は組合間の財政上の格差を解消するのに寄与した。延世大の梁在振(ヤン・ジェジン)行政学科教授は「組合の財政上の問題が消えると、徐々に保険料と給与を引き上げ、医療保障を拡大することができた」と評価した(梁在振著『福祉の原理』)。

半面、李奎植(イ・ギュシク)教授は保険料賦課体系が異なり、社会の連帯を毀損したと指摘する。李教授は「統合の前提は保険料を徴収する方式が同じでなければならず、地域健保は所得がまともに把握されず所得・財産・自動車(車は廃止)にも保険料を付けた」と話す。今も同じで地域加入者の不満は相変わらずだ。地域加入者の健保料のうち30.1%が財産から出る。李教授は98年の1次統合当時に診療圏を廃止(患者が全国どの地域でも診療を受けることが可能になった)したため、首都圏集中を招いたと指摘する。以前まで全国を138の中診療圏で分け、その圏内で診療を受けるよう制限した。現行医療の問題の一つ、首都圏集中は27年前に生じたのだ。

このような限界にもかかわらず健保の成果は大きい。韓国人の期待寿命は1970年の62.3歳(世界119位)から2022年には82.7歳(16位)となり、経済協力開発機構(OECD)で3位になった。2050年には韓国が1位になるという推定もある。また少ない費用で高い効率を出している。国内総生産(GDP)比の経常医療費の比率は8.5%と、OECD平均(9.1%)より低く、米国の半分にすぎない。それでも期待寿命は米国(78.4歳)より高い。

<創刊企画「大韓民国トリガー60」㊽>米国も100年以上できなかったが…「無銭有病」終えた韓国の健康保険(2)


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