ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2025.11.17 14:10
1972年8月2日夜10時。青瓦台(チョンワデ、韓国大統領府)で臨時国務会議が開かれた。
慶尚南道鎮海(チンヘ)で休暇中だった朴正熙(パク・ジョンヒ)大統領はこの日、雨の中、陸路で駆けつけた。金鍾泌(キム・ジョンピル)首相は三清洞(サムチョンドン)公館で長官らと夕食中だった。多数の長官は状況も分からず青瓦台に入った。
午後11時40分、 太完善(テ・ワンソン)副首相兼経済企画院長官が緊急記者会見を開き、大統領特別談話文を発表した。「親愛なる国民の皆さん…経済問題を果敢・迅速に解決しようと…大統領の緊急命令で次のような要綱の措置を取ることにした。1.すべての企業は8月2日現在保有するすべての私債を政府に申告しなければならない…」。
「経済の成長と安定に関する緊急命令15号」、いわゆる「8・3私債凍結措置」はこのように実施された。骨子は企業が持つ年利40~50%の私債を月1.35%(年16.2%)に変え、それを3年間は据え置いて、その後5年かけて返すようにする(3年据置5年分割償還)というものだった。当時の物価上昇率が年15%前後だったことを考慮すると、事実上、利子をなくすものだ。
企業には大きな利益だが、債権者側は被害を受けるしかなかった。個人の財産権行使を侵害したという点で8・3措置を「資本主義と市場経済に対するクーデター」と呼ぶ人たちもいる。しかしこれによって国内企業は73、74年の石油危機を乗り越える体力を備蓄した。また皮肉にも資本主義に対するクーデターは韓国株式市場に活気を与えた。
◆私債全盛時代…銀行が仲介も
1960年代、毎年10%前後の高速成長を続けた韓国経済は60年代末に疲弊し始めた。企業の負債が問題だった。企業は経済開発5カ年計画に基づき設備投資を大きく増やした。最近なら設備投資資金は銀行から長期融資を受けたり、株式市場で株式を発行して確保(資本調達)したりするのが普通だ。しかし当時、銀行は企業に融資する資金が十分でなかった。人々は銀行預金に背を向け、多くの利子を得ることができる私債市場に資金を投じた。株式市場には約40社ほどが上場されているだけで、株式取引も活発でなかった。結局、企業はやむを得ず高い利子を支払って私債を利用した。さらには銀行が中間で私債を仲介したりした。
71年の韓国銀行(韓銀)の調査によれば、調査対象企業の90%以上が月利率4%の私債を使用した。利子を支払うために企業は製品価格を引き上げなければならず、物価上昇はまた市中金利を刺激する悪循環が繰り返された。結局、政府は69年、アジア自動車など30の不振企業を整理した。
70年代に入り状況はさらに悪化した。ベトナム戦争で米国の財政・貿易赤字が膨らみ、ドル安が進んでグローバル景気が不安定になった。韓国ウォンはドルより大幅に値下がりした。こうした中、60年代に借りた外国借款の満期が近づいた。ドル建てで借りた企業はウォン安のため借りた当時よりはるかに多くの金額を返さなければならなかった。
償還できない企業は政府に手を差し出した。71年6月11日、全国経済人連合会(現韓国経済人協会)の金容完(キム・ヨンワン)会長と鄭周永(チョン・ジュヨン)副会長が大統領、首相と会い、特段の対策を講じてほしいと要請した。
深刻性を把握した朴正熙大統領は南悳祐(ナム・ドクウ)財務長官らに対策を講じるよう伝えた。私債を凍結する方向で大筋決まった。その次は細部対策を用意する順序だった。この過程で何よりも保安が重要だった。「私債凍結」という言葉が漏れれば債権者があらかじめ資金を抜くはずで、結果的に企業が次々と倒産するのが明白だった。保安のために対策樹立参加者を最少限に減らした。8月2日夜に臨時国務会議が開かれるまで多くの長官が案件さえも知らなかった理由だ。参加者には秘密維持誓約書と共に、約束を守らなかった場合に措置が取られるよう辞職届まであらかじめ受けた。
対策を立てていたソウル会賢洞(フェヒョンドン)のホテルの部屋には「慶州(キョンジュ)開発総合計画」と貼って偽装した。コピー機が故障した時には修理担当者を呼ばなくても済むよう分解・組立法まで把握した。
こうした過程を経て8・3措置が電撃的に施行された。1週間で申告された私債は4万677件、3456億ウォンだった。申告前に全経連が推定した金額(1800億ウォン)のほぼ倍で、当時の通貨量の80%を超える規模だった。「通貨量の80%」とはどの程度か分かるだろうか。今で言えば今年9月の通貨量が約4430兆ウォン(約470兆円)であるため、その80%なら3540兆ウォンとなる。
私債の陰の中に隠れていた、さらに暗い影も表れた。全体の約3分の1にのぼる1137億ウォンは債権者が該当企業の大株主である「偽装私債」だった(『韓国経済政策30年史』、キム・ジョンリョム著)。自らの企業から年40~50%の利子を受ける投機をしてきたのだ。政府もこうした構造をあらかじめ把握していた。それで寡占株主の私債は株式に転換するという内容を8・3措置に盛り込んだ。偽装私債規模が1億ウォンを超える企業は一切の政策の恩恵を受けられないとする大統領の厳命も下された。
<創刊企画「大韓民国トリガー60」㊿>「資本主義に対するテロ」と呼ばれた8・3措置、株式市場を育てた逆説(2)

WACOCA: People, Life, Style.