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2025.10.10


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ペルー議会がボルアルテ大統領の罷免可決、政治混乱の行方は
~2代連続で大統領が罷免、今後は来年の選挙に注目が集まるが選挙戦は混戦が必至の模様~



西濵 徹



要旨

ペルー共和国議会は9日の夜、ボルアルテ大統領の罷免を全会一致で可決し、議長のヘリ氏を暫定大統領に指名した。ペルーでは2022年のカスティジョ前大統領の弾劾に続き、2代連続で大統領が罷免される事態となった。また、2018年以降の大統領6人のうち3人が服役中と、政治の混乱が続いている。
ボルアルテ氏を巡っては、反政府デモに対する弾圧が反発を招いたことに加え、その後も不正蓄財疑惑や職務放棄による政治空白などの疑惑が噴出し、支持率は低迷してきた。さらに、足元では年金制度改革への反発を機に若年層によるデモも激化しており、政権に対する不満が広がりをみせる動きもみられた。
今回の罷免動議を巡っては、犯罪増加に対する対応を怠ったほか、不法移民に責任を転嫁するなどの姿勢がきっかけになったとされる。ボルアルテ氏に対する罷免動議は過去にも8回提出されたが、従来は左派が中心であったものの、今回は保守勢力も加わったことで超党派による可決に至った。
今後は、来年4月の大統領選と総選挙に向け政治の流動化が進む見通しだが、有力候補はおらず、混戦が予想される。長期化する政局不安は銅・金・亜鉛など主要資源産業にも影響を及ぼす懸念がある。


ペルーの共和国議会(一院制)は9日の夜、ボルアルテ大統領に対する罷免を求める計4件の動議について協議し、いずれも賛成多数で審議を進めるとともに、最終的に全会一致で同氏の罷免を承認した。その後、共和国議会の議長であったホセ・ヘリ氏を次期大統領選までの暫定大統領に指名している。ペルーでは、2021年の大統領選で急進左派政党のPL(自由ペルー)のカスティジョ氏が当選するも、翌22年に憲法の秩序を乱したことを理由に弾劾が成立し、副大統領であったボルアルテ氏が大統領に昇格した経緯がある(注1)。これにより、今回の決定で大統領が2代連続で罷免されたことになる。さらに、2018年以降に就任した計6人の大統領のうち3人が服役中であるなど、政治の混乱が長期化している。

ボルアルテ氏を巡っては昨年、不正蓄財疑惑を理由に検察当局が自宅や大統領府を捜索するといった『政治とカネ』の問題に揺さぶられた(注2)。地元メディアが同氏について、大量の高級腕時計や宝飾品を所有していると報道したことをきっかけに、検察当局が予備的捜査を開始し、これらを不正に取得した上で資産として申告しなかったとの疑惑が浮上した。ボルアルテ氏は弁護士時代の報酬で購入したものと説明した上で、不正蓄財を否定する姿勢をみせたほか、今年8月に憲法裁判所が大統領任期まで一連の捜査を中断するよう命じたことで一旦は幕引きが図られた。しかし、憲法裁判所は大統領任期終了後にあらためて捜査を再開できるとの判断を下しており、疑惑そのものは残る状況が続いた。

さらに、昨年末にはボルアルテ氏に新たな疑惑が噴出し、検察当局が捜査に着手したことで、政権を取り巻く環境は一段と厳しいものとなった。ボルアルテ氏が大統領に昇格した直後に鼻の美容整形手術を受けることを目的に約10日入院し、その間は執務が不可能であったにもかかわらず、国会への事前連絡や代行者を置くといった措置を講じなかったことで、職務を放棄したとの疑惑が取り沙汰された。なお、ボルアルテ氏は手術が呼吸障害の克服を目的としたものと説明した上で、その後も職務の継続に強い意欲をみせた。しかし、一連の疑惑が噴出した後に行われた世論調査においてボルアルテ政権に対する不支持率は95%(支持率は3%)となり、『世界で最も不人気なリーダー』といった不名誉な称号が付けられた(注3)。

ボルアルテ氏の支持率が低迷した背景には、カスティジョ氏への弾劾をきっかけに発生した反政府デモを巡って、政府の鎮圧により多数の死者が発生する事態に発展したものの、責任を回避する姿勢をみせてきたことも挙げられる。ボルアルテ氏はその後も大統領職に留まるとともに、今年3月には度々先延ばししてきた次期大統領選と総選挙を来年4月に行う方針を明らかにするなど、自身の手で政治状況の打開を目指す方針を示した(注4)。しかし、反政府デモはその後も散発的に発生するとともに、足元では政権による年金制度改革をきっかけに若年層によるデモが激化する動きもみられた。年金制度改革では、18歳以上のすべての国民に年金への加入を義務付けるとされたが、上述のように政権の疑惑が山積するなかで不満が噴出した可能性がある。最近ではインドネシア(注5)やネパール、フィリピン(注6)などで若年層(いわゆる「Z世代」)を中心とするデモが広がるなか、そうしたうねりが同国にも飛び火したとも捉えられる。また、犯罪や社会不安が増大する事案が多発しているにもかかわらず、ボルアルテ政権は有効な手立てを打ち出せない展開が続いてきた。今回、共和国議会に提出された同氏に対する罷免を求める動議も、殺人や誘拐といった凶悪犯罪が急増していることに対して、同氏がその原因を不法移民に転嫁するなど抜本的な対応を取ってことなかったことが理由とされる。ボルアルテ氏に対する罷免動議は過去にも計8回行われたが、いずれも左派政党を中心に行われてきたのに対して、今回は保守政党も加わる形で幅広い支持を得る形で提出された。その結果、ボルアルテ氏が全会一致で罷免される事態に発展した。

今後は、来年4月に実施予定の次期大統領選と総選挙に向けた動きが活発化することが予想されるものの、世論調査においては特定の政党や候補者に支持が集中する動きはみられず、選挙戦は混戦となることが必至と見込まれる。政治の混乱は、同国にとって主力の輸出財である銅や金、亜鉛といった資源関連事業の行方に影響を与えることも予想され、その動向を注視する必要性は高い。

以 上



西濵 徹

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