『モダンサッカーの教科書』シリーズの共著者としてfootballistaの読者にはおなじみのレナート・バルディ。ボローニャ、ミランなどセリエAクラブの分析担当を歴任し、FIGC(イタリアサッカー連盟)ではアナリスト講座の講師を任されている。現在はイタリア代表のマッチアナリストとしてスパレッティ体制に引き続き、ガットゥーゾ監督を支える「分析のプロ」の目で、Jリーグ注目クラブの戦術フレームワークを徹底的に解析してもらおう。

第11&12回は、リーグ最多得点を記録しながら、失点の多さが悩みとなっている川崎フロンターレ。「同じ攻撃的なスタイルの柏が『ポジショナルな』攻撃サッカーだとすれば、川崎はより『リレーショナルな』スタイルを志向していると言える」と独自のスタイルを「見ていて楽しくなるチーム」と表現。前編では、「戦術的な枠組みよりも選手間の関係性に基づく自由な連携によって局面を打開していく」という『リレーショナル』な攻撃について分析する(本文中の数字は10月24日の取材時点)。

「個人的に最も強い印象を受けたのは、右の伊藤」

――Jリーグ注目チームの戦術を、ヨーロッパ基準のニュートラルな視点から分析していこうというシリーズの6チーム目は、現在(35節終了時点)勝ち点56で7位の川崎フロンターレです。65得点はリーグトップですが、50失点はリーグで6番目に多い数字です。最終ラインの中核だった高井をトッテナムへの移籍で失い、さらにもう1人のCB丸山も故障欠場した夏以降、失点が目に見えて増加して攻守の帳尻が合わなくなった印象です。

 「この川崎フロンターレは、これまでこの連載で見てきた中で、最も大胆で思い切りがいい、もっと言えば『陽気な』チームだと思います。計算高い慎重さ、理詰めの手堅さとは無縁な、快活で躍動的で、見ていて楽しくなるチームです。何人かの選手は、ヨーロッパの中堅リーグでも通用するレベルにありますし、チームとしての振る舞いも非常に能動的かつ勇敢で、全員が出し惜しみすることなく全力を尽くすので、攻守両局面で強い一体感が保たれている。守備に関しては、戦術上の問題がいくつかあって堅固とは言えませんが、前線のアタッカー陣も含めて全員が積極的に参加します」

――今回チェックした試合は?

 「柏(4-4)、京都(1-1)、そして清水(○5-3)の3試合です。出入りの激しい派手な試合でしたね。他にも町田との○5-3、名古屋との○4-3、福岡との●2-5と『陽気な』試合が多い。とにかく見ていて楽しめるチームです」

――僕も夏に一時帰国した時にスタジアムで2試合観たのですが、その時はまだ高井、丸山のCBペアが健在で、守備がそこまで不安定な印象はありませんでした。とりあえず直近のフォーメーションを見ていきましょうか。

 「システムは基本的に[4-2-3-1]で、GKの山口は積極的にビルドアップに関与していくタイプです。これまで見てきた日本人GKとも共通することですが、ハイボールへの飛び出しやミドルシュートへの対応が得意ではなく、DFラインとのコミュニケーションや信頼関係が希薄な印象があります。その一方で、ローボールへの飛び出しやエリア外をカバーするスイーパー的な動きには勇敢で、またビルドアップへの関与にも積極的です。

 右SBのファンウェルメスケルケン際は、ボール保持時には大外レーンだけでなく1つ内側のインサイドレーンでもプレーができ、MFやトップ下とのコンビネーションでプレッシャーラインを突破するのが上手い。

 CBペアの一角には、丸山が故障離脱して以降、本来SBが本職の佐々木が入っています。私が見た3試合もすべでそうでした。積極的な持ち上がりで相手のプレッシャーラインを割っていく、ビルドアップ能力に優れたDFですが、ネガティブトランジション時の守備では状況判断が悪く、本来後退すべき状況で立ち止まって正面から相手に対応し、簡単に抜き去られてピンチを招く場面がありました。本職のCBではないので、仕方ない部分もあるとは思います。そのパートナーにはジェジエウかウレモヴィッチが入っていますが、どちらも平均的なDFで特に傑出したものを持っているわけではありません。左SBは田辺か三浦ですが、どちらもかなり攻撃的なタイプです。

 全体的に見て、この最終ラインは守備だけでなく攻撃の局面においてもプレーに積極的に関与しようという意識を強く持っている印象です。ネガティブトランジション時の帰陣も素早いですが、個々の戦術理解には多少の限界があり、裏のスペース管理や1対1のデュエルには弱点を持っています」

佐々木旭(Photo: Takahiro Fujii)

――中盤はゲームメイカー的な山本と河原(あるいは橘田)が2ボランチを組んでいます。

 「山本は典型的なレジスタで、チームのメトロノームのような存在です。河原、橘田はいずれもより縦に動くタイプで、攻撃時には積極的にボールのラインよりも前に出て、エリア内にも入って行く。とはいえ、いったんチームが敵陣に押し込んだ後は、山本もしばしばファイナルサードまで上がって行って、フィニッシュにも絡んでいきます。結果として攻撃に厚みは出るのですが、ネガティブトランジション時には小さくない問題も生じることになります」

――前4人にはクオリティの高い選手が揃っています。

 「2列目は右から伊藤、脇坂、そしてマルシーニョという構成です。トップ下の脇坂は非常にインテリジェントなプレーヤーで、2ライン間でフリーになる動きが上手いだけでなく、ボールを受ける姿勢も常に良く、ファーストタッチで前を向いて最終ラインに仕掛けていくことができる。必要に応じて中盤に下がってボランチと連携し、ビルドアップを助けます。左のマルシーニョは右利きの逆足ウイングで、周囲との連携よりも単独突破を持ち味とするタイプでしょうか。

 個人的に最も強い印象を受けたのは、右の伊藤です。まったく予備知識がないまま見てそのプレーに驚かされたので調べてみると、10代からドイツとベルギーでプレーしてきたことがわかりました。当時は様々な事情で本来の持ち味を発揮できなかったのでしょうが、今のプレーを見る限りはヨーロッパの中堅リーグで十分通用するクオリティがあると思います。このチームでは右サイドでプレーしていますが、おそらく左サイドの方がさらに持ち味が活きるのではないでしょうか。試合の中では中央、さらには左にまで流れてきて連携に加わる場面も再三見られました。これによって空いた右サイドのスペースに、ファンウェルメスケルケン際や河原が攻め上がり、裏に飛び出してスペースを使う場面もありました。

 1トップのエリソンはテクニックとフィジカルを兼ね備えた、モビリティの高いCFです。ビルドアップ時には前線に張るよりも2ライン間に下がってトップ下やボランチと連携し前進を助ける。スペース認知とポジショニングの感覚に優れた、協調性の高いフォワードです」

伊藤達哉とエリソン(Photo: Takahiro Fujii)
リーグ屈指の攻撃力と、その代償としての守備の弱点

――全体的に20代後半から30歳前後と脂の乗った選手が多く、平均年齢は高め、その意味で経験豊富な成熟したチームと言えるかもしれません。局面ごとの分析に入る前に、データから見たチームの特徴をざっくり把握して置きましょうか。

……

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Profile
片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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