発展途上国の直面する課題に関する専門家の論考を提供する「Visionary Voices」。今回の筆者は、米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校助教のエスター・ングンビ氏です。

米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校助教のエスター・ングンビ氏

「Visionary Voices」は、論説記事を配信するプロジェクト・シンジケートが、発展途上国の直面する課題に関する専門家の論考を提供するシリーズです。with Planetでは、配信記事の中からよりすぐりを抄訳し、掲載します。



世界の飢餓人口は減少も、アフリカでは増加。2030年には6割が集中する見通し
鍵は農業生産性の向上――土壌の再生と技術革新への投資が急務
女性と若者の力を生かし、持続可能な農業を支える環境を

食料安全保障と栄養の問題に取り組む、国連の主要5機関が最近共同で発表した報告書「世界の食料安全保障と栄養の現状 2025年版」によれば、世界で飢餓に直面している人の数は2023年の6億8800万人から2024年には6億7300万人に減少した。

だが、進捗(しんちょく)状況は平等でなく、アフリカでは栄養不足人口が2億9600万人から3億600万人へとわずかながら増加した。気がかりなのは、この傾向が今後も続くと見られる点だ。

世界の飢餓人口が減少しているにもかかわらず、2030年には5億1200万人が依然として栄養不足にあり、その60%近くがアフリカに集中するだろうと、同報告書は予測している。

鍵を握る農業生産性の向上

しかし、アフリカ大陸の政策立案者たちはこの予測結果を回避することができる。最も効果的な戦略は、アフリカの農業の生産性を向上させ、干ばつや洪水など異常気象がもたらす災害への対策を引き続き進展させることだ。そのためには、各国政府がアフリカ連合(AU)や、大学、研究機関、開発パートナー、NGO、金融機関、慈善団体など、農業部門の主要な利害関係者と手を携える必要があるだろう。

劣化するアフリカの土壌

重点を置くべき分野は五つ。

第一に、食料不安と飢餓の主要因である土壌の健康を改善し、アフリカの劣化した景観を回復させるための投資を緊急に動員する必要がある。

アフリカの耕作地の65%が劣化していて、毎年40億ドル相当もの土壌養分が侵食によって失われている。中でも、継続的な耕作は土壌の肥沃(ひよく)度に悪影響を及ぼし、大陸全体で作物収穫量の低下を招いている。

アフリカの指導者たちはこの危機に気づき始めている。2024年、AUは肥料と土壌の健康をテーマに首脳会議(サミット)を開催し、幅広い利害関係者を集めてアフリカの作物生産性を向上させる戦略を議論した。

このサミット最大の成果は、農業部門全域で土壌の健康向上に取り組む行動計画であり、多様な利害関係者とのパートナーシップ構築に力点が置かれた。


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農業研究開発への投資拡大を

第二に、アフリカは、持続可能な生産性向上のカギとなる農業研究開発への投資を拡大しなければならない。

今現在、アフリカ諸国の大半は農業部門の国内総生産(GDP)に占める割合の1%未満しか研究開発に割り当てていない。この割合を増やし、民間部門の資本を動員することで、アフリカ諸国政府は「気候変動に強く収穫量の多い作物品種」から「害虫や病気の早期警戒システム」に至るまで、イノベーション(技術革新)推進に貢献することが可能になる。

農家を巻き込んだイノベーションの必要性

第三に、アフリカ諸国政府とその他すべての利害関係者は、気候変動対応型灌漑(かんがい)システムやリアルタイム気象予報、適切なタイミングで訓練・助言・支援を提供してくれるモバイルベースのプラットフォームなど、既存の技術と未来の技術を農家が活用できるよう確実を期さなくてはならない。

農業の効率性と回復力を向上させるには、最新技術導入の促進と実現が不可欠であることを、いくつかの国は認識し始めている。例えば、今年に入ってボツワナは、リアルタイム農業データの提供を目的の一つに、独自の人工衛星を打ち上げた。

こうしたイノベーションの導入を加速させるには、政府が技術の利用機会を拡大するだけでは足りない。農家への財政支援を強化し、大学と連携して継続的な研修機会を提供し、道路・電力・デジタル接続といった重要なインフラに投資する必要がある。こうした努力を通じて、アフリカの農業従事者は、農業の変革に積極的に参加するようになるだろう。

女性の平等な参画実現へ

第四に、アフリカの農業労働力のおよそ40%を占めながら、農業部門への完全かつ平等な参加を制度的な障壁に阻まれている女性たちに、特別な注意を払う必要がある。

政府は能力向上プログラムを開発し、土地所有の制限など女性農家が直面する困難に取り組む政策を実行に移すことで、農村開発の促進と世帯の飢餓軽減に大きな役割を果たせるのではないか。

若者を巻き込んで成長を

最後に、アフリカで急増していて2050年までに倍増が見込まれる若年層を引き込むため、さらなる取り組みが必要になる。

アフリカの若者は、食料安全保障の強化に必要なエネルギーや創造性、起業家精神を備えていながら、資金調達や指導を受けられる機会が限られているせいで、その能力が十分に活用されていない。

飢餓を減らし、長期的な経済成長の条件を整えるには、アフリカの各国政府、AU、その他の利害関係者が次世代の農業リーダーやイノベーター(革新者)に投資し、彼らの成功に必要な資源と訓練を提供しなければならない。

必要なのは適切な環境だけ

アフリカ全土で危ぶまれている飢餓の増加傾向を逆転するため、緊急の行動が求められる。

食料安全保障は、健康な土壌と持続可能な生産性向上から始まり、それには環境再生型農業の実践、農業研究への投資、新技術の活用が必要になる。

しかし、こうした変革をもたらすには、農業従事者、特に女性の能力を強化し若者の潜在能力を解き放つ取り組みを、併せて行わなくてはならない。この大陸には飢餓問題の解決策となる種子がすでに存在する。いま必要なのは、それを育むための適切な環境だけなのだ。(翻訳・棚橋志行)

エスター・ングンビ氏

米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校助教。専門は昆虫学とアフリカ系米国人研究。

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