『ポジショナルプレーのすべて』の著者で、SNSでの独自ネットワークや英語文献を読み解くスキルでアカデミック化した欧州フットボールの進化を伝えてきた結城康平氏の雑誌連載が、WEBの月刊連載としてリニューアル。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つ“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代フットボールの新しい楽しみ方を提案する。
第21回は、2点ビハインドから大逆転を果たした日本代表対ブラジル代表戦を下敷きにしながら、「順天堂大学の研究⑴によれば、2-0から逆転される確率は約1~5%」という現代フットボールにおける「逆転」を科学してみたい。
ホームの大声援に支えられた日本代表は、サッカー王国ブラジルとのゲームでも焦ることはなかった。後半でギアチェンジに成功したチームは前線からのプレッシングで相手のビルドアップを阻害、その試合運びはカタールW杯でドイツ、スペインといった欧州の強豪を苦しめたゲームを観客に想起させた。そこから前半のブラジルを凌駕するような強度とトランジションで、完全にゲームの流れを引き寄せると、3ゴールで逆転。必死に得点を狙うブラジルを相手に、後半は無失点でゲームを終わらせた。
敵地とはいえ前半は予定通りにゲームを運んでいたブラジルにとっても、冷や水を浴びせられたようなゲームになったことだろう。確かにCBやGKはブラジル代表としては経験が乏しいメンバーで、彼らのミスでブラジルが勢いを失ったのも確かだ。しかし、日本代表も多くの主力をケガなどで欠いており、ブラジルの中盤には主力クラスのメンバーが揃っていた。そういった意味では、ブラジルが手を抜いていたという意見は極端だろう。前半はアーセナルのガブリエル・マルティネッリがクラブと同じような激しいネガティブトランジションで日本を苦しめたように、パフォーマンスのレベルは決して低くなかった。それでも逆転に成功したのは、日本フットボールの大きな進化を意味するはずだ。
そこで今回は統計データなどから逆転の確率について考察しつつ、逆転するチームに必要な「心理的な能力」についても考えていきたい。
統計データが示す「2-0は危険なスコア」という誤解
「2-0は危険なスコア」という有名な格言があるが、実際のところ得点が少ないスポーツであるフットボールにおいて2点のビハインドを覆すような逆転は珍しいものだ。2018年W杯で、日本はベルギーに2-0から逆転されているが、ああいったケースは稀である。同時に、前半で2点のリードを奪われた今回のブラジルとのゲームも奇跡的な逆転劇であることに疑いの余地はない。
順天堂大学の研究⑴によれば、2-0から逆転される確率は約1~5%となっており、海外リーグよりも国内リーグの方が逆転の可能性が少し高い傾向にある。そして、国内のプロリーグよりも大学リーグの方が2-0のビハインドから逆転する可能性が高いことが指摘されている。つまり、どちらかといえばレベルが上がることによって逆転は起きづらくなる傾向にあると考えられる。
⑴楠豪・尾崎駿大・國枝広太郎・藤田崚介・廣津信義(2025)サッカーにおけるスコア 2-0 からの試合結果に関する調査:国内外のリーグを対象として(順天堂スポーツ健康科学研究)
しかし、今年のプレミアリーグは全体のレベルが拮抗していることもあってか、ロスタイムでのゴールが多く決まっており、劇的な展開が増えている。それぞれのチーム力が上がり、特に攻撃的なポジションにトップクラスのタレントを揃えることで「火力」を備えたチームが増えていることで、短時間での複数得点が可能になっているということもあるはずだ。
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Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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