朝ドラ「ばけばけ」(NHK)で映画『国宝』の吉沢亮が演じるのは、実在した英語教師・西田千太郎をモデルにした錦織友一。小泉八雲夫妻の評伝を書いた青山誠さんは「西田は中学校教頭で26歳。同僚となったラフカディオ・ハーンの信頼を得て親しくなった」という――。
※本稿は、青山誠『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』(角川文庫)の一部を再編集したものです。

写真=時事通信フォト
「ばけばけ」で英語教師の錦織を演じる吉沢亮(「ミス ディオール展覧会 ある女性の物語」オープニングプレビューにて。東京都港区、2024年6月12日)
松江に赴任したハーンと松江の秀才が出会う
明治23年(1890)9月2日にラフカディオ・ハーンは尋常中学校の西田教頭に伴われて県庁に出向き、県知事の籠手田安定こてだやすさだに着任の挨拶をした。籠手田は長崎平戸藩出身の士族。幕末の剣豪・山岡鉄斎てっしゅうの高弟で、一刀正伝無刀流や居合いの免許皆伝という剣の達人だった。古武士の風格漂う、豪快で物事にこだわらない性格だったという。

籠手田安定・島根県知事(写真=島根県編『府県制の沿革と県政の回顧』、1940年/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)
松江では誰もがハーンのことを「ヘルン」と呼ぶようになる。これは、赴任前に取り交わした契約書の「ハーン(Hearn)」の名前が、カタカナで「ヘルン」と誤って記載されていたことがそもそもの原因。「自分はヘルンではないが、まあ、どちらでもよろしいでしょう」と本人が言うものだから、物事にこだわらない籠手田県知事も訂正せず。その後も島根県の公式文書では「ヘルン」が用いられ、宴席や会合に出席してもこの名で紹介されるようになる。セツもまた生涯にわたって「ヘルン」と呼びつづけた。
県庁とは道を挟んだ向かい側には、3年前に新築されたばかりの島根県尋常中学校(明治40年に松江中学校と改称)の校舎が建っている。エントランスの屋根を支える柱はギリシア神殿のようなオーダー様式。また、大きな上げ下げ窓など欧米の様式をふんだんに取り入れた和洋折衷建築となっている。300人近い生徒を収容する施設なだけに、当時は市内でも有数の巨大建築だった。

独学で学んだ西田千太郎は流暢な英語を話した
中学校と同じ敷地に師範学校附属小学校と師範学校の校舎が並んであり、3つの学校の校舎間は渡り廊下で結ばれている。師範学校の授業も受け持っているハーンはいつもここを行き来した。どちらの職員室にもハーンの机が置かれていた。師範学校の職員室のほうが広くて明るく、清掃も行き届いて居心地は良さそうだったが、
「私は西田氏と並んで居る余り綺麗でなく而しかも寒い中学校の方の教員室に居るほうがもっとも気楽である」
と言う。

尋常中学校の西田教頭は流暢な英語を話し、また、中学校には他にも英語が堪能な教師が何人かいる。授業の合間や昼休みに彼らと談笑するのが楽しみだった。
松江に来てからのハーンは性格が少し変わったのか、気さくで話のしやすい感じになってきた。
西田の日記にも当時のハーンのことがよく書かれている。赴任から間もない9月28日には師範学校校長がハーンを宴席に招き、西田もそこに同席した。宴うたげの席で聴いた清楽しんがくの合奏に感動したハーンは「ヘルン氏モ英仏二国ノ歌ヲ唱吟セリ」と、以前の彼からは想像できないノリの良さで歌を披露して宴を盛りあげている。

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