2025
10/14
宮城県石巻市は、県の中でも比較的温暖で雪はあまり降らない。だが、取材に訪れたその日は、一面の銀世界だった。牛舎の中、黒毛和牛が白い息を吐きながらゆっくりと稲わらを食む。その姿は、穏やかでありながらどこか風格を感じさせる。彼らは単なる家畜ではなく、長年にわたる職人の技と情熱によって育まれた存在だ。
目次
雪の牛舎で出会った黒毛和牛の風格


2016年と2017年の「全国肉用牛枝肉共励会」で2年連続の名誉賞を受賞した生産者・川村大樹さんの牛は、この牛舎の中で育てられている。広大な牧草地を自由に歩き回る放牧型の飼育ではなく、徹底した管理のもと、最適な環境が整えられた牛舎で飼育されるのだ。牛たちがストレスなく過ごせる空間作りから、長年の試行錯誤の上でたどり着いたという飼料、徹底した健康管理まで、一切の妥協を許さない。
牛づくりの原点と血統へのこだわり


川村ファームは、川村さんの祖父が始めた肥育農家。肥育農家とは、子牛を買ってきて育てる農家のことだ。一方、母牛を飼育して生ませた子牛を育てるのを繁殖農家と呼ぶ。
肥育農家、繫殖農家はそれぞれ、牛の育成に必要なノウハウが異なるため分かれていることが多い。中には肥育農家と繫殖農家の両方を兼務する農家も中にはあるが、特に宮城県の場合は肥育、繁殖が分かれていると、川村さんは話す。
川村ファームは、牛農家を始めた当初はホルスタインを飼育していたが、そこから徐々に黒毛和牛に移行。当時は近隣の農家各1軒には牛がいたそうで、いわゆる「家畜商」という家畜の売買や仲介の仕事を通して、川村ファームでの頭数を増やしていった。
ところで、「仙台牛」「松阪牛」「神戸牛」などのブランド牛肉の品質は、血統に大きく左右されるといわれている。川村さんは、「品評会でチャンピオンを取るような、馬でいうとディープインパクトのようなすごい牛を見ていると、やっぱり血統だと思う。僕自身も、血統で7割決まると思っています」と話す。優れた血統を持ち、その精子を提供する種雄牛から生まれた子牛を全国から購入することもあるという。では、残りの3割は何なのかを問うと、「腕といいたいところですが…」と笑いながらも、事故なく、その能力を引き出すことで、食べて寝て食べての繰り返しの牛を大きく育てることが重要なのだと話した。
牛舎飼育で実現する理想の肉質


川村さんの牛は牛舎で育てられているが、それには明確な理由がある。
牛舎飼育の最大のメリットは、環境を細かくコントロールできることだ。牛は気温や湿度の変化に敏感で、風邪を引くと肉質に影響を及ぼすこともある。牛舎であれば、夏の暑さや冬の寒さを適切に管理し、常に牛にとって快適な環境を維持することができる。
さらに、飼料の管理もしやすい。放牧の場合、牛が何を食べるかは自然環境に左右されるが、牛舎飼育では、栄養バランスの取れた飼料を計画的に与えることが可能だ。その結果、理想的な霜降りが形成され、肉質が安定する。
また、牛舎の広さをきちんと設計することで「動き回りすぎて筋肉がついてしまう」のを避けることができる。そのほか、牛舎の衛生管理と牛の観察を徹底することで病気の予防にもつながり、健康的に育てることが可能となる。
飼料への探究と音楽で整える環境


川村ファームは、全部で4つの牛舎を有しているが、それぞれの牛舎で牛の飼育方法は変わる。
環境に大きな影響を受ける、繊細な牛たちに配慮した飼育がそれぞれの牛舎でなされているのだ。その中でも肝となるのが、和牛の味を決定づける最大の要因の一つである飼料だ。
就農してから20年、いろいろな飼料や自己配合を試した川村さんは、「いろいろ試した結果、シンプルに行きついた。その代わり、4つある牛舎のうちの1つは、いろいろ試してみて実験している」のだという。“シンプル”とは、メーカーから組合で調達した飼料で、かつては農家で“企業秘密”だったものが、今は情報共有しながら牛を飼育するようになったのだという。さらに川村ファームでは、牛の成長段階に応じて3種類の飼料を使い分け、音楽を流して牛たちがリラックスしてたくさん食べられるようにしている。
名誉賞が証明する川村ファームの実力


川村さんの牛が育てられる牛舎は、単なる飼育施設ではない。そこで生まれる肉質の高さは、先述した通り、日本全国の和牛生産者が集う全国肉用牛枝肉共励会において、全国選りすぐりの約500頭の中から最高賞の「名誉賞」を受賞するという快挙によって証明された。
この全国肉用牛枝肉共励会とは、日本全国の優れた和牛生産者が、自ら育てた牛の肉質を競う場だ。ここでは、単に霜降りの多さだけでなく、肉の締まり、色合い、脂肪の質、風味など、総合的な評価が行われる。
川村さんの牛は、霜降りの美しさ、肉の柔らかさ、脂の甘みにおいて圧倒的な評価を受けた。実際に試食させてもらったが、脂肪の質は、ただサシが多いだけでなく、口の中でほどけるような食感と、豊かな風味が際立っていた。
この名誉ある賞は、一朝一夕で獲得できるものではない。長年の試行錯誤の積み重ね、牛舎での細やかな管理、最適な飼料の選定、牛一頭一頭への細やかな気配りがあってこそ成し遂げられた成果なのだ。
持続可能な仙台牛の未来へ


川村さんが育てている仙台牛とは、A5ランクのものだけが名乗ることを許された宮城が誇るブランド牛だ。そのA5の中でも、肉質等級を判断する「霜降り度合い(脂肪交雑)」8、9、10、11、12というランク付けがあるという。数字が大きくなればなるほど霜降りになり、12が最も霜降り加減が良いものとされる。川村さんが目指すのは、常に10以上の仙台牛。育てていくうちに、10以上でないと満足できなくなったのだそうだ。価格もこのランクによって変わるが、12の牛肉を食べた客から「赤身がいい」と言われ、食の好みの変化を感じたという。さらりとしたきれいなサシの入った12番を、川村さんは一層追求していく。


和牛生産を取り巻く環境は年々厳しさを増している。飼料価格の高騰、気候変動による影響、後継者不足、さらには肉の需要の低下など、課題は多い。それに、血統を重視すると競で子牛の価格も上がり、飼育期間を考えると「割に合わない」となる。しかし、川村さんはこの困難を乗り越えるために、国内消費が厳しくなっていく牛肉の海外輸出を行っているのだという。
さらに、後継者不足で辞めてしまった農家の牛舎を川村ファームで買い取ったり、借りたりして、仙台牛の生産を絶やさないようにと奮闘中している。
若手農家として業界をけん引する川村さんの挑戦は、まだまだ続く。

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