ロンドン(CNN) ロシアによるウクライナへの全面侵攻が始まってから3年半が経過した。米国主導の和平プロセスは凍結され、戦場は膠着(こうちゃく)状態にある。ウクライナ政府を支援する国々はロシア政府への新たな経済的圧力を呼び掛けている。その狙いは、クレムリン(ロシア大統領府)にとっての戦争の負担を方針転換せざるを得ない水準にまで引き上げることだ。

欧州連合(EU)による18の制裁と、米国や英国、そのほかの国々による数十の制裁により、ロシア経済は弱体化した。だが、戦闘を継続する決意は弱まっていない。

専門家は、必要なのは制裁の強化だけでなく、より賢明な措置だと指摘する。

英シンクタンク「王立国際問題研究所(チャタムハウス)」のロシア研究員で、対ロシア制裁の影響について多くの政府に助言してきたティモシー・アッシュ氏は「我々はもっと賢くなる必要がある」と述べた。

ロシア経済は、軍事費の大幅な増加によって2023年と24年には4%以上の経済成長が見込まれていた。しかし、今年の経済成長は政府予測ではわずか1%にとどまる。年末までにインフレ率は6~7%に達するとみられ、物価上昇の抑制に向けて政策金利は17%という痛みを伴う水準に維持されている。

クレムリンにとって極めて重要な石油と天然ガスからの収入は減少し、財政赤字は拡大している。

9月下旬に議会に提出された最新の3年間の予算案では、軍事費は戦前の約4倍にとどまるとされた。そして、これは主にロシアの納税者のおかげだ。

財務省によれば、クレムリンは来年1月から付加価値税(VAT)を20%から22%に引き上げることを決めた。増えた税収は「主に」国防と安全保障に充てられるという。

戦勝記念日の軍事パレードに登場した装甲車両=5月9日、ロシア首都モスクワ/Xinhua/Getty Images
戦勝記念日の軍事パレードに登場した装甲車両=5月9日、ロシア首都モスクワ/Xinhua/Getty Images

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は今月に入り、VAT引き上げの経済的コストを公に認めた。この措置は「経済成長に反映される」としたが、それでもその正当性を擁護した。

カーネギー財団ロシア・ユーラシアセンターの研究員アレクサンドラ・プロコペンコ氏はクレムリンの決定について、「長期にわたる紛争と民間需要が抑制された長期体制を想定した計画に合致している」との見方を示した。

言い換えれば、ロシア政府は戦争による経済的な苦痛の増大を受け入れたということだ。だが、ロシアの戦闘継続の決意を弱めるほどの深刻な打撃を与える可能性のある罰は存在するのだろうか。

ロシアの「戦争マシン」を止める

米議会で超党派の支持を得て提出されたものの、まだ採決には至っていない「ロシア制裁法案」で提案されている、ロシアが輸出したエネルギーを購入する国への500%の関税は、まさにその一つだ。アッシュ氏はそう主張する。「これによりロシアの輸出は完全に停止する。ロシア経済は間違いなく崩壊し、ロシアの戦争マシンは間違いなく停止するだろう」

しかし、先ごろ、この法案について「想像もできない」と述べたプーチン氏を含め、米国がこれを実行するとは誰も考えていない。ロシアの石油と天然ガスを市場から排除すれば、世界で価格が上昇するからだ。

アッシュ氏は代わりに、20~30%に大幅に引き下げた、いわゆる「二次関税」を提案している。これによって、ロシアの輸出は世界市場への流れを継続できるが、そこに一つ工夫を加える。これによる税収をウクライナへの資金提供に充てるのだ。

モスクワのガソリンスタンド=9月8日/Alexander Nemenov/AFP/Getty Images
モスクワのガソリンスタンド=9月8日/Alexander Nemenov/AFP/Getty Images

ロシアの富をウクライナへの資金援助に利用するという問題は、欧州で現在、議論の中心となっている。この措置は、ウクライナ政府がこの戦争に長期戦を強いるという明確なメッセージを送ることにもなる。

EUの内部文書に基づく複数の報道によれば、EUはロシアの欧州における凍結資産を、ウクライナへの1400億ユーロ(約24兆7000億円)の融資の原資として活用することを検討している。ウクライナ政府は、ロシアが戦争の賠償金を支払う場合にのみ、この債務を返済する必要がある。

アッシュ氏は、この新たな融資が「ウクライナには十分な資金力があり、長期戦に耐えうる兵器を購入できるという、ロシアに対する非常に強いメッセージ」を送ることになるとの見方を示す。

この計画を支持するフィナンシャル・タイムズ紙の論説で、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相も「ロシア政府は、ウクライナの持久力のほうが高いと認識した場合にのみ、停戦協議のテーブルにつくだろう」と述べた。

もう一つの選択肢は、ロシア経済の最も脆弱(ぜいじゃく)な部分に新たな対策を集中させることだ。欧州政策分析センターの民主的レジリエンスプログラムの上級研究員、アレクサンダー・コリアンド氏はそう指摘する。

このアイデアは、ロシアの長年の労働力不足に焦点を当てている。労働力不足は開戦以降さらに悪化し、多くの労働年齢の男性が動員されるか海外に逃亡した。ロシア国民は現在、一部の欧州諸国で就労ビザを申請する際に追加のハードルに直面しており、バルト三国とポーランドは事実上、ビザの発給を禁止している。

コリアンド氏は「ロシアから西側諸国への専門職の移民を制限するのではなく、むしろ頭脳流出を奨励すべきだ」と述べた。そうすれば、ロシアの労働危機が悪化するだけでなく、賃金に上昇圧力がかかり、インフレ対策が複雑化するという。

ウクライナが保持する強力な兵器

専門家によれば、制裁に対する新たな取り組みだけでなく、既存の制裁をより効果的に実行することも不可欠だ。

ウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領によれば、10月5日夜間のウクライナへの大規模なミサイルとドローン(無人機)による攻撃で、ロシアは500以上の兵器システムを使用した。これらの兵器システムには欧州製のものも含め10万点以上の外国製部品が含まれている。西側諸国がロシアへの数十億ドル相当の軍需品やデュアルユース(軍民両用)部品の販売を禁止する制裁措置を発動しているにもかかわらずだ。

ゼレンスキー氏は「本格的な戦争が始まって4年目を迎えた今、重要部品の流入を阻止する方法が分からないと主張する人がいるのはまったく奇妙だ」と述べた。

アッシュ氏は、制裁の不履行に対する罰則は適切に執行される必要があると指摘した。「対ロシアの制裁違反を支援する個人や企業、国は多大な利益を得ている」「罰則がない。誰も刑務所に入れられない」

ドローン攻撃によって損傷した建物から避難する住民=5日、ウクライナ・ザポリージャ/Stringer/Reuters
ドローン攻撃によって損傷した建物から避難する住民=5日、ウクライナ・ザポリージャ/Stringer/Reuters

しかし、ロシアの戦時経済に対する最も効果的な制裁は、ウクライナの支援国ではなく、ウクライナ自身が実行できるかもしれない。

ここ数カ月、ウクライナ政府によるロシアの石油精製所への長距離ドローンを使った攻撃が激化している。ロシアの分析機関シアラの最近の推計によれば、ロシアの石油精製能力は38%まひした。だが、カーネギー財団ロシア・ユーラシアセンターの研究員セルゲイ・バクレンコ氏は、こうした推計には、それまで稼働していなかった施設や被害が出た施設の修復が考慮されていないと指摘した。

それでも、そうした攻撃はロシア国内のガソリン不足を引き起こし、精製品の販売よりも一般的に利益率の低い原油輸出の増加につながった。

アッシュ氏は、攻撃はロシア経済に対する強力な武器だとみており、その理由は二つある。「ガソリンスタンドでの燃料不足によって国内経済に混乱をもたらすだけでなく、実際に輸出収入も抑制している」

アッシュ氏によれば、これはウクライナへの西側諸国の長距離兵器の供給を増やし、その使用制限を緩和すべきという主張を強化するものだ。

そして、プーチン氏の最近の反応をみると、ロシアはいかなる経済制裁よりも、これを恐れているのかもしれない。

プーチン氏は先ごろ行われた経済フォーラムで、米国が、ウクライナに対して巡航ミサイル「トマホーク」の配備を認めた場合にどうなるかとの質問を受けた。トランプ米政権を思いとどまらせようとしたのかもしれないが、プーチン氏は「米ロ関係の破壊」につながると答えた。

本稿はCNNのクレア・セバスチャン記者による分析記事です。

WACOCA: People, Life, Style.