10月7日、就任1カ月足らずのルコルニュ仏首相が辞任した。少数与党ゆえの非力さから予算案や閣僚人事について議会の意見を集約できず倒れた格好だ。同氏は2017年のマクロン大統領就任以降で7人目、過去2年間で5人目の首相だった。

ルコルニュ氏は辞表提出後の演説で「全ての政党があたかも議会で過半数を持っているかのように振る舞い続けている」と語り、妥協を拒否した各党を批判した。

後述するようにマクロン氏はそのわずか3日後の10月10日、ルコルニュ氏を首相に再任命する。辞任した首相をわずか3日後に再登板させるのは当然のことながら異例の措置だ。

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フランス政局は流動化し、同国国債への風当たりは日々強まっている。

フランス10年債の利回りはすでにスペインやギリシャを上回る水準で推移しており、長く財政懸念を抱える(しかしここ数年はメローニ政権下で財政赤字を着実に減らしつつある)イタリアと並びかけている【図表1】。

【図表1】欧州各国(イタリア、ギリシャ、フランス、スペイン)の10年債利回りの推移。【図表1】欧州各国(イタリア、ギリシャ、フランス、スペイン)の10年債利回りの推移。出所:Macrobond資料より筆者作成過去1年間に掲載された求人の26%は生成AI導入で大幅に代替される。米インディード最新分析の衝撃 | Business Insider Japan

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なぜわずか26日で首相辞任?

まずは、ルコルニュ氏が異例の短期辞任に至った経緯を振り返っておこう。

フランス革命以降では最年少となる35歳の若さで国防相に就任、マクロン大統領の腹心とされるルコルニュ氏は9月9日に首相に就任した後、10月5日に満を持して閣僚人事を発表した。

ところが、この人事案に対して野党はもちろん、与党に協力する中道右派の共和党、協力の可能性を模索していた中道左派の社会党まで反発し、結果として閣僚名簿の発表から14時間で総辞職という異例の事態に至った。

とりわけ、現在の財政危機を招いたと批判されるルメール元経済・財務相(マクロン氏の盟友とされる)を国防相に指名して配置転換にとどめたことが野党を刺激し、ルコルニュ氏の所信表明演説後には早くも内閣不信任案を提出する方針が示された。

その他の閣僚人事についても、マクロン氏の側近とされるレスキュール元産業担当相を経済・財務相に指名したこと、バロ外相ら大半が留任したことに対し、共和党(前出)のルタイヨー内相が協力関係の解消を示唆するなど与野党から批判が相次いだ。

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具体的な政策でも意見集約できなかった。

ルコルニュ氏は組閣に当たり、バイル前首相が提案して与野党から猛反発を浴びた「祝日2日廃止」による景気刺激策を撤回した。

また、富裕層を念頭に置いた金融資産に対する新たな課税制度の創設や高所得者を対象とする時限的な課税措置の継続などを受け入れて左派政党に配慮を見せる一方、社会党が強く要求した超富裕層に対する資産課税(富裕税)の導入や年金改革の棚上げは拒んだ。

連立与党、極右政党、左派政党が三つ巴(どもえ)の議会において政策の一致点を見出すのは、首相が誰であれ、どの党が与党であれ、容易ではない。現状を打破できるような妙手は今のところ見当たらない。

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当初想定された四つの選択肢

ルコルニュ氏が辞任した10月6日の段階で、マクロン大統領の次の一手として考えられる展開は四つあった。

自分に近い候補者を任命する野党(例えば社会党)から任命して議会を制御するテクノクラート(高度な行政能力を有する専門家)内閣を組成する上記の選択が困難な場合、解散総選挙に踏み切る

ルコルニュ氏は辞任表明後にフランスのテレビ番組に出演して「マクロン大統領は48時間以内に首相を指名できる状況にある」と発言、続いて大統領府も同内容を追認する発表を行ったことから、専門家の間では最初の選択肢が濃厚と見る向きが多かった。

ところが、マクロン氏はそれらの選択肢のいずれでもなく、ルコルニュ氏を再任命して首相職に復帰するよう要請した。

10月12日付の米CNNが「仏大統領、辞任したばかりのルコルニュ氏を首相に再任 異例の人事に驚き」と報じた通り、想定外の展開に衝撃が走った。

しかし、冒頭述べたようにマクロン氏は大統領就任以降ですでに7人の首相を任命し、その求心力は低下している。勝算のない首相任命をこれ以上繰り返しても状況は改善しないように思える。

野党はもちろん、フランス世論は最後の選択肢すなわち議会解散と総選挙を求めており、今後そうした流れに行き着く可能性もあるだろう。

ロイター報道によれば、8月27日に公表された複数の調査機関による世論調査では、フランス国民の約63%が解散総選挙を望んでいることが判明している。

その場合、マクロン氏を支持する中道勢力が議席を失う一方で、極右勢力が議席を増やす可能性がある。

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前回、2024年7月の解散総選挙でマクロン氏は「賭け」に負けた。

先立つ同年6月の欧州議会選挙で、マクロン氏を支える与党連合は極右政党の国民連合に大差をつけられて敗北。危機感を強めた同氏は、政権基盤の強化を図ろうと(下院の)解散総選挙に打って出た。

しかし、第1回投票では欧州議会選挙の勢いそのままに国民連合が躍進。決戦投票ではマクロン氏支持の与党連合と左派連合「新人民戦線」が候補者を一本化して極右つまりは国民連合の台頭を封じ込めたものの、与党連合は第二党に転落し、国民連合は議席数で肉薄する第三党へと勢力を伸ばした。

仮にこれから解散総選挙に至ったとして、前回と同じようにかろうじて極右勢力を抑えきれるとは限らない。政局は流動化し、もはや中道勢力も左派勢力も一枚岩ではなくなっている。

極右勢力の台頭を阻止できる可能性はあるかもしれないが、それとて三つ巴の現状が温存されるのでは意味がない。同じことが繰り返されるだけだ。

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マクロン大統領辞任の可能性は

もう一つここまで触れていなかった選択肢も可能性としては残されている。

それは、マクロン大統領が2027年の任期満了を待たずして辞任する展開だ。

フランスの制度上、任期途中の現職大統領を議会が(不信任決議などを通じて)辞任させることは困難だが、大統領が自身の判断で退くことはできる。

前節で紹介した複数の世論調査(バイル前首相の信任投票前)でも、マクロン氏の辞任を望む声は67%、実に国民の3分の2を超えており、大統領選挙の前倒しがにわかに争点化する可能性は否定できない。

マクロン氏は、トランプ米大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の会談を仲介するなどロシア・ウクライナ戦争への関与に傾倒しており、もし前倒しで退場するような展開になれば、欧州の安全保障戦略にも大きな影響が予想される。

また、それと同じくらい注目されるのがユーロ相場への影響だ。

現時点では、フランス政局の混乱はユーロ圏全体の問題と見なされていない。したがって、ユーロ相場も堅調を維持している。

しかし、本稿で解説したように、国民連合を基軸とする極右政権ひいては極右大統領が誕生する可能性もゼロとは言い切れない。フランスが欧州委員会と正面衝突する展開になれば、それはユーロ売りの材料になりかねない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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