(CNN) インド西ベンガル州マーシダバードで開催されたヒンドゥー教の祭り「ドゥルガー・プージャ」。10本の手にそれぞれ天上の武器を持ち、ライオンにまたがる女神ドゥルガーが退治するのは、いつもの悪魔マヒシャースラではなかった。
今回、女神の前に立ちはだかる「悪の象徴」とされたのは、金髪にたくましい胸板、そして米国のドナルド・トランプ大統領をかたどった顔を持つ像だった。
西ベンガル州で行われたドゥルガー・プージャで公開された像の象徴性は無視できないものだ。善が悪に勝利することをたたえる祭りにおいて、単なる政治風刺以上の意味を持っていた。
かつては固く結ばれていたインドと米国との友情は、トランプ氏が世界貿易の枠組みを自国中心に再編しようとする試みによって、もろくも崩れ去った。今回登場した像はその象徴だった。
「以前はインドと米国は良い関係にあったが、トランプ氏が来てからはインドを抑えつけ、押しつぶそうとしている」と、祭りの実行委員会メンバー、サンジャイ・バサク氏は語った。「だからこそ、私たちはトランプ氏を、力強い母なるドゥルガーに打ち負かされた悪魔として表現した」
西ベンガル州で行われたヒンドゥー教の祭り「ドゥルガー・プージャ」に登場した「悪魔」に見立てられたトランプ米大統領の人形(Raju Saha)
5日間にわたる祭りの期間中、街全体が巨大な野外美術館のように変ぼうし、女神と悪魔の神話的な戦いが現代の不安や社会問題を映す形で再構築される。
過去には移民危機や隣国パキスタンとの戦争などをテーマにした作品も登場した。
「2001年の米同時多発テロの後は、オサマ・ビンラディン容疑者が人気だった」と、ベンガル文化に関する動画を制作するコンサルタントのスショバン・シルカル氏は話す。
20年にインドと中国の国境で衝突が起きた後には、中国の習近平(シーチンピン)国家主席を悪役に描いた作品も注目を集め、宗教芸術を通じて外交的批判の限界を押し広げた。
シルカル氏によれば、そうした流れのなかで、トランプ氏が「悪魔」として描かれることが決まったが、それは民衆の感情を公然と表現したものだという。
ヒンドゥー教の女神ドゥルガーの像がガンジス川に沈められて、祭りが終わりを迎える=4日/Sahiba Chawdhary/Reuters
女神ドゥルガーの像の前で伝統的な踊りを披露する信者=3日、インド・コルカタ/Sahiba Chawdhary/Reuters
だが、常にこうだったわけではない。
6年前、トランプ大統領はインドのモディ首相と手を取り合い、米テキサス州ヒューストンのNRGスタジアムで、5万人の観衆の熱狂的な歓声に包まれていた。外交関係を壮大なショーへと変える才能を共有する2人の右派ポピュリストをたたえる声が響いた。
「ハウディ・モディ!」として知られる政治的パートナーシップの演出は、翌年2月にインド西部グジャラート州で開かれた「ナマステ・トランプ」というイベントにも引き継がれ、両者の間に固い個人的な同盟が築かれたという印象を世に示した。
しかし近年、その友情はトランプ氏の大統領復帰によって試されている。
集会に出席した米国のトランプ大統領とインドのモディ首相=2019年9月、米テキサス州ヒューストン/Saul Loeb/AFP/Getty Images
トランプ氏は公の場でインド経済を「死んだ」と切り捨て、過去最高水準となる関税をインドに課した。
50%の関税のうち半分は、ロシアのウクライナ侵攻後にインドがロシア産原油の購入を拡大したことへの制裁とされ、残り半分は米国の貿易赤字削減を掲げるトランプ氏の「米国第一」政策の一環だ。
インド側は関税について不当で不公正だと反発し、トランプ氏の姿勢を「偽善的」と批判した。米国や欧州も依然として肥料や化学品などの分野でロシアとの取引を続けていると指摘した。
トランプ政権は強硬な姿勢を強めた。ホワイトハウス当局者は8月、ロシアによるウクライナ侵攻を「モディ首相の戦争」と呼び、インドに対してロシアとの経済関係を断つよう圧力を強めた。インドはそうした発言は不正確で誤解を招くとして反論し、ロシア産原油の購入を改めて擁護した。
トランプ大統領が9月に熟練労働者向けのH―1Bビザ申請に10万ドル(約1500万円)の手数料を課すとの突然の指示を出したことをめぐっては、多くの人々が、熟練労働者プログラムの最大の受益者であるインド人の才能と野心に対する個人的な攻撃のようだと感じた。
裏切られたという思いが、悪魔像という強烈な芸術表現につながった。
コルカタ在住のチュニール・ムカルジー氏は、マヒシャースラとしてのトランプ氏が参拝客や取材に訪れる報道機関に政治的メッセージを伝えていると語った。
芸術と政治の融合はベンガル文化の特徴であり、そこには、トランプ氏と米政権の「退行的な政策」は、女神ドゥルガーによって討たれる現代の悪魔となったという、シンプルだが強力なメッセージが込められているという。
女神ドゥルガーの像を運ぶ人々=3日、インド・コルカタ/Sahiba Chawdhary/Reuters
トランプ像の設置を担当した実行委員会のバサク氏によると、制作チームは約3カ月間、ほぼ完全な秘密主義を貫いた。公開前に話題を高めるための意図的な演出だった。そのため、トランプ氏を思わせる顔の最終的な造形は公開直前の7日間で仕上げられ、最後の瞬間まで覆い隠されていたという。
完成した像の映像がネット上に流れると反応はすさまじかったとバサク氏は振り返った。何千もの人々がパビリオンに押し寄せ、近隣にまで続く長い行列を作ったという。
バサク氏にとって、この圧倒的な反響は自身の作品が認められた証しだった。「本当に多くの人の心に響いた作品だ。少なくとも、誰もが自分の目で見てみたいと思った作品となった」
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