現在、香川では瀬戸内国際芸術祭が開催されている。6回目を迎える芸術祭はアートファンにとって定番になったと言えるだろう。「瀬戸内」や「香川」と言えばまず芸術祭を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。一方で香川には、まだあまり知られていないギャラリーやスペースもある。それらの活動はとてもユニークで、今後の香川のアートシーンを切り開いていくような希望も感じさせるものだ。今回は、筆者がよく行く場所や最近新しくできた場所を紹介する。もしも香川を訪れる機会があればぜひチェックしてみてほしい(ただし、CENTER/SANUKI以外はイベントや展示をしていない日は開いていないため、訪ねる際にはご注意を)。
アーティストが運営するギャラリー──Syndicate
平山昌尚「高松、赤ちゃん」展示風景(Syndicate、2024)
「Syndicate」は、2021年末に高松出身で現代美術家の藤井智也と高橋ちかやが設立したアーティストランスペースだ。地元作家や国内外の作家による展覧会を開催しており、最近では高松在住の平山昌尚による「高松、赤ちゃん」(2024年12月14〜29日)や、東アジア出身の作家たちのグループ展「trans-ヴィジョン비전」(2025年6月20日〜7月13日)などを開催した。今春開催された「脱臼する資本主義」(2025年4月19〜27日)は、坂本嘉明によるキュレーションのもと資本主義社会を問う作品が展示された一方で、作家のあり方そのものを問い直す挑戦的な展覧会でもあった。
orm《Echo you, Echo me》(手前)、《Carry-on Body》(映像)。「Trans-ヴィジョン비전」展示風景(Syndicate、2025)
「脱臼する資本主義」展示風景(Syndicate、2025)
先日9月13日にはベルギーを拠点にする敷地理のパフォーマンス「降る雪の向こう、脱皮するイメージ|beyond the falling snow, a moulting image」が開催された。敷地のパートナーと高松在住のアーティストである大川原暢人も加わった本パフォーマンスは、足元にうどんを敷き詰めテクノミュージックを流してダンスする「テクノうどん」★に着想を得たもので、敷地と大川原が小麦粉を壁に投げつけるところからスタートした。彼らは練って塊となったうどんの生地を相手にしながら身体を動かし、身体と同化させるように生地を伸ばす。粘りが強くなった小麦の塊は身体の動きを制限し、柔らかい粘土のように身体を包む。物質と身体の対話が見えるパフォーマンスであり、細く切られた生地を最後に茹で、3人が食して終了した。
敷地理「降る雪の向こう、脱皮するイメージ|beyond the falling snow, a moulting image」パフォーマンス風景(Syndicate、2025)
Syndicateを運営する藤井と高橋はそれぞれがアーティストとして活動する一方で、昨年からはアーティストユニット「orm」としても作品を制作・発表している。さらに忙しくなるなかでのギャラリー活動の継続は難しさもあると聞くが、Syndicateは時にほかの若手作家を刺激し牽引する力にもなっており、香川において重要な存在であることは間違いないだろう。
★──風営法によって夜24時以降にクラブで踊る行為が規制対象とされたことに反応して2012年に企画され、同法が改正された2016年頃まで複数回にわたり開催されていた。
アーティストと企業をつなぐ──CENTER/SANUKI
「CENTER/SANUKI」は、クリエイティブカンパニーDEGICOが運営する、カルチャー発信スペース。東京と香川に二拠点をもち、拠点巡回を含めながらもアート展示を月1回程度の頻度で入れ替えている。大規模な企画展やアートマーケットなど、勢いのあるクリエイターたちの作品やグッズと出会えるほか、カルチャーのひとつとしてスペース内に日本茶スタンドSABIをキュレーションすることで地元の常連客はもちろん、海外からの観光客も訪れ、あらゆる人や企業が集い賑わう場所だ。
Funny Dress-up Lab「How do you gaze at the wall in front of you?」展示風景(CENTER/SANUKI、2023)[写真提供:CENTER/SANUKI]
白根ゆたんぽ「裸と景3(島)」展示風景(CENTER/SANUKI、2024)[写真提供:CENTER/SANUKI]
また、CENTER/SANUKIは作家と地元企業をつなぐプロジェクト「EDIT/SANUKI」にも力を注いでいる。第一弾として昨年春に、香川生まれのアーティスト溝渕珠能が、養鶏場を営む東山産業とコラボレーションし、東山産業の施設の外壁に壁画を制作した。「おいしい」をテーマに食への感謝を込めて制作したという壁画は、卵の黄身を思わせる黄色を背景に鮮やかな色の形態が踊るように配され、田舎ののどかな景色のなかで楽しげなリズムを生み出している。溝渕は、人によって世界の捉え方が異なることに関心を持つ作家で、ペイントした木片を観察し、そこから見出した形をもとに絵画を構成している。まるで積み木遊びを通して世界を認識しようとしているようだ。壁画の完成に合わせ、CENTER/SANUKIでは溝渕の個展「Walking birds, feeling like Monomiyusan|散歩する鳥は、物見遊山な気分で。」(2024年4月26日〜5月6日)を開催し、壁画の元となった作品や変形パネルの作品などが展示された。
溝渕珠能による壁画(2024)[写真提供:CENTER/SANUKI]
「Walking birds, feeling like Monomiyusan」展示風景(CENTER/SANUKI、2024)[写真提供:CENTER/SANUKI]
「Walking birds, feeling like Monomiyusan」展示風景(CENTER/SANUKI、2024)[写真提供:CENTER/SANUKI]
「EDIT/SANUKI」のような取り組みではアーティストと企業、そしてCENTERの思いが重なったときに実現するものであり、丁寧な会話を要するため、次々に展開できるものではない。しかし、CENTERはアートにより生まれる付加価値の可能性を探り、今後もさまざまな企業と新たな共創を目指している。
画家の想いを継ぐ──竹崎和征スタジオ/竹二郎三郎
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の近くにある丸亀ビルの2階には、昨年急逝した竹崎和征がオープンの準備をしていたスタジオがある。
「SHORES」展示風景(竹崎和征スタジオ/竹二郎三郎、2025)[撮影:田中和人]
今年6月には、彼のパートナーで共同プロジェクト「竹二郎三郎」を運営するキュレーターの竹崎瑞季の尽力により、このスタジオで初めての展覧会「SHORES」(2025年6月21日〜7月21日)が開催され、竹崎和征、並行小舟唄/Twin Boat Songs(竹崎和征+西村有)、臼井良平の作品が並んだ。Twin Boat Songsの作品は、竹崎と西村が共同制作したもので、普段目にしている風景を題材に描く2人の画家の視界や思考が重なった作品群である。臼井もまた、ガラスで再現したペットボトルなどによって何気ない風景への再考を促す作家であり、竹崎が立ち上げに深く関わった高知県須崎市のアーティスト・イン・レジデンス「現代地方譚」に参加した経験を持つ。今回は須崎を再訪して、そこで拾ったものや写した写真を、竹崎の気配を留めるように作品の中へそっと差し入れた。いずれの作品もずっと前からそこにあったかのように空間に馴染む、静かな印象の展覧会だった。
「SHORES」展示風景(竹崎和征スタジオ/竹二郎三郎、2025)[撮影:田中和人]
「SHORES」展示風景(竹崎和征スタジオ/竹二郎三郎、2025)[撮影:田中和人]
スタジオや作品のほかにも、竹崎は多くのものを遺している。スタジオと同フロアで会期も同じくして開催された「Many Years(千年万年)/ Marugame」は、竹崎とCOBRAが構想し、青木陵子や伊藤存、杉戸洋などが参加したグループ展で、昨年秋に京都で開催された展覧会の丸亀バージョンとして開かれた。また「竹二郎三郎」は現在、愛媛県今治市で行なわれている「ART SANPO 2025」(2025年6月1日~11月30日)にも参加中である。寂しさは残るものの、それぞれが竹崎から受け取った想いをもとに、その活動はこれからも続いていく。
竹崎和征スタジオ/竹二郎三郎の入る丸亀ビルで開催された「Many Years / Marugame」展示風景(2025)[撮影:田中和人]
「Many Years / Marugame」展示風景(2025)[撮影:田中和人]
若手作家へ期待を抱いて──an atelier
最後に紹介する「an atelier」は丸亀出身のアーティスト森岡友樹が今年8月に設立したシェアアトリエだ。8月1〜3日には「アトリエビラキ」が開催され、利用作家のミズカ、土居大記、Kazuma Sanoがイベントを開催した。ミズカは壁面への公開制作をし、土居はコミュニケーションに働きかけるパフォーマンスとして、どら焼きを作って来場者に振る舞ったという。筆者が訪ねたのは最終日で、Kazuma Sanoのパフォーマンス「差延/différance」が行なわれた。
「差延/différance」は造園会社で勤務した経験を通して考えられたもので、「雑草」から「植物」への価値の転換を試みたという。パフォーマンスでは、自身が2週間ほど育てた雑草を置いていき、水や栄養を与えて丁寧に世話をしていたかと思えば、突然それらの植物をハサミで切り、根ごと引き抜き、ゴミ袋に投げ入れていった。誰かの大切なものが、別の誰かにゴミとして扱われる。社会においてよくある状況だが、引き抜かれる草の、あるはずのない痛みや叫び、そして先刻まで愛着を持って接していたSano自身の苦しさを感じてしまう。
「アトリエビラキ」でのKazuma Sanoによるパフォーマンス「差延/différance」(an atelier、2025)
その後行なわれた溝渕とのトークで森岡は、このアトリエを若手作家のための場所にしたいと繰り返し語った。言葉の端々には、若手作家への期待と同時に、自身とは離れた年代の作家たちと付き合う際の戸惑いも感じられ、それでも彼らのためになることを模索する姿勢が表われていた。一方で活動の根底には、地元のアートを面白くすることが自身の楽しみにつながるという想いがあり、若手のための慈善事業ではないとも語る。ここでは、希望作家を募っての作品の講評会など、これまで香川ではあまりなかった試みも行なわれている。いまはまだ手探りも多いようだが、今後、香川のアートシーンを支える存在となるかもしれない。
「アトリエビラキ」の来訪者と、作家、運営メンバーでの談笑の様子(an atelier、2025)
同イベントでの土居大記によるパフォーマンス風景(an atelier、2025)
これらのスポットは、いずれも地元香川の作家に働きかけながら、県外そして国外を視野に入れた活動をしている。今回は筆者がよく訪ねる場所を中心に紹介したが、このほかにも地元作家にとって重要な役割を担い、香川のアートを支えるスポットは存在する。しかし、当然のことながら都会に比べるとそのような場所は決して多くない。また活動の継続には金銭的な問題、人手不足、本業や私生活とのバランスなどの課題がつねにあり、周囲の人々の知恵や力が必要となることもある。これらの場所が起点となりながらもつながりあって、今後も香川におけるアートの文脈が紡がれていくことを期待したい。
Syndicate
所在地:香川県高松市塩屋町9−9 渡辺ビル 2F西
公式サイト:https://syndicate-tak.com/
CENTER/SANUKI
所在地:香川県高松市常磐町1-6-13 1F
公式サイト:https://center.degico.jp/category/exhibition-sanuki
竹崎和征スタジオ/竹二郎三郎
所在地:香川県丸亀市南条町1-1 丸亀ビル2F
公式サイト:https://takejirozaburo.tumblr.com/
an atelier
所在地:香川県高松市塩上町1-2-7 ミユキビル5F
公式サイト:https://www.instagram.com/an_atelier_takamatsu/
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