ストライク<6196>は9月3日、スタートアップと事業会社の提携促進を目的としたイベント「第46回 S venture Lab.」を徳島市の阿波観光ホテルで開催した。「起業家とVCが徳島で語る、地域発スタートアップの挑戦と可能性」をテーマに、地域発スタートアップの代表格である電脳交通(徳島市)代表取締役CEOの近藤洋祐氏、若手起業家への投資で実績を重ねるSkyland Ventures(東京都渋谷区)CEO & General Partnerの木下慶彦氏が登壇、徳島県の後藤田正純知事も駆けつけた。現地・オンライン合わせて200名が参加し、地方発スタートアップの現状と可能性について活発な議論が展開された。
後藤田知事が語る徳島の危機感と成長戦略
冒頭、後藤田知事は徳島県が直面する現実を率直に語った。「人口減少の中で、日本の人口は3割減る。労働力も3割減り、市場も3割縮小する。そうなれば生産性を上げるか、輸出やインバウンドを増やすしかない」と危機感を示し、地方創生への強い意志を表明した。
徳島県知事 後藤田 正純氏
特に徳島県は大阪まで30分で行けるため、人材が全て大阪に取られてしまうという地理的な課題を抱える。この対策として昨年は最低賃金を82円引き上げ、四国で最も高い水準を実現した。さらに「徳島バッテリーバレイ構想(※蓄電池関連産業を徳島県に集積させ、新たな産業の柱として確立することを目指す構想)」を推進し、パナソニックエナジーやトヨタ関連企業のマザー工場を活用したサプライチェーン構築を進めている。
教育面では、デザインとテクノロジー、起業家精神を学ぶ独自カリキュラムなど実践型教育を目指す「神山まるごと高等専門学校」で民間企業11社から年間100億円を集め、学生が在学中から起業できる環境を整備。「学生が在学中に起業したければ、ラボも会計士も税理士も全て用意するので、いつでもスタートアップしてほしい」と、次世代人材育成への本気度を示した。
電脳交通・近藤氏が語る地方発スタートアップの現実
徳島を拠点に全国展開を果たした電脳交通の近藤氏は、創業10年間の軌跡を振り返った。同社はタクシー業界のデジタルトランスフォーメーションを支援し、日本各地の公共交通の持続可能性を高める取り組みに注力している。現時点で47都道府県600法人に電脳交通の配車・運行管理システムを導入し、2万2000台の車両が同社のデジタルプラットフォームを活用している。これは全国タクシー車両の10%から15%のシェアに相当する規模で、累計50億円の資金調達を実現している。
株式会社電脳交通 代表取締役社長CEO 近藤 洋祐 氏
近藤氏は地方発スタートアップの環境変化について「10年前に比べて、地方にいながら苦労することや、地方で展開するからこその苦労はあまりなくなった」と語る。地域の金融機関がCVCを立ち上げ、自治体や大学が積極的に支援する生態系が生まれてきたことを評価した。
一方で、ロールモデルの不足という課題も指摘。「地方を拠点にしながらグロース市場に上場し、時価総額が数百億、1000億円に達した事例は、ゼロではないが東京に比べるとまだ少ない」と現状を分析した。
木下氏が明かす学生起業投資の新潮流
若手起業家によるシードスタートアップへの投資をメインに行うVC(ベンチャーキャピタル)ファンドを運営するSkyland Venturesの木下氏は、13年間で200社に投資し、5社が東証グロース上場を果たした実績を紹介。特に注目すべきは、学生起業家への投資で時価総額3000億円の企業を生み出したことだ。木下氏は投資先の成功事例として「ある起業家は21歳の時に早稲田大学在学中に起業し、半年ほどで事業の売上が立ち、現在は年商400億円規模に成長している」と紹介し、若手起業家の可能性を示した。
Skyland Ventures株式会社 CEO&General Partner 木下 慶彦 氏
学生起業家たちの成功要因として、木下氏は2つの大きな変化を挙げた。まず、課題解決型ビジネスから、エンターテインメントやインバウンドなど新しいテーマの事業が増えたこと。そして、SNSやYouTube、TikTokなどで若者が認知を獲得しやすくなったことだ。「これらのプラットフォームはこの10年で普及し、若い人がアカウントを成長させて認知を得ることが、事業成長の最初のドライバーになっている。これは若者には得意分野」と説明した。
地方投資の現実と家族支援の重要性
地方発スタートアップへの投資について、木下氏は「徳島での投資実績はゼロだが、地方在住の起業家への投資は多数ある。半分程度が地方企業」と、地方在住起業家への投資実績を明かした。京都で2社、北海道で1社など、地域性や事業内容に意味がある場合に積極投資している。
特に印象的だったのは、家族による支援の重要性を説く場面だ。木下氏は日本の起業家支援文化について「日本はアメリカのように優秀な人が起業する流れになってきたが、家族や知人が起業家を金銭的に支援する文化が弱い」と指摘。対照的に「アメリカや中国では親族や友人が起業したら必ず資金を出す。金額の大小は関係ない」と海外事例を紹介した。
その上で「今日来ている経営者の方も、息子が起業するなら100万円程度は出した方がよい。20歳や25歳にとっての100万円と、35歳や40歳、50歳にとっての100万円では価値が全く違う」と、若い起業家への少額投資の意義を強調。「若い人にこそお金をつけるべき」と、地域での起業家支援の必要性を訴えた。
電脳交通の独自資本戦略
近藤氏は同社の特徴的な資本政策について詳しく説明した。「投資家をどう説得してきたかというと、『タクシー業界を盛り上げてください』、それしか言わなかった」と、単なる資金調達ではなく、業界全体の成長を訴求したアプローチを明かした。
特にUberとの連携事例では、「電脳交通とUberが連携したシステムを導入すると、Uberは従来11都道府県でしか展開できなかったが、現在は31都道府県で利用可能になった」と成果を報告。導入タクシー会社の売上が前年比10%向上したことも明かした。
驚くべきは、CFO不在での経営だ。「CFO不在のまま、なんとか気合いでやってきた」と語り、株主や経営企画人材との連携で乗り切ってきた経験を共有した。
地方スタートアップ支援の課題と展望
地方発スタートアップの支援について、木下氏は危機感の重要性を指摘。「結局は全て社長次第。社長や限られた幹部次第で、本当に社長や代表クラスの人に強いやる気がない限り進まない」と、リーダーシップの重要性を強調した。
近藤氏も「ファーストペンギンになるような人たちを支援し、みんなでムードを作っていく」ことの重要性を指摘し、地域全体でのエコシステム構築の必要性を訴えた。
笑顔で語る 近藤氏(右) 、木下氏(左)
次世代を担うスタートアップ2社がピッチ
第二部では、四国発のスタートアップ2社がピッチを行った。牡蠣養殖のデジタル化を実現し、新しい養殖方法の確立を目指している株式会社リブルの代表取締役・CTO 岩本健輔氏と、廃被覆配線処理における特許技術の社会実装を目指しているDO・CHANGE株式会社 代表取締役 岸本暉弘氏が登壇。それぞれのビジネスモデルや展望について熱くプレゼンテーションを行い、参加者は熱心に耳を傾けていた。
今回のイベントは、地方発スタートアップの可能性と課題を多角的に議論する貴重な機会となった。危機感を成長のエネルギーに変える地方の取り組み、家族や地域による支援の重要性、そして次世代起業家の挑戦など、地域経済活性化のヒントが数多く示された。徳島から始まる新たなイノベーションの波が、全国に広がることが期待される。
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