現在の興福寺(五重塔は修復中)
(鵜飼秀徳 僧侶・ジャーナリスト)
自民党総裁選(10月4日投開票)で、前経済安全保障担当相・高市早苗氏(64)の「奈良のシカ発言」が話題になっている。「神の使い」であるシカが、外国人によって虐待を受けているという彼女の主張について、その根拠が問われている。
その実、奈良のシカは150年前、日本人によって虐待され、スキヤキになり、全滅の危機を迎えるという黒歴史をもつ。奈良のシカの受難の歴史に迫りたい。
高市氏のシカをめぐる発言は、9月24日に実施された演説会の冒頭において発せられた。大伴家持の歌を吟じながら、このように語った。
「奈良の女としては奈良公園に1460頭以上住んでいるシカのことを気にかけずにはいられません。1300年も前から奈良にはもうシカがいて、それも夫婦仲のむつまじいシカがいて、歌になっていたということが分かります」
確かに奈良のシカは、奈良時代に編まれた『万葉集』に登場する。いにしえより、シカは南都の風景にはなくてはならない存在であり続けた。そして、奈良の人々によるシカへの愛護精神は、さまざまな文化・芸術へと昇華されていく。シカは奈良県民のアイデンティティそのものだ。
高市氏は、さらに続ける。
「そんな奈良のシカをですよ、足で蹴り上げるとんでもない人がいます。殴って怖がらせる人がいます。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと傷めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん、何かが行き過ぎている、そう思われませんか。私、高市早苗、日本をかけがえのない国にしてきたこの古来の伝統を守るために体を張ります」(NHK「高市早苗氏 自民党総裁選挙演説全文」より、該当部分抜粋)
外国人観光客がシカに対して暴力を振るっているかどうかは不明だが、観光客の増加とマナー意識の欠如に伴って、被害が及んでいるのは確かだ。
観光客がシカせんべい以外のエサやりによって消化不良をおこしたり、プラスチック袋を誤食したりして、毎年数頭が死亡している。他方で、観光客がシカに接触して写真撮影をするなどして頭突きされたり、噛まれたりして、ケガをする事例も後をたたない。
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