長野県が全国で初めて二地域居住促進に向けた「広域的地域活性化基盤整備計画」を策定

長野県は、長らく200万人以上の県民を擁する県であったが、昨年、その人口が200万人を下回った。人口減少社会を見据え、県は、行政、企業、地域、個人で作る「私のアクション!未来のNAGANO創造県民会議」を立ち上げ「信州未来共創戦略」を決定。人口が減る未来を事実として見据えながら、「オール信州」で対策を講じていく。

長野県は、2006年に県と市町村、民間企業で構成される「楽園信州」推進協議会を設立。「移住」という言葉がクローズアップされる前から先行して移住促進に取り組んできた。しかし、「信州未来共創戦略」の策定の議論のなかで、急激に進む人口減少社会の下では「移住に特化して考えるだけでは不十分」との議論が生まれ、二地域居住促進を明確に柱に位置づけ、取り組みを加速化していくこととした。

一方、国でも二地域居住促進に本腰を入れている。そもそも二地域居住とは、主な生活拠点と別の地域に生活拠点を設けるライフスタイルを指す。

東京一極集中や地方の過疎化が長年の課題として挙げられている中、近年テレワークの普及によって場所を選ばない多様な働き方が可能になってきた。地方で自然や人とのつながりを感じながら、都市部の仕事をしたり、必要に応じて拠点間を移動したりと、多様なライフスタイルを実現するニーズが高まっている。

そこで、国は2024年に「広域的地域活性化基盤整備法」を改正。都道府県が⼆地域居住の促進のための特定居住拠点施設や重点地区を定めた「広域的地域活性化基盤整備計画(⼆地域居住)」を策定したときに、市町村は特定居住促進区域を指定して「特定居住促進計画」を作成し、施策を実施することが可能になった。「住まい」「なりわい」「コミュニティ」の居住において必要な要素を整備し、地方への人の流れを生み出していく。

これを受けて、2025年2月に長野県は全国で初めて「広域的地域活性化基盤整備計画(二地域居住)」を策定した。国の制度改正を先取りするかたちで、地域ぐるみの受け入れ体制の強化に乗り出した。

今回は、長野県企画振興部地域振興課信州暮らし推進担当課長の伊東笑子さんに、長野県の二地域居住施策について話を伺った。

長野県企画振興部地域振興課 信州暮らし推進担当課長の伊東笑子さん長野県企画振興部地域振興課 信州暮らし推進担当課長の伊東笑子さん県民との約150回の議論を経て策定された「信州未来共創戦略」

人口減少問題にアプローチしていくにあたって策定されたのが、前述の「信州未来共創戦略」。策定に当たっては、人口が減る未来を「人口7がけ社会」として見据えながら、知事、副知事をはじめ、全庁を挙げて県民とともに徹底した議論を行った。2024年4月から11月までの間に150回近く開催された意見交換には、合計で約3,000人が参加したという。

「本県では、関係人口を『つながり人口』と呼称し、その創出について以前から取り組みを進めてきていましたが、多くの方々のとらえ方は、どちらかというと移住のサブ的な位置づけでした。しかし、今後人口が減少していく中で、移住のサブではなくメインの柱として、二地域居住も含む「つながり人口」創出をしっかり全面に立てて取り組んでいった方がいいよねという議論になったんです。これまでの、移住のサブ的な考え方をパラダイムシフトしていこうと。移住だけを追い求めると、人口の取り合いになってしまう。そうではなくて、移住ではなくても、地域に関わってくれる二地域居住や関係人口の創出が、本県には必要不可欠だと考えました」(伊東さん)

その結果、「信州未来共創戦略」に、従来の移住促進に加え、「つながり人口」、特に二地域居住の創出を柱と位置づけ、強力に推進していく。

信州未来共創戦略では、2030年に目指す旗(目標)として「『二地域居住等メンバーシップ制度(仮)』が創設され、登録者数が20,000人以上となっている」こと、2050年にありたい姿として「全国トップクラスの二地域居住等の関係人口数を誇り、そうした方々の知見やネットワークにより、長野県の魅力が一層高まるような正のスパイラルが生み出されている」などが組み込まれている。

2050年にありたい長野県の姿を描いた未来共創戦略と意見交換(出典:長野県HP)2050年にありたい長野県の姿を描いた未来共創戦略と意見交換(出典:長野県HP)新規事業で「つながり人口」を強化。空き家対策や「地域の教科書」も安曇野市で「信州ワーキングホリデー」第1弾が行われた(画像提供:長野県)安曇野市で「信州ワーキングホリデー」第1弾が行われた(画像提供:長野県)

今年度は、信州未来共創戦略実現に向け新たな施策が多数実施され、移住施策関連予算も昨年度の6,000万円から1億1,000万円に増額された。主な新規事業は以下の通りだ。

二地域居住等の体験と交流機会の創出「信州ワーキングホリデー」

約1週間の滞在型就労体験と地域交流を「信州ワーキングホリデー」として、県内10市町村と連携し、「暮らす・働く」体験ができるプログラムを提供し、地域への関心を深めてもらう。2025年夏から冬にかけて、10の地域でレタスやワイン用ブドウの収穫、観光イベントの補助など、信州ならではの仕事を体験しながら一週間ほど過ごすプログラムを行う予定だという。広い長野県だからこそ、さまざまな需要に応えられる地域のバリエーションにも期待できる。

「地域の教科書」策定支援

二地域居住者や移住者と地域住民の相互理解促進に向けて、地域独自のルールや文化を外部に伝えるための「地域の教科書」の作成を支援していく。「地域の教科書」とは、区費の金額や役員の決め方、草刈り、あいさつの仕方など、なかなか言語化されないような地域の”慣習”をとりまとめ”見える化”したものだ。前述の意見交換の中でも、長野県への移住検討者から、地域コミュニティへの不安や情報発信へのニーズなどの意見が出されたという。具体的には、自治会での作成が進むよう、フォーマットの作成・普及や市町村に向けた研修会を予定している。人の流れの創出と交流が生まれる「寛容性の高い地域づくり」を移住・二地域居住促進とセットで進めていく。

空き家利活用人材育成事業 空き家活用による「住まい」と「関わりしろ」の確保

二地域居住者の住まいを確保するという点では、空き家の利活用促進にも力を入れている。

「地域に多く空き家があっても、空き家バンクへの掲載など、表に出てこないのが課題です。空き家を持っている方は、思い入れのある家や土地を『知らない人には貸したくない』『貸すくらいなら売ってしまいたい』という方が多いんですが、利用したい方と信頼関係ができてくると、『あなたなら貸してもいいよ』というケースが多いようです。ですので、県では、持ち主と利用したい方を信頼関係でつなぎながら空き家の利活用を促進する専門人材の育成を行っています。このような方々が地域に増えることで、空き家の利活用が進めばと考えています。」(伊東さん)

また、これまでにも「空き家DIY」を関わりしろにした「つながり人口」の創出も行ってきたという。具体的には、空き家DIYイベントのノウハウを学ぶ研修講座と実際の空き家DIYイベントの伴走支援をセットで行う。長野県内6地域で実施され、大都市圏や県外から来た人と地域住民あわせて延べ948人が参加した。

安曇野市で「信州ワーキングホリデー」第1弾が行われた(画像提供:長野県)空き家DIYイベント時の様子(画像提供:長野県)

地域との多様な関わり方についての情報発信

情報発信も、①漠然層・関心層、 ②トライアル層(個人・企業)、③明確層と地域に対する関わりの意欲別にターゲットを分けて行ってきた。

①漠然層・関心層には、地方の暮らしや仕事、つながりをテーマに、移住WEBマガジン「SuuHaa」で、記事コンテンツを配信。「SuuHaa」は2021年に、グッドデザイン賞を受賞。若年層のアクセスが約7割を占める。2021年から2023年の間で約730件の資料請求があったという。

②トライアル層について、個人向けには「ニブンノナガノ」サイトで二地域居住の実践者レポートや地域への関わりしろを紹介することで、より実践のイメージを膨らませる。企業に向けては、「信州リゾートテレワーク」(ワーケーション)を普及させるために、専用サイトで県内の宿泊施設やワーキングスペース、ワーケーションイベントや企業の事例を紹介。

③明確層に対しては、「楽園信州」サイトや「楽園信州空き家バンク」で具体的な支援制度や物件、体験談を掲載している。

これに加えて、新しく「信州つなぐ物語事業」として、地域のキーパーソンと首都圏の若者をつなぎ、キーパーソンへの取材により地域のストーリーを伝える記事作成などを通じ、地域の魅力的な「ヒト・コト・モノ」を発信。人が人を呼ぶ地域づくりを進め、「つながり人口」化を図っていく。

安曇野市で「信州ワーキングホリデー」第1弾が行われた(画像提供:長野県)ニブンノナガノでは県の二地域居住の取り組みも紹介している多様な地域性を生かして二地域居住をけん引多様な地域性を生かして二地域居住をけん引

長野県は自然豊かで広い県土を持ち、地域の文化も多様である。南信州や木曽のような里山暮らしが魅力の地域から、長野市、松本市のような自然と都市機能が共存した地域、軽井沢町や佐久市のように新幹線でアクセスしやすい地域まで存在し、多様なライフスタイルに対応できるポテンシャルが高いとされる。

特に「教育移住」も盛んで、自然の中で子育てをしたいというニーズに応える「信州型自然保育(信州やまほいく)」や特色ある小学校も人気を集めている。塩尻市のように、多様性を受け入れ、副業人材の活用などを早くから進める「スナバ」のような地域も存在し、今後の県内での横展開が期待されている。

一方で、アクセスの悪い地域での二地域居住のあり方や、特に中山間地域における多様性に対する受容度が課題として認識されている。県は、すべてのインフラ維持が困難になる未来を見据え、県土のグランドデザインについても議論を開始しており、移住者や二地域居住者を「どの地域に呼び込み、どのような地域づくりを行うか」という視点で検討を進める。

長野県は、地域と積極的に関わる「つながり人口」や二地域居住者を増やしていきたいと考えており、地域との「つながり」創出を重視している。新たな施策の実施と地域住民と二地域居住者等の理解促進を通じて、持続可能な地域社会の実現を目指す挑戦が始まったばかりだ。

ちなみに、長野県は全国的な二地域居住促進にも貢献している。2024年に立ち上げられた「全国二地域居住等促進官民連携プラットフォーム」で長野県はその共同代表となっている。前身の「全国二地域居住等促進協議会」においても阿部守一長野県知事が会長を務めており、先進的に取り組んでいる地域であるといえる。

長野県がどのように全国の二地域居住をけん引していくのか。今後の動向にも注目したい。

公開日:2025年 09月29日 06時00分

株式会社LIFULL LIFULL HOME’S PRESS編集部

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