大統領令発令から数時間後、グーグル、アマゾン、マイクロソフト、メタ、セールスフォース(Salesforce)、JPモルガン(JPMorgan)、ズーム(Zoom)の移民・人事担当部門は緊急警告を発表した。H-1Bビザ所持者はアメリカを離れてはいけない、海外にいる者は24時間以内に帰国せよ、というものだ。H-1Bビザ所持者たちは慌てて航空券を確保し、法務部門に切実な質問が殺到した。弁護士たちは週末を返上してパニック状態でかけてくる人々の電話に対応し、数千人の労働者たちがグループチャットやSNSで不満を爆発させた。
9月20日までには、ホワイトハウスは状況を説明しようと試みた。ビザの手数料は新規申請のみに適用され、更新には適用されず、ビザ所持者がアメリカへ戻ってくることは妨げられることはないと伝えた。9月21日には、この命令に関するFAQも公開した。
トランプ政権はこの手数料を是正措置として位置付けている。大統領令でトランプ大統領は、H-1B制度が高度人材不足を補う本来の目的から逸脱し、「アメリカ人の労働者を補完するのではなく、低賃金・低技能労働者に置き換えるために意図的に悪用されている」と言う。特にITアウトソーシング企業を悪質な悪用者と指摘し、同制度を利用して賃金を引き下げ、コンピュータサイエンスやエンジニアリングなどの重要分野でアメリカ人から仕事を奪っていると述べている。
H-1B申請の業種別内訳
専門的・科学的・技術的サービス 46.3%
製造業 11.7%
情報産業 9.7%
金融・保険 8.6%
教育サービス 6.5%
小売業 5.6%
医療・社会福祉 4.3%
管理・支援サービス 1.5%
卸売業 1.2%
企業・事業管理 0.9%
建設業 0.9%
運輸・倉庫業 0.8%
その他サービス業 0.4%
不動産業 0.4%
公益事業 0.4%
宿泊・飲食サービス業 0.3%
公共行政 0.2%
鉱業、採石業、石油・ガス採掘業 0.2%
芸術、娯楽、レクリエーション 0.2%
農業、林業、漁業、狩猟 0.0%
注:図表は、2025会計年度累計の有効な業種コードを有する認定済みフルタイムH-1B申請における、2桁NAICSコード別の割合を示しています。出典:米国労働省
H-1Bプログラム自体は、長年アメリカの政治における火種となってきた。1990年に創設されたこのビザは、雇用主が「アメリカ人では埋まらない」と主張する職種において、アメリカ企業が高度な技能を持つ外国人労働者を一時的に雇用することを認めるものだ。インド人労働者がこのプログラムの大半を占めてきた。米国市民権移民局(USCIS)のデータによると、2024会計年度に承認されたH-1B申請の70%以上(約28万人)がインド国籍者に割り当てられている。
インド人の圧倒的な状況はアメリカの労働者たちの一部で反感を煽り、最近では文化的反発も引き起こしている。2024年12月、合法移民制度改革を支持するインド出身のベンチャーキャピタリスト、スリラム・クリシュナン(Sriram Krishnan)がトランプ政権の要職に指名された時には、同ビザ制度への長年の批判を反映した抗議の声が殺到した。
大統領令はこうした不満を厳しい言葉で表現した。アメリカの大手企業が数千人のアメリカ人を解雇しながら、同時に数千人のH-1B労働者を雇用した事例を強調。10万ドルの手数料導入は、悪用を抑制し、アメリカ人労働者の賃金を引き上げ、トランプ大統領が「最高の人材」と呼ぶ層に限定するプログラムを維持するために必要なことだと結論づけた。
テック業界の一部はこの動きを歓迎した。ネットフリックス(Netflix)の共同創業者、リード・ヘイスティングス(Reed Hasting)はX(旧ツイッター)で、新しく導入される手数料は「非常に高価値な職種のみにH-1Bビザを限定するという素晴らしい解決策」だと投稿した。
Business Insiderは、10人以上のテック企業の社員、ベンチャーキャピタリスト、移民専門弁護士に取材し、彼らが今回の不確実な状況とどう向き合い、次に何をしようとしているかについて尋ねた。今回の混乱の中で一つ明らかなのは、新しいルールにより企業が長年依存してきた外国人人材の採用が大幅に高コスト化するということだ。
9月19日夜のビッグテックの混乱
アカッシュ・ハザリカ(Akaash Hazarika)のトロントでの休暇は、9月19日夜に500ドル(約7万3900円、1ドル=148円換算)の航空券を必死で確保してアメリカへ帰る騒動で幕を閉じた。この29歳のセールスフォースのエンジニアは旅行を短縮し、午前6時発、ワシントン州ベルビュー行きの便に駆け込んだ。ハザリカに選択肢はなかった。セールスフォースから「24時間以内にアメリカへ帰国せよ」との警告メールが届いていたのだ。
「ストレスがすごかったです。一睡もできませんでした。『もしアメリカ国外で足止めされたらどうなるだろう?』とずっと考えていました」とハザリカはBusiness Insiderに語った。
2024会計年度に5500件以上のH-1Bビザを申請したマイクロソフトでは、大統領令発令直後に混乱が生じた。匿名を条件に語った社員は言う。
「これはとんでもないことになる。当社が使用するH-1Bビザの数は非常に多く、パートナー企業や請負業者が使用する数も膨大なんです」
トランプ米大統領は、H-1B ビザに 10 万ドルの手数料を課す大統領令に署名した。Demetrius Freeman/The Washington Post via Getty Images
9月19日の夜、マイクロソフトは従業員に警告を発した。Business Insider が入手した社内メモによると、「9月21日午前0時1分(アメリカ東部時間)より、H-1B ステータスでアメリカに入国・再入国するには、申請書に 10 万ドル(約1480万円)の追加料金を支払う必要がある」と記載されていた。既に国内にいる社員には「当面の間アメリカ国内に留まること」、国外にいる従業員には期限までに帰国できるよう「可能な限りの措置を講じること」を勧告した。
匿名を希望するマイクロソフト幹部はBusiness Insiderに対しこう説明した。
「トランプ政権はこの大統領令について基本的には事前通告をせず、全ての人が同時に対応を迫られています。人々は衝撃と混乱に陥いり、不安が広がっている。多くの人が旅行計画をキャンセルしたり、急遽帰国しています」
ウォルマート(Walmart)の上級ソフトウェアエンジニアリングマネージャー、シェリン・サニー(Sherin Sunny)はBusiness Insiderに対し、トランプ大統領の命令発表後36時間はパニックと恐怖に満ちていたと語った。彼はもっと明確な政権からの指示を探し、YouTubeやLinkedIn、ホワイトハウスの公式チャンネルを絶えずチェックしていたという。
グーグルの移民法専門の弁護士たちも命令内容を理解しようと努め、19日の夜を状況を注視していることを従業員に伝えることに費やした。H-1Bビザを所持している従業員に対し、アメリカ国内にいる者は国内に留まるよう、国外にいる者は日曜(21日)午前0時1分までにアメリカへの再入国を最優先するよう指示が出された。米国移民局(United States Citizenship and Immigration Services)のデータによると、2024年にグーグルが従業員向けに申請したH-1Bビザは約5500件に上る。
同社の移民法専門法律事務所のBALがグーグルの社員に送ったメールには「新政策下ではアメリカからの出国により再入国が困難になるか拒否される可能性がある」と記載されていた。期限までに帰国できない可能性のある国外いる社員には、グーグルの社内移民ポータルを通じて連絡するよう指示があった。メモには「困難が生じる可能性があることは理解しており、支援する用意がある」と付け加えられていた。
メタは19日夜、Business Insiderが入手したガイダンスで従業員に対し、今後14日間の渡航計画を見直すか、大統領令発効前にアメリカに戻ることを検討するよう警告している。
アマゾン、ズーム、JPモルガンなど他の多くの企業も従業員に同様の勧告を送っている。
グーグル、セールスフォース、メタはコメントには答えなかった。アマゾンも回答せず、マイクロソフトの広報担当者は「アメリカ政府による昨日の説明は、非常に有益で感謝している」と語った。
スタートアップの腰を折る
大手のテック企業は手数料を支払えるかもしれないが、スタートアップはコスト面で払えないかもしれない。
ベンチャーキャピタル企業メンロ・ベンチャーズ(Menlo Ventureres)のパートナー、ディーディ・ダス(Deedy Das)は、Business Insiderに対し「ビッグテック企業はおそらく抵抗の少ない道、つまり支払う道を選ぶでしょう。スタートアップが最も打撃を受けると思います」
「年間10万ドルの料金はビッグテックには痛くはないが、スタートアップやボディショップ(化粧品やジムなどの店舗)には大打撃だ。この方針は間違いる」と、Yコンビネーターのギャリー・タン(Garry Tan)社長兼CEOは20日にXに投稿した。彼は、アーリーステージの企業がこれほど高額な税金を負担するのは不可能だと主張した。
トランプ大統領は、ハワード・ラトニック商務長官を伴って、ホワイトハウスの大統領執務室で、H1Bビザに10万ドルの手数料を課す大統領令に署名した後、演説を行った。Andrew Harnik/Getty Images
ベンチャーキャピタルや小規模なスタートアップ企業を顧客に抱えるカリフォルニア州パロアルトにあるアルコーン・ロー(Alcorn Law)の創設者、ソフィー・アルコーン(Sophie Alcorn)は、10万ドルの費用が法外だと感じる中小企業やスタートアップは、この変更により大きな打撃を受ける可能性があると述べた。ビッグテックと比べると、こうした大企業では、一部の労働者の費用を吸収できると彼女は述べた。
メンロー・ベンチャーズのダスは、数字を見るだけで、スタートアップ企業が最も影響を受けやすい理由がわかる、とBusiness Insiderに述べている。
「アーリーステージのスタートアップ企業は、基本給として 15 万ドルから 20 万ドル程度しか支払っていないでしょう。15万~20万ドル(約2200万円~2900万円)の予算に10万ドルの手数料を上乗せすると…採用がさらに困難になります」
ロビー・キャピタル(Lobby Capital)の共同創業者であるデイビッド・ホーニック(David Hornik)もその影響はバランスシートの状況を超えていると指摘した。
「H-1Bビザ取得に関するいかなる障壁も、国とスタートアップにとって有害な結果をもたらす」と彼は語り、スタートアップ業界が外国人専門家の知見に大きく依存していることを強調した。
「最高の人材を採用するのに障壁を設けるなら、それは最高の企業を創りだすための障壁を自ら作り出しすことになる」
ホーニックは、アメリカ人を採用しようとするのに問題に直面したことは一度もないと指摘。スタートアップは場所を問わず最良の人材を求めている。米国移民規則がこうした人材の受け入れを過度に困難にするなら、スタートアップはアメリカでチームを構築する代わりに、国境を越えてチームを分散させ海外で人材を採用するほかないだろうと述べた。
「単に仕事をバンクーバーに移すだけだ」
10万ドルの費用は単なるコストの問題ではない。雇用をアメリカから完全に押し出してしまうリスクがある。
ニューヨークで法律事務所、ラバー・グループ(Rahbar Group)を設立した雇用専門の弁護士であるピーター・ラバー(Peter Rahbar)はBusiness Insiderに対し、テック業界の大手企業でさえこの費用が採用を阻害する可能性があると指摘。現行制度が維持されれば、大企業は人材が豊富な海外へ業務を移すだろうと述べた。
マイクロソフト幹部はBusiness Insiderに対し、移民に関する法律がもっと友好的であるカナダへ従業員を移す選択肢があると明かした。
「アメリカは10万ドルを得られないだけでなく、移民1人あたり年間10万ドルの連邦・州税収を失うだろう。アメリカに純粋に増える雇用はゼロになる。バンクーバーに仕事を移すだけだ」
あるグーグルのマネジャーは、同社の一部部門では既に多くの職務をオフショア化しており、メキシコやインドなどで採用を進めていると指摘し、大統領令はそうした動きを加速させるだけだと述べた。別のグーグル社員は「当社のような巨大企業なら、海外での採用を増やすだけだろう」と語った。
アメリカの大手テック企業は既に、ベイエリアやニューヨークといった従来の拠点以外へ拡大を進め、バンクーバー、メキシコシティ、バンガロールにオフィスを設置している。関係者によれば、この大統領令はそうした動きをさらに加速させる理由を与えるだけだという。
ダスも、大手のテック企業が世界各国のオフィス拡大を継続するとの見解に同意する。
「これは彼らがその動きを加速し続けるための追加的なインセンティブになる」
オースティンの移民専門の弁護士ジェイソン・フィンケルマン(Jason Finkelman)は、15年以上企業に就労ビザ取得のためにアドバイスをしてきた経験から、この大統領令はほぼ確実に法廷で争われることになるとBusiness Insiderに語った。大統領には大統領令発令の広い裁量権があるものの、H-1Bビザ申請に10万ドルを課す根拠は法的に明確ではないと指摘する。
「大統領令は極めて大まかに『米国人の雇用を守るため』と述べているだけです。でも、それだけでは不十分です」(フィンケルマン)
フィンケルマンは、個人起業家から大手テック企業まで幅広い雇用主からの訴訟を予測している。仮に最終的に大統領令が覆されたとしても、既にみられる兆候は長期的な悪影響を及ぼす可能性があると警告した。
「発表の瞬間にすでに悪影響を及ぼしている」と彼は語った。

ウォール街を不安に陥れるトランプ政権の移民政策。M&Aから採用、出張まで…変化はすでに起きている | Business Insider Japan

泣き出す学生、沈黙するSNS…トランプ再登場で揺れるアメリカ。日本人留学生が感じた温度差 | Business Insider Japan

WACOCA: People, Life, Style.