エッセイの執筆に全国をめぐる絵本ライブ、そして郷里の富山では文学館の館長。スクリーンを飛び出し続ける女優・室井滋。富山のまんぷくパラダイスに、感動の霊山、まじめすぎて◯◯がない県民性まで、しげちゃん劇場のはじまりはじまり〜。

室井 滋

むろい しげる/富山県生まれ。早稲田大学在学中に映画『風の歌を聴け』でデビュー以降、多くの映画賞、芸能賞を受賞。映画『ぶぶ漬けどうどす』(2025/冨永昌敬監督)や『大コメ騒動』(2021/本木克英監督)などに出演。エッセイ『ゆうべのヒミツ』(小学館)ほか著書多数。2023年4月から富山県立の『高志の国 文学館』館長に就任。
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「私、いまが一番、富山のおいしいものをたくさん食べてるかも!?」と室井さん。2023年4月から『高志(こし)の国 文学館』の館長に就任、なんと月の3分の1は富山で過ごす“富山県民”なのです。まずは、富山のおすすめまんぷく名物からうかがいましょう。

室井 富山はいま「すし県」で推しているんですよ。富山駅前の回転寿司は早朝から営業していて、「寿司モーニング」が食べられますし、名物のます寿司は、いろいろな店の食べ比べができるランチを「ホテルJALシティ富山」でやっています。ます寿司って一つ一つこんなに違うの!?と驚きと発見がありますよ。

続いて昆布締め。富山ではなんでも昆布で締めます。白身魚はもちろん、わらびにぜんまい、すす竹などの山菜も。私が好きなのは飛騨牛とか氷見(ひみ)牛の赤身。ミョウガやわけぎを入れて、ショウガポン酢で食べるの。夏のキャンプはこれとビールがあればもう最高〜。

室井さんが通う『寿司栄 掛尾店』は2025年4月にリニューアル。アカイカとムラサキウニのキャビアのせ。室井さんが通う『寿司栄 掛尾店』は2025年4月にリニューアル。アカイカとムラサキウニのキャビアのせ。
のどぐろの飯蒸し。のどぐろの飯蒸し。

室井 でも、東京にいて一番恋しくなるのは、おばあちゃんが作ってくれたような、むかしながらの田舎料理かな。黒部市にご夫婦でやっている小さな食堂があって、素朴な煮物やけんちんのおそばなんかがすっごく上手。

やっぱり魚介や山菜、いろんなもので取るお出汁がおいしいんですよ。こんな調子ですから、富山では食欲が大爆発。東京にいる間はとにかく節制、節制です。

——“きときと(新鮮)”の魚や山の幸が食べたくなりました。

室井 でも私ね、子どものときはお魚なんか生臭いし大嫌いだったんですよ。「夕飯は魚だよ」と言われたら、普通は焼き魚かお刺身を想像するでしょ?

富山ではお味噌汁の具もタラだったり、酢の物も魚介だったり、とにかく魚づくしの食卓なんです。もっとハイカラなお料理が食べたーいっていつも思っていました。

物心がつく頃になると、屏風状にそそり立つ立山連峰の向こうには何があるんだろう、行ってみたいと思うようになるんです。

東京の大学に進学し、だんだんお酒も飲むようになり、安いチェーン居酒屋に行くでしょ。するとペラペラのお刺身が出てくる。それでもありがたく食べるんです。

そうして休みに富山に帰ると、魚もお米も気絶しそうなぐらいおいしい。ここはパラダイスだったんだと、初めて故郷のよさがわかるんです。

——パラダイス〜!

室井 感動するのは、食べ物だけじゃなくて、例えば滑川(なめりかわ)のホタルイカ漁。夜明け前に漁師さんが定置網を引き揚げるんだけど、本当にきれい。まるで竜宮城からエメラルド色に光る宝石箱が、ぐわあっと浮かんでくるようなの。

自然の美しさでいうと、黒部峡谷トロッコ電車のナレーションを担当しているんですが、峡谷もまた、乗るたびに違う表情を見せてくれる。何度も行きたくなります。

もつ煮込みうどんで知られる『糸庄本店』は常に大行列。「富山駅前にあるこちらの自販機もすぐに完売……」。もつ煮込みうどんで知られる『糸庄本店』は常に大行列。「富山駅前にあるこちらの自販機もすぐに完売……」。
日本一深いV字峡谷を堪能できる黒部峡谷トロッコ電車。清々しい風を感じながら猫又まで。日本一深いV字峡谷を堪能できる黒部峡谷トロッコ電車。清々しい風を感じながら猫又まで。

——富山はミュージアム・パラダイスでもあるそうですね。

室井 そうなんです。県内にはとにかく多くの美術館・博物館があるんです。『水墨美術館』や『ガラス美術館』、“刀剣女子”が集まる『秋水(しゅうすい)美術館』……。

なかでも私が好きなのは立山信仰を紹介する施設で、地獄や天界を体感できる『立山博物館』。ここはすんごくおもしろい!

——立山信仰とは?

室井 立山は、むかしから登頂すれば極楽往生できるといわれた霊山。でも明治時代までは女人禁制で、男の人しか登れなかったんです。でも女の人も立山を拝みたい。

そこで、江戸時代に「布橋灌頂会(ぬのばしかんじょうえ)」という儀式ができたんです。

立山が見える場所に御堂を造って、3年に一回、女の人は目隠しをして、白装束で朱塗りの布橋を渡るんです。橋はこの世とあの世の境目。御堂で最後に雅楽を聴き目隠しを取ったら、大きな戸が開いていて、立山連峰が見えるんです。

私も一度テレビのロケで参加したんですが、御堂に入った瞬間、なぜかもう、泣けて泣けてしょうがないの。なんだろう、自分でもよくわからないんだけど、胸に込み上げてくるものがありました。

かつて立山への登拝が許されなかった女性が橋を渡り、極楽浄土を願う「布橋灌頂会」。次回は2026年に開催される(写真=布橋灌頂会実行委員会)。かつて立山への登拝が許されなかった女性が橋を渡り、極楽浄土を願う「布橋灌頂会」。次回は2026年に開催される(写真=布橋灌頂会実行委員会)。

——大自然にアートに霊山。富山には何もかもがありますね。

室井 あ、でも風俗は私が知る限りないです。富山の人はまじめだから、根づかないの(笑)。

むかし、東京から遊びに来たお客さんと氷見にブリを食べに行こうと大きなホテルを予約したんです。ホテルに着いたらエレベーターに「ストリップ上演」とチラシが貼ってあり、「富山ながに!?」って、みんなでびっくりして宴会場に見に行ったんですよ。

そうしたらステージに外国人の男女が出てきて、男の人はトム・ジョーンズかなんかを歌いながら少しだけ脱いで、トランクスとランニング姿になったの。

女の人は全部脱ぐのかなと思ったら、水着みたいな格好で同じところをくねくねしながら、ムチでペシンペシン床を叩いているんです。

それで結局、謎の歌と怪しげなくねくねダンスだけで終わったの!

翌朝、仲居さんに「あれはストリップじゃないですよね?」って言ったら、申し訳なさそうに「最初は、全部脱いどられたんやけど、やめてもらいました……」って。

やっぱり富山県にストリップは合わなかった〜!

——富山のみなさんは、いつからまじめなのでしょう?

室井 ずっとじゃないかしら? 県立高校では、むかしから修学旅行もありませんから。進学や就職がある大事な時に不純異性交遊とか、問題が起きてはいけないって。

その代わり、中学ではしっかりとした修学旅行があって、私の時は奈良、京都、箱根、東京で10日ほど。ただし旅行前には校庭に白線でバスの座席を書いて、ピ!って先生が笛を吹いたら、すみやかにバスを乗降する練習をします。

小学校の高学年は立山登山をしますが、この時も階段で登山練習。「疲れたちゅうても帰ってこれんがよ!」なんて言われながら「ヤッホー」と声をかけ合う(笑)。

——どこまでもまじめひと筋!

室井 まじめすぎるせいか、人見知りで引っ込み思案な人が多いんです。私もむかしは膝を抱えているようなタイプでしたから。その分、富山の人は富山の人が大好き。

東京で道を歩いていると、肩を叩かれ「室井さん、私も富山ながですよ」って、しょっちゅう声をかけられます。「あら、そうですか〜」って知らない人と挨拶したりして(笑)。

最近は富山駅からタクシーで文学館に向かうとき、運転手さんが「館長おかえりなさい。こないだの池波正太郎展、行きましたよ」なんて言ってくれるんです。県民同士、安心するしうれしいです。

富山市の中心部に立つ『高志の国 文学館』。「わが文学館の大書架で〜す。カッコイイでしょ!」。富山市の中心部に立つ『高志の国 文学館』。「わが文学館の大書架で〜す。カッコイイでしょ!」。

——富山に限らず、絵本ライブやロケで全国を回られていますが、不思議体験が結構あるとか?

室井 妙なことが起こりやすいんです。メイクのかなちゃんと一緒に知多半島に行ったときも、宿の部屋の鍵が曲がったり、変だったよねぇ?(メイクさんうなずく)

怖いから寝るときもテレビをつけっぱなしにしようと思って、テニスの試合をやっていたので、布団の中で見ながら眠り始めたんです。そうしたら夜中に「あんあんうんうん」変な声が聞こえてきて。

なんだろうと思ったら、男女が絡み合った映像がテレビから流れてるんです。テニスがなぜ!?

有料チャンネルだから、カウントされてるのも気になって。

「あのオバサン、仕事で来たくせに、こんなの見て」って宿の人はきっと思ってる。リモコンは離れたところにあって、私は押していないのに……。

そうしたら後日、誰かが「壁が薄くて隣室のリモコンセンサーがそっちに飛んだんじゃない」って。怖いからもう、そういうことにしちゃおう!と。

——気持ちを明るく切り替えたんですね。

室井 そう。でも、不思議なことで、いいこともあるんですよ。お腹がすくと、私の体が金色に光るってマネージャーが言うんです。

光るだけじゃなく、ある時、飛行機に乗ろうとしたら、金属は何もつけてないのに探知機が鳴って入れない。何を脱いでもダメ。「わからないから、もう行ってください」と言われて……。

思えばそのとき、仕事に全集中力を向けていたので、何も食べてなかったんです。帰りは仕事でエネルギーを放出し、お腹も満たされていたせいか、なんともなく。

こういう不思議な出来事は、きっと何かお知らせをいただいているんだって思っています。

——ちなみに、知多半島の宿で室井さんの隣室は、メイクさんだったそうです。「有料チャンネルは見ていない」と(笑)。

室井 あ! そうだ。わははは。ごめん。じゃああれは一体……!?

聞き手=くればやしよしえ 撮影=千倉志野
ヘアメイク=島貫香菜子(MARVEE)
『旅の手帖』2025年9月号より

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