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2025.08.27


欧州経済

フランス経済


フランス首相の危険な賭け
~9月8日に内閣信任投票実施へ~



田中 理



要旨

フランスでは秋の予算審議の本格化を前に、バイル首相が9月8日に内閣信任投票を行うことを決断した。2月には社会党が投票を棄権することで、内閣不信任案を乗り切ったバイル首相だが、今回の投票を乗り切るには、社会党の投票棄権では足らず、政権支持が必要になる。バイル首相が掲げる政策方針に社会党は反対しており、このまま首相辞任に追い込まれる可能性が高い。

その場合、マクロン大統領が取り得る選択肢は3つある。1つめは、現在と同じ中道勢力から新たな首相を指名する。この場合、バイル政権同様に、社会党の支持を得られるかが政権存続の鍵を握る。2つめは、社会党から後継首相を指名する。この場合、共和党が政権支持を取り下げ、別の左派政党が政権を支えることになる。財政悪化が懸念され、フランスの国債利回り上昇や格下げのリスクが高まる。3つめは、議会の解散・総選挙で政治膠着の打開を目指す。この場合、極右が最大勢力となるが、単独での過半数獲得は難しい。マクロン大統領が極右から首相を指名するとは限らない。極右、中道、左派による三つ巴の状況に変わりがなく、政治膠着が続くことになる。マクロン大統領の辞任要求につながる恐れもある。


フランスのバイル首相は25日、夏季休暇明けの議会の再開に合わせて、9月8日に議会で施政方針演説を行い、その後に憲法49条1項に基づく内閣信任投票を行う方針を表明した。政府が7月に発表した来年度の予算案に対しては、野党勢が揃って反発しており、秋に本格化する予算協議は難航が予想されていた。マクロン大統領を支持する中道勢力は議会の過半数の議席を持たず、通常の立法手続きでは議会で予算案を通すことが難しい(図表1)。前任者のバルニエ首相は49条3項に基づく特別な立法手続きを用いて、議会採決を迂回する形での予算成立を目指したが、内閣不信任案が可決され、昨年12月に退陣に追い込まれた。後を継いだバイル首相は、野党勢が提起した49条2項に基づく内閣不信任案を乗り切り、2月には社会党が投票を棄権することで、今年度予算の成立に漕ぎ着けた。来年度の予算審議では、野党勢の一部を切り崩したうえで、最終局面で49条3項を使うのではないかとみられていた。だが、首相は予算協議に先駆けて政府予算案に対する賛成の是非を内閣信任投票で問うことを決めた。

図表1図表1

これらは一見似通ったプロセスにみえるが、今回首相が用いる49条1項の内閣信任投票は、同条2項や3項に基づく内閣不信任投票と比べて、政権存続のハードルが高い。同条1項の投票では、棄権票も投票総数に含めたうえで過半数の信任を得る必要があるのに対して、同条2項と3項の投票では、棄権票を投票総数から除外したうえで過半数の信任を得ればよい。2月の今年度予算成立時のように、社会党が投票を棄権するだけでは、政権は存続できない。バイル首相が内閣信任投票の方針を打ち出した後、既に多くの野党が政権を信任しないことを明言している。政権存続の鍵を握る社会党を率いるフォール党首も、同党が政権を支えることは想像がつかないと発言している。マクロン大統領の年金改革を修正せず、多くの歳出削減案を盛り込んだ政府予算案に、社会党が投票棄権ならいざ知らず、積極的に支持することは難しい。バイル首相の賭けは失敗に終わり、首相退陣に追い込まれる可能性が高い。その場合にマクロン大統領が取り得る選択肢は3つある。
1つめの選択肢は、前回同様に自身を支える中道勢力の中から後継首相を指名する。新首相は脆弱な議会基盤を引き継ぐことになり、首相就任時や法案審議の度に内閣不信任投票に晒されることになる。バイル首相同様に社会党の協力を取り付けられるかが政権存続の鍵を握る(図表2)。綱渡りの政権運営が続くことになるだろう。

図表2図表2

2つめの選択肢は、社会党の協力を取り付けるため、社会党から後継首相を指名する。この場合、現在マクロン大統領を支える共和党などが政権支持取り下げる可能性がある。マクロン大統領が中道政党を旗揚げする以前、フランス政界は左派の社会党と右派の共和党の二大政党を軸に動いていた。長年のライバル関係の両党が手を組んだ例は、大統領と首相の出身政党が異なる“ねじれ(コアビタシオン)”の時以外にない。共和党が政権支持を取りやめる代わりに、現野党の他の左派政党が政権支持に回ることも考えられる。左派と中道主体の政権が誕生し、財政運営は大幅に修正され、財政再建が遅れるとの見方から、フランスの国債利回りの更なる上昇や格下げのリスクが高まる。既に脆弱な議会基盤で財政再建が進まないとの見方から、フランスの国債利回りには上昇圧力が及んでおり、イタリアやギリシャと同水準にある(図表3)。

図表3図表3

3つめの選択肢は、膠着する政治環境を打開するため、国民議会(下院)の解散・総選挙を行うことも考えられる。フランスの憲法は前回の選挙から1年以内の再選挙を禁止している。欧州議会選挙後にマクロン大統領が決断した昨年6・7月の選挙から1年が経過し、新たな選挙ができる。再選挙となれば、極右政権誕生への不安から、フランス関連資産の売り圧力が高まろう。だが、再選挙となった場合も、政治膠着が解消するとは限らない。最近の世論調査では、大統領を支持する中道勢力や、前回選挙で最大勢力となった野党の左派勢力が支持を落とす一方、政権奪取の機会を窺う極右政党が支持を伸ばしている(図表4)。マクロン大統領は前回総選挙後に最大勢力となった左派会派から首相を選ぶことを拒否した。極右が最大勢力となった場合も、マクロン大統領が極右から首相を指名するとは限らない。議会構成がやや変わるが、現在同様に、極右、中道、左派が三つ巴の状況が変わらず、再選挙後も政治膠着が続く可能性がある。政治膠着を招いた責任を問われ、マクロン大統領に対する辞任要求も高まるかもしれない。

図表4図表4

その場合、2027年に予定されている大統領選挙の前倒しという4つめの選択肢が浮上する可能性もある。前倒し選挙のタイミング次第では、公職停止の控訴審判決の結果を待つルペン前党首の大統領選挙への出馬は難しくなり、バルデラ党首が極右の大統領候補となる。大統領選挙の世論調査では、バルデラ氏が最多の支持を得るが、単独過半数には届かず、上位2名による決選投票が行われる可能性が高い(図表5)。決選投票に進む残り1名は、フィリップ元首相が中道勢力の大統領候補となる場合、そのままフィリップ氏が、アタル元首相が中道勢力の大統領候補となる場合、共和党の党首に選出されたルタイヨ内相となる可能性がある。世論調査の結果を信じる限り、フィリップ・ルタイヨ両氏ともに、決選投票で反極右票を集めて、逆転勝利を収めることになる。極左のメランション候補や社会党が推す可能性があるグリュックスマン氏が決選投票に進出する場合、バルデラ氏が勝利する可能性が高まる。

図表5図表5

以上



田中 理

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