PayPayは9月下旬に「海外支払いモード」を開始すると発表した。日本人旅行者が韓国に滞在中、PayPayを普段通りに利用できるようになる「アウトバウンド」の取り組みとしている。
インバウンド事業で拡大するPayPayの取り組み
PayPayはこれまで、海外からの訪日観光客向けの「インバウンド」事業に注力してきた。2018年の中国Alipayとの連携を皮切りに、コロナ禍を経て2020年にはカカオペイを導入するなど、連携数を飛躍的に拡大。
現在ではAlipay+やHIVEXを通じて14カ国26サービスと連携しており、訪日外国人の約78%をカバーしている。
インバウンド事業の成功要因として、PayPayの柳瀬将良氏は、現地アプリ内での「PayPay加盟店で使える」というマーケティング活動、日本到着時に自動で日本モードに切り替わるUI/UX、そしてインバウンド需要を取り込みたい加盟店との協力による施策実施を挙げた。
PayPay 執行役員 金融事業統括本部 金融戦略本部 本部長
UI/UXの面では、日本語が分からなくても「PayPayでお願いします」という音声を再生できる機能や、決済完了時に鳴るPayPayの音、決済完了画面を日本語と現地語で表示する仕組みなどが工夫されている。
韓国で広がる「海外支払いモード」 屋台から百貨店まで安心決済
こうしたインバウンドでの学びを活かし、アウトバウンドサービス「海外支払いモード」が構築された。
韓国に到着すると、PayPayアプリは自動的に「海外支払いモード」に切り替わる。トップ画面には為替レートが表示され、現地通貨建ての金額が日本円でいくらになるかを一目で確認できる。
決済は日本国内と同様にバーコードやQRコードで可能。韓国語が分からなくても「Alipayで支払いをお願いします」と現地語で表示する機能が用意されている。決済完了時にはPayPayの音が鳴り、完了画面は日本円と韓国ウォンの両方で表示される。PayPayステップによる還元が適用され、わりかん機能も利用できる。
利用できる店舗は、アライアンスパートナーであるAlipay+加盟店で、200万以上の場所が対象。セブン-イレブン、CU、GS25などのコンビニ、メガコーヒーやパリスバケットといったカフェ、オリーブヤング、ロッテマート、ダイソーなどのショッピング施設、ロッテや新世界、現代といった百貨店、ロッテワールドなどのレジャー施設、さらにはソウル市内のタクシーでも使える。特に、クレジットカードが使えない明洞の屋台でもQRコード決済ができる点が強調された。
セキュリティ面では、本人確認(eKEY)を済ませたユーザーのみが利用可能。クレジットカードのようにスキミングの心配がなく、個人を特定できる情報を海外の店舗に提供することもない。さらに、24時間365日のリアルタイムモニタリングにより、国内利用と同等のセキュリティが確保されているという。
質疑応答
――海外利用における上限や1日の利用回数、オフラインモードなど、日本と比べての制約や違いはあるか。
柳瀬氏
通常PayPayをご利用いただいている方には、国内と大きく変わらない条件を設定しています。一部の違いはありますが、現時点では詳細をお伝えできないため後日発表いたします。
また、オフラインモードはまだ対応していませんが、将来的には実現を目指しています。
――海外での利用時に対応しているネットワークは。
柳瀬氏
日本の携帯会社の国際ローミング、現地のWi-Fi、eSIMに対応しています。ただしeSIMでは、韓国滞在中でも通信経路が韓国以外になる場合があり、その際は韓国モードが動作しないことがあります。日本のキャリアのローミング利用が最も安心です。
――韓国でPayPayが使えるのはオンラインサービスも対象か。
柳瀬氏
現時点ではオフラインサービスのみです。技術的にハードルが低いオフラインから開始しましたが、将来的にはオンライン対応も検討しています。
――今回のビジネスモデルはどのように考えているか。
柳瀬氏
現段階ではオフライン決済に限定されるため、ビジネスモデルは決済手数料となります。今後はオンラインや他サービスとの連携も検討しています。
――海外での決済手数料は何パーセントか。
柳瀬氏
3.85%が為替レートに組み込まれており、PayPayカードの海外利用手数料と同じです。国内両替所での両替より安く、またクレジットカードよりも事前に為替レートを確認できる点が利点と考えています。
――為替レートはどのように設定されるのか。
柳瀬氏
為替レートは日次で更新され、その時点のレートが適用されます。
――なぜ韓国を最初に選んだのか。今後の展開予定は。
柳瀬氏
韓国は2024年時点で日本人が最も多く渡航している国であり、キャッシュレス化も進んでいるため導入しやすいと判断しました。今後の展開は検討中ですが、日本人観光客に人気の国を優先したいと考えています。
――韓国ではクレジットカードも使えるため、QR決済が必須の国を優先すべきではなかったか。
柳瀬氏
クレジットカードを持ちたくない方や使えない方もいます。そのため、現金や両替の手間を省けるモバイル決済に価値があると考えています。日本人渡航者が最も多い韓国から始め、今後は他の国にも拡大していきます。
――LINE Payが対応していた台湾やタイなどは検討しなかったのか。
柳瀬氏
順番として韓国を先に選んだという経緯です。今後は台湾やタイ、シンガポールなど、日本人旅行者に人気のある国から対応を広げたいと考えています。
――日本以外の国で事業展開を進める予定はあるか。
柳瀬氏
現時点では日本国内のキャッシュレス推進に注力しています。韓国はキャッシュレス比率が94%ですが、日本はまだ44%程度にとどまっており、国内でやるべきことが多いと考えています。今回の海外対応も、国内キャッシュレス推進の延長線上に位置づけています。
――アウトバウンドに対応する狙いは。
柳瀬氏
PayPayを国内のオフライン、オンライン、請求書払いに加え、海外でもシームレスに利用できるようにすることが目的です。旅行時のクレジットカード利用や両替の手間を省きたいという考えが出発点にありました。
――海外展開の意義について、人口減少による国内市場縮小への対応も視野にあるのか。
柳瀬氏
あくまでキャッシュレスの普及が目的であり、その一環として海外利用があります。モバイル決済なら金額を即時に確認でき、言語が通じなくても支払いができる点が旅行者の安心につながると考えています。
――JPQR Globalとの関係は。
柳瀬氏
今回の取り組みはJPQR Globalとは別です。PayPayはAlipay+やHIVEXに接続しています。JPQR Globalはカンボジアやインドネシアで展開されていますが、日本人旅行者が多い韓国を優先しました。
――Alipay+対応国はすべてターゲットになるのか。他ネットワークとの連携は。
柳瀬氏
Alipay+やHIVEXと既に提携しているため、そこから拡大するのが自然です。日本人渡航先として多い国を優先しつつ、他の決済サービスとの連携も視野に入れています。
――現地での加盟店開拓は考えていないのか。
柳瀬氏
海外で展開するには法人設立やライセンス取得が必要となるため、現地での直接展開は現時点の戦略に含まれていません。
――非決済サービスを海外で展開する考えは。
柳瀬氏
基本は決済レイヤーの提供に注力しますが、国内でもミニアプリでUber Eatsなどが連携しているように、旅行チケットやホテル予約、eSIM購入など、パートナーとの連携は視野に入れています。韓国での取り組みをきっかけに、グローバルな事業者との協業も検討したいです。
――アウトバウンドがこのタイミングになった理由は。
柳瀬氏
インバウンドはオリンピック需要などで早期に必要とされましたが、アウトバウンドはコロナ禍で需要が激減し、回復が遅れていました。そのため今回のタイミングでの開始となりました。
――インバウンドとアウトバウンドで技術的な難易度に差はあるか。
柳瀬氏
大きな差はなく、基本的には「やるかやらないか」の問題です。ただし、本人確認済みユーザーを前提とすることや、海外加盟店に個人情報を渡さない仕組みづくりには時間を要しました。
囲み取材囲み取材に対応する柳瀬氏
――今回の取り組みは、ユーザーの利便性向上とビジネスとしての収益性、どちらをより重視していますか。
柳瀬氏
ユーザーの利便性の方が大きいと考えています。インバウンド事業を通じて「こんなに便利に使えるんだ」と感じる一方で、PayPayのユーザーに同じ体験を提供できていなかったのが悔しかったからです。
もちろんビジネスとして成功させ、収益性も確保し、現地パートナーも収益を得られるように設計することは非常に重要です。手数料が高くなるような世界にはしたくないと考えています。ぜひ使っていただき、厳しいご意見もいただきたいです。
――アプリが海外で立ち上がらない、使えないといった問題があったが。
柳瀬氏
これまでは日本国内向けのサービスに閉じていたため、海外からサーバーにアクセス可能にするにはセキュリティの穴を開けることになってしまいます。我々はグローバル規模の基盤を持っていないため、韓国で使えるようになるのは、セキュリティ面をしっかり整えた結果です。
――今回の韓国でのサービスで、どのくらいの決済額を想定していますか。
柳瀬氏
日本人の海外消費に関する統計データは少ないですが、1回の旅行で平均7万円程度を使うと想定しています。そのうち約10%をPayPayで決済していただければと考えています。
――200万店舗のうち、ストアスキャン方式(CPM)とユーザースキャン方式(MPM)の比率は。
柳瀬氏
圧倒的に多いのは「zero pay」のMPMです。約170万店舗を占めています。CPMはコンビニや百貨店などで、日本と同じ状況です。
――海外事業の展開はいつ頃から検討されていたのですか。
柳瀬氏
2018年にPayPayがローンチした時から構想はありましたが、様々な要因で実現できませんでした。
――当初の想定より時間がかかった印象ですか。
柳瀬氏
日本でキャッシュレスを普及させてきて、ようやく次のユースケースを増やす段階になりました。海外旅行は全員が行くわけではなく、限定的なサービスとなります。ユーザーデータを現地に渡さず、不正利用から守る仕組みを実現するのに時間がかかりました。
――コロナ禍によって海外事業の優先順位は下がったのでしょうか。
柳瀬氏
渡航者が大幅に減ったため、サービス提供の優先度も下がりました。渡航需要が戻れば優先度は上がります。
――不正利用保証は国内と同様に適用されますか。
柳瀬氏
はい、国内と同じです。
――現地加盟店にとってPayPay導入のデメリットはありますか。
柳瀬氏
ありません。韓国で使われている既存の決済サービスに加わるだけなのでコスト増はありません。
クレジットカードと同様にブランド料は発生しますが、その裏では不正防止やセキュリティのコストが含まれています。PayPayは国内でも不正利用を抑えてきたため、事業者間の手数料も抑えられています。
――為替手数料の中に含まれる3.85%分はPayPayの収益になるのですか。
柳瀬氏
はい、ユーザーにご負担いただく手数料の一部として、PayPayの収益となります。
――韓国から開始した背景に、LINEやNAVERの支援はありますか。
柳瀬氏
いいえ、全くありません。PayPayはインデペンデントカンパニー(独立した会社)です。
――これまで決済サービスが海外展開できなかった最大の理由は。
柳瀬氏
セキュリティが大きな要因です。さらに現地パートナーと連携して事業を進める必要があります。現在は7000万ユーザー、うち3600万が本人確認済みであるため、現地事業者にも話を聞いてもらいやすい状況になりました。
――他社も追随して海外対応を進める可能性はありますか。
柳瀬氏
もちろん参入していただきたいです。PayPayが独占しているわけではありません。
むしろAlipay+から見ると我々は後発であり、日本のQRコード決済が海外で使えないことは長らく指摘されてきました。
――JPQR Globalが韓国や中国に対応した場合、PayPayも参加する可能性は。
柳瀬氏
現状では難しいです。ビジネスモデルやデータ連携の方向性が異なるため、安心して使える仕組みと収益性の両立が確保されなければ接続はできません。
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