
ドル/円相場の膠着(こうちゃく)状態が続いている。過去1カ月間のドル/円相場は146―149円の2%のレンジ内で上下動している。佐々木融氏のコラム。2022年6月撮影(2025年 ロイター/Florence Lo)
[東京 12日] – ドル/円相場の膠着(こうちゃく)状態が続いている。過去1カ月間のドル/円相場は146―149円の2%のレンジ内で上下動している。この間、主要通貨の中で、円は7位、ドルは8位のパフォーマンスとなっており、円もドルも弱いことによりドル/円相場のレンジが狭くなっていることが分かる。
円もドルも弱い状況をより良く示しているのは金の価格である。金の価格は円建てでもドル建てでも史上最高値を超えて勢いよく上昇している。時折、「金の価格はどこまで上昇するのか」「こんな高値でも少しずつ金投資をしていくべきか」との質問を受ける。筆者は日米双方の金融政策や中央銀行を巡る環境を考えれば、金の価格はまだまだ大きく上昇すると考えている。
それは金の価値が上がると考えているからではなく、紙幣の価値が下がると考えているからだ。金の価格が上昇しているのは、それと交換する紙幣の価値が下がっていることを意味する。近年のように中央銀行の独立性が脅かされて、紙幣が政治的意図で増発されやすくなったり、金利も政治家がコントロールしようとしたりすれば、紙幣の価値が下がるのは避けられないだろう。紙幣はしょせん紙切れなので、刷ればするほど価値は下がっていく。
そんな中、来週は日米双方の金融政策決定会合が開催される。雇用者数の伸びが鈍化していることを受け、米連邦準備理事会(FRB)が25ベーシスポイント(bp)の利下げを行う可能性は高そうだ。もっとも、注目は連邦公開市場委員会(FOMC)委員の先行きの政策金利見通し(いわゆるドットチャート)の変化やパウエルFRB議長の記者会見となるだろう。先物市場は既に来週25bp以上の利下げを織り込んでいるほか、年内3回のFOMCで毎回25bpの利下げが行われることをほぼ織り込んでいる。さらには来年末までに合計150bp程度の利下げを織り込んでおり、こうした織り込みに変化がでるかどうかが、米金利にとっては重要だろう。
昨年9月にFRBが利下げを開始した際も先行きの利下げ期待が大きかったが、パウエル氏の記者会見の内容や、その後の米経済指標が堅調だったことを受けて、結局利下げ開始の前後が米長期金利とドルの底値となった。その後年末に向けてFRBは合計100bpも利下げを行ったが、米長期金利もドルも上昇基調をたどった。
ドル/円相場に対する影響に関しても不透明感が強い。最近日米金利差とドル/円相場の相関関係は完全に崩れている。過去1カ月間、日米10年国債金利差も2年国債金利差も縮小傾向を辿り、どちらも約3年ぶりの小さな金利差となっている。しかし、ドル/円相場はそれに全く反応せずレンジ内の取引を続けている。筆者は、来週は25bpの利下げが行われる一方、パウエルFRB議長の記者会見は追加利下げには慎重なスタンスをとってタカ派的と捉えられる内容となり、昨年9月以降と同様FRBの利下げをきっかけに米長期金利が反転上昇し、米ドルも買い戻され始めるのではないかと予想している。
FOMCメンバーを巡る政治的な圧力にも注目だ。米連邦地裁はトランプ大統領によるクック理事の解任について一時差し止めを言い渡した。しかしFRBに対するトランプ政権による圧力は続くと考えられ、経済のファンダメンタルズを無視した利下げ圧力が続く可能性は高い。
しかし政治的圧力によって遂行される金融政策への評価はマーケットが下すものであり、トランプ政権はそうしたマーケットの声を尊重せざるを得なくなるだろう。失業率が低水準で推移し、インフレ率も高止まる中で強引に利下げを続ければ、ドルという紙幣の価値は下落していく。つまり、ドル建て金価格が既に示している通り、様々なモノやサービスの価格が上昇する。インフレ圧力が高まっていけば、長期金利は上昇することになる。
トランプ政権がFRBに利下げ圧力をかけているのは、肥大化した債務に対する利払い負担を下げたいからだ。経済のファンダメンタルズに反してFRBに利下げ圧力をかけ、トランプ氏から送り込まれた理事を中心に実際に利下げが進められれば、トランプ政権が当初もくろんでいた方向とは逆の結果となるだろう。
来週は日銀も金融政策決定会合を行うが、こちらは政策金利を据え置く可能性が高いと考えている。少なくとも自民党総裁選挙が行われるまで政治的空白期間となり、「不透明感」が強まる。日経平均株価が史上最高値を更新していることは利上げに追い風となるが、恐らく政策変更を見送ることとなるだろう。
市場は自民党総裁選挙後の連立政権の組み合わせや、補正予算などの動きに注目するだろう。政権基盤が弱ければ弱いほど、拡張的な財政政策が採られ、日銀に対しても利上げをしないようプレッシャーがかかる可能性がある。日本の国債市場も既にそれを見越しており、日本国債の10年金利と30年金利の差は過去最高を大幅に超えて拡大を続けている。
インフレ率が3%台の国なのに政策金利がゼロ%台で、大規模な企業の対外投資は続いている。加えて、米国には関税引き下げの見返りとして約80兆円の投資を行うことも約束した。日本はエネルギーや食料、医薬品といった生活必需品の貿易赤字も膨らみ、デジタル関連のサービスも米国企業に頼っている。
そんな国の通貨の価値が下落を続けるのは避けられないと考えられる。金の価格や日本の国債金利は、こうした展望を裏付けるサインを送り続けている。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*佐々木融氏は、ふくおかフィナンシャルグループのチーフ・ストラテジスト。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。2010年にマネージングディレクター就任、2015年から2023年11月まで同行市場調査本部長。23年12月から現職。著書に「弱い日本の強い円」、「ビッグマックと弱い円ができるまで」など。
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