Europe Trends
2025.09.10
欧州経済
フランス経済
フランス新首相は大統領の側近
~左派の協力取り付けに暗雲~
田中 理
要旨
辞任に追い込まれたバイル首相に代わり、9日にマクロン大統領が後継首相に指名したのは、自身が旗揚げした中道政党に所属するルコルニュ国防相。新首相は不安定な政権基盤を安定させるため、議会の他勢力との連携を模索するが、野党勢の反応は冷ややかだ。穏健左派の政権協力を取り付けるには、財政政策の軌道修正が不可欠で、財政リスクが高まる恐れがある。政権基盤の強化に失敗すれば、予算協議が行き詰まり、新首相も辞任に追い込まれる。首相辞任が続けば、議会の解散権を持つ大統領が解散・総選挙を求める声を無視することは難しくなる。
政治混乱が続くフランスでは、8日の内閣信任投票の否決でバイル首相が辞任に追い込まれたことを受け、マクロン大統領が9日、ルコルニュ国防相を新首相に指名した。39歳のルコルニュ氏は、2017年にマクロン氏が大統領に就任して以来、全ての内閣で閣僚を歴任してきた唯一の人物で、2022年の大統領選挙でマクロン氏の選対を率いるなど側近の1人とされる。マクロン氏が旗揚げした中道政党・共和国前進(現在のアンサンブル)に合流する以前は、現政権に協力する中道右派の共和党(当時は人民運動連合)に所属していた。マクロン大統領はルコルニュ氏に対して、来年度予算を始めとした重要法案の成立に向けて、まずは議会の他勢力との連携を模索するように指示を出した。ルコルニュ氏は、政権基盤の強化に向けた他党との話し合いを終えた後に、組閣を固める意向とみられる。
だが、ルコルニュ新首相を取り巻く政治環境は前任者と同様に厳しい(図表1)。大統領を支持する中道会派とそれに協力する共和党は、定数577の国民議会(下院)で210議席しか持たない(図表2)。10日と18日には、マクロン大統領が進める政策に反発する大規模な抗議行動やストライキが計画されている。マクロン大統領は、信任投票に先駆けて政権を支える政党党首を集め、中道左派の社会党との協力の可能性を模索するように指示を出したとされる。ルコルニュ氏の首相指名を受けた野党勢の反応は冷ややかだ。新政権が切り崩しを目指す社会党は、「大統領による首相の人選は、社会の正当な怒りと国の制度的な閉塞を招く危険を冒すもので、この選択に留意する。大統領は社会主義者が(政権に)参加しない道を頑なに追及している。社会的、財政的、生態学的な正義がない限り、そして、(国民生活への打撃を緩和する)購買力に対する措置がない限り、同じ原因が同じ結果を引き起こすだろう」との声明を発表した。環境政党・欧州エコロジー=緑の党のトンデリア代表は、「この決定は挑発だ。社会的、環境的、民主的な尊重を欠け、フランス人に対するこの1年で3度目の完全な敬意の欠如であり、良い結果に終わる筈がない」と断じた。共和党のルセール書記長「変革への要求が極めて大きい時に、再び自身の陣営から首相を指名したことを遺憾に思う」と表明した。政権にとりわけ批判的な極左政党・不服従のフランスのメランション氏は、「議会、有権者、政治的良識を蔑ろにした悲しい喜劇に終止符を打つことができるのは、マクロン大統領自身の去就だけだ」との声明を発表し、同日、大統領の弾劾手続きを開始する新たな決議案を提出した。極右政党・国民連合のルペン氏は「大統領はマクロン主義の最後のカートリッジを発射しようとしている。将来の国民議会選挙は避けられない。バルデラ氏が首相と呼ばれるだろう」とSNSで発信した。同党のバルデラ党首も「人物や配役が問題ではなく、実行される政策が問題だ。大統領の忠実な信奉者が8年間続けてきた政策と決別できるのか」と疑問を呈した。
ルコルニュ氏が社会党などの協力を取り付けるには、政策面での大幅な譲歩が必要となる。社会党は8月30日に、富裕層への課税強化を財源に歳出を拡大する独自の予算案を発表した。昨年の国民議会選挙での左派会派の選挙公約と比べて財政拡張の度合いは後退するが、EUの財政規律が求める財政赤字の対GDP比率が3%未満に低下するのは、7月にバイル首相が発表した政府案の2029年から2031年に後ずれする計画だ(図表3)。財政再建の遅れは、国債の格下げや利回り上昇を招く恐れがある。また、社会党の協力を取り付けるため、左派寄りの政策主張を取り込めば、現在、政権に協力する共和党の離反を招く恐れがある。共和党は所属議員の自由投票を認めた8日の内閣信任投票で、13名が不信任に回り、9名が棄権した。政権基盤の強化に失敗すれば、予算成立は困難となる。憲法49条3項に基づく議会採決を迂回する特別な立法手続きを使った場合も、野党勢が内閣不信任案を提起するとみられ、再び首相辞任に追い込まれる恐れがある。国民議会の解散・総選挙を求める声を大統領が無視し続けるのは難しくなる。
各党を取り巻く政治環境が次期政権の延命につながる余地も残る。社会党と不服従のフランスの間の亀裂が広がっており、次の議会選挙で両党が左派会派を結成する可能性は低下している。左派候補の間で票が割れ、社会党が現有議席を失う可能性がある。逆に言えば、政策面での大きな譲歩を勝ち取らずに政権支持に回れば、社会党は次の選挙で大きく議席を失うことになる。社会党の協力取り付けには、財政運営などで相応の軌道修正が必要になる。また、欧州議員時代の公金横領の罪で5年間の公職停止中の国民連合のルペン氏は、控訴審で判決が覆されない限り、次の国民議会選挙や大統領選挙に出馬できない。パリの控訴裁判所は8日、ルペン氏などの公聴会を1月13日から2月12日の間に行うことを発表した。予算協議が大詰めを迎える年末に向けて、新首相を再び辞任に追い込み、マクロン大統領に対して改めて解散・総選挙を迫るかの判断にも影響を及ぼす可能性もある。政権発足の遅れや予算協議の難航で年末の予算成立が難しい場合、ひとまず暫定予算を可決して越年する方法もある。
以上
田中 理
WACOCA: People, Life, Style.