Europe Trends

2024.10.15


欧州経済

フランス経済


フランスの財政再建と国債格付けの行方
~議会基盤の脆弱性、過去の財政再建は失敗~



田中 理



要旨

フランスの新政権が公表した来年度予算案は、2024年に6.1%への拡大が見込まれる財政赤字の対GDP比率を2025年に5%に縮小し、2029年に3%未満を目指す。こうした財政再建計画は、見直し後のEUの財政規律に概ね則ったものとみられるが、脆弱な議会基盤、一時的な増税に依存、成長率の前提が甘い点を考えると、実現可能性は疑わしい。フィッチがフランス国債の格付けアウトルックをネガティブに引き下げたが、今後、実際に格下げされる可能性が高い。


バルニエ首相が率いるフランスの新政権は10日、政権発足の遅れでずれ込んでいた2025年度の予算案を9日遅れで公表した。夏季休暇明けの1日の国民議会(下院)でのバルニエ首相の所信表明演説でも示された通り、2024年の財政赤字の対国内総生産(GDP)比率は6.1%と、昨年秋(同4.4%)や今年春(同5.1%)時点の政府計画から一段と悪化することが見込まれ(図表1)、2025年はそれを5%まで縮小することを目指す(今年春時点の計画では4.1%)。その後も財政再建に取り組み、欧州連合(EU)の財政規律(安定成長協定)が定める3%未満の赤字比率を達成する時期は、前政権時代の想定の2027年から2年間先送りし、2029年を見込む。

政府の発表によれば、追加の財政緊縮措置に取り組まない場合の2025年の赤字比率は7%に達するとみられ、今回の予算案に盛り込む緊縮措置により、総額606億ユーロ程度(GDP比で2%相当)の赤字削減につながるとしている。そのうち3分の2(413億ユーロ)が歳出削減を通じて、残りの3分の1(193億ユーロ)が大企業、富裕層、電力、航空運賃、排ガス車を対象とする増税を通じて確保することが見込まれている。但し、歳出削減メニューには社会保障給付の削減が含まれ、増税メニューには2025年度の予算案発表以前に決まっていた燃料費関連の税金引き上げが含まれていない。歳出抑制・歳入増加の実際の配分は、政府が説明するよりも、税・社会保障負担の増加を通じて行われる。

こうした財政計画は、見直し後の欧州連合(EU)の財政規律に概ね則ったものとみられる(図表2)。見直し後の財政規律では、加盟国に一律の基準を適用するのではなく、各加盟国が提出する中期的な財政構造計画と債務の持続可能性分析に基づき、利払いや失業給付を除く政府の純歳出をベンチマークに、加盟国と欧州委員会が中期的な財政計画で合意する。構造改革に取り組む国については、財政調整期間を通常の4年から7年に延長することが認められる。フランスの場合、欧州復興基金の利用に必要な復興計画に取り組むことを前提に、7年の調整期間が認められる可能性が高い。これとは別に、過剰赤字手続き(EDP)下にあるフランスは、構造的財政収支で年0.5%ずつの財政再建が求められる。今回の政府の予算案が計画通りに進められた場合、EUの財政規律が要求する基準を満たしていそうだ。問題は計画通りに財政再建が進められるかどうかだろう。

(図表2)見直し後のEUの財政規律(図表2)見直し後のEUの財政規律

憲法の定めにより、予算案の提示から70日以内(今回の場合は12月21日まで)に最終的な投票が行われる。予算案は閣議や両院の予算委員会で議論された後、10月21日から国民議会(下院)で歳入部分の審議が始まり、同月29日に当該部分の採決が予定されている。その後、11月5日から下院で歳出部分の審議が始まり、同月19日に当該部分の採決が予定されている。社会保障関連予算については、10月28日に下院で審議が始まり、11月5日に採決を予定している。下院を通過した予算案は11月25日に元老院(上院)に送られ、12月12日に採決が予定されている。その後、10日余りで上下両院での調整作業が予定されている。

バルニエ首相を支える右派の共和党(LR)と中道会派のアンサンブル(ENS)は、議会の過半数を確保していない(図表3)。予算審議の各段階において、議会の過半数の賛成が得られないと考えた場合、政府は議会採決を迂回する特別な立法手続き(憲法49条3項)を用いて、年内の予算成立を目指すことが予想される。この手続きを用いると、議会は24時間以内に内閣不信任案を提出することができ、不信任となった場合は内閣が総辞職し、信任された場合には当該法案が可決されたと見做される。6・7月の国民議会選挙で議会の最大勢力となったにもかかわらず、政権運営の機会を奪われた形の左派連合は、政権との対立姿勢を強めている。他方で、次の国民議会選挙での政権奪取や2027年の大統領選での勝利を視野に入れる極右政党は、政府の予算案を全面的に支援することはないが、この段階では左派の内閣不信任に同調することもないとみられる。憲法の規定により、国民議会の解散・総選挙は1年に1度限りとされ、来年後半までできない。将来の政権掌握に向けて政権遂行能力を示したい極右は、闇雲に政権危機の引き金を引くことも望んでいない。

(図表3)フランス新政権の議会基盤(図表3)フランス新政権の議会基盤

過去数年、フランスの財政赤字は政府の計画対比で上振れしてきた。2025年の財政引き締めは、一部の例外を除いて同国としては過去に経験したことがない規模に達する。地方選挙の日程などで、新政権のコントロールが十分に及ばない地方政府の財政再建が計画通りに進まない恐れもある。また、2025年度予算案では、大規模な緊縮措置を実行するにもかかわらず、同年の実質GDP成長率の前提が1.1%と、新政権の緊縮措置を盛り込んでいない主要機関の予測とほぼ等しく、楽観的とみられる。この点は、独立した財政評価機関である財政高等評議会(HCPF)も同様の懸念を示している。的を絞った増税とは言え、税・社会保障負担の軽減による経済活性化を目指してきたマクロン大統領を支持する中道会派は、難色を示している。予算成立に必要な安定した議会基盤を有していないことも、緊縮実現のハードルとなる。フランスは主要先進国中で税・社会保障負担が最も重い国の1つで、増税に頼った財政再建を継続的に行うのは難しい。

10月11日には格付け会社フィッチがフランス国債の格付けを「AA-」に維持したが、アウトルックを従来の「ニュートラル」から「ネガティブ」に引き下げた。フィッチはアウトルックを変更した理由として、①政治的分断の大きさと非多数派政権が持続可能な財政再建の遂行能力を複雑にしており、今後の財政運営が困難な点、②政府が発表した予算案は大規模な財政再建措置を盛り込んでいるが、政治的な不確実性や実行リスクを考えるとその全てを財政見通しに反映することができない点、③2024年の財政赤字の実績が政府の計画対比で上振れし、他のAA格付け国の約3倍の水準に達している点、④発表された財政再建措置の一部は時限的な性格なうえ、国防や再生エネルギー関連の歳出拡大圧力が予想され、政府の計画通り、2029年までに財政赤字比率を3%未満に引き下げるのが困難とみられる点、⑤EUの財政規律の適用が再開され、フランスがEDP入りしたことが財政再建の推進につながると期待されるが、フランスは過去に何度もEDP入りしたが、その遵守レコードは芳しくない点、⑥新たな財政見通しの下でフランスの公的債務残高は当初想定対比で上振れし、債務の水準や利払い負担が他のAA格付け国の平均よりも遥かに高い点、⑦バルニエ首相が率いる新政権は議会の過半数を欠き、法案成立に極右の黙認に頼る必要があるなど、政治環境が不透明である点などを挙げた。

フィッチは、①政治的な抵抗や社会的な圧力により、中期的に債務を安定化させる信頼できる財政健全化計画が実現できない場合や、②経済成長見通しの大幅な低下や競争力の低下が起きる場合、格下げの可能性が高まるとしている。25日には主要3社の中で最も高い「Aa2」格付け(フィッチとS&PのAAに相当)を付与しているムーディーズがフランス国債の格付けレビューを予定している。1ノッチの格下げが予想され、3社が揃って「AA-」格となる可能性が高いとみる。来年以降も政府計画対比で財政赤字の上振れが続く場合や、マクロ環境が大幅に悪化する場合、再選挙で極右や左派会派が主導する政権が誕生する恐れが高まる場合、更なる格下げが予想される。

以上



田中 理

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