AIは、私たちの生活や働き方を変革するだけでなく、インドが直面する重要な課題の解決にも大きく貢献しています。例えば、農業生産性の向上、医療診断の精度向上、さらには地方における金融包摂の実現など、多岐にわたる分野でAIの力が生かされています。

 NASSCOMによると、インドのAI市場は2024年から2027年にかけて、年率25〜35%という著しい成長が見込まれており、2027年には約170億米ドル規模に達すると予測されています。

 インド政府もまた、AI関連プロジェクトへの投資として、2024年に約12億5000万米ドルの予算を承認しており、その中にはコンピューティングインフラや大規模言語モデルの開発も含まれています。

 こうした成長予測や投資が飛び交う中で、特に注目を集めているのがデータセンターの拡張です。CBREによると、インドにおけるデータセンター産業への投資コミットメントは、2027年までに1000億米ドルを超えると予想されています。「ChatGPT」のブームから既に2年以上が経ちましたが、それ以来、インドでの新たなデータセンター開発のニュースが数カ月おきに報じられているような状況です。

 データセンターがインドのAIインフラエコシステムの中核を成していることに疑いの余地はありませんが、これらはあくまでAIインフラ戦略の一部に過ぎないという視点も重要です。

 もしAIを包摂的かつ持続可能な成長の原動力とすることを目指すのであれば、データセンターだけにとどまらず、PCやエッジデバイスをAIコンピュートの分散ゲートウェイとして活用するなど、より包括的なAIインフラ戦略に取り組む必要があります。

全体は「部分の総和」以上の力を持つ– データセンターだけでは不十分な理由

 例えば、インドの遠隔地に住むある農家を想像してみてください。AIを活用した農業支援アプリがスマートフォンに導入され、地域の気象条件や土地特性に合わせた作物管理や害虫対策のアドバイスが即座に提供されるようになります。理論的には、このアプリが正しく機能すれば、データに基づいた推奨により収穫量の向上やコスト削減が可能になり、農家の生産性向上につながるはずです。

 しかし、こうしたアプリの多くは、インターネット接続が不安定または未整備な地域、特にインドの多くの農村部ではその効果が大きく制限されてしまいます。ユーザーがクラウドベースのシステムに接続できなければ、リアルタイムのアドバイスを受け取れなかったり、遅延が発生したりする可能性があり、せっかくのAI活用も十分に機能しないのです。

 さらに、仮にインターネット接続があったとしても、データが生成された場所、例えばヒマーチャル・プラデーシュ州の村から、処理のためにデータセンターが置かれている都市部、例えばハイデラバードなどへと送信される仕組みでは、応答時間の遅延、エネルギー消費の増加、さらにはアプリを利用する際のサイバーセキュリティリスクの増大といった課題が発生します。

 インドのAI推進とインフラ整備を支えるための解決策は、単にデータセンターを増やすことではありません。むしろ、データセンターの増設は、電力消費の急増や、化石燃料への依存度が高いインドにとって深刻な環境負荷をもたらす可能性があります。最近のDeloitteの報告書によると、AIを活用したデータセンターを支えるために、インドは2030年までに追加で40〜45TWh(テラワット時)の電力を必要とする見込みです。これは、急速に拡大する国内のデジタルインフラがいかに大きな電力需要を生み出しているかを示しています。

 要するに、次の3つの点を考慮する必要があります。第1に、安定したインターネット接続が確保されていない地方の人々の存在。第2に、たとえ接続があったとしても、データを一度データセンターへ送信し、再び戻すという構造ではリアルタイム性に限界があること。第3に、AIアプリケーションを主にデータセンターで稼働させることによる環境負荷とコストの問題です。

 こうした課題を踏まえると、AIを本当の意味で「包摂的かつ持続可能なもの」として活用・運用していくためには、分散型のコンピューティングアプローチが必要です。つまり、データセンターだけに依存するのではなく、AI対応のPCやエッジデバイスを活用し、AIアプリケーションをローカルで処理できる環境を整備することが、今後のインドにとって不可欠なのです。

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