福島県に拠点をおくプロサッカークラブの新しいスタジアムの設計案が本日発表されています。

スポーツXが運営する福島ユナイテッドFCのホームスタジアム構想に関連した発表で、循環型の木造スタジアムであることが特筆点です。

計画では、スタジアムの意匠設計を秋吉浩気氏が率いるVUILD(ヴィルド)と福島市を拠点とするボーダレス総合計画事務所(代表:鈴木勇人)が担当。さらに、構造・環境設計と構造設計およびスポーツ照明コンサルをエンジニアリング・コンサルティング会社のArup(アラップ)が手がけます。

新スタジアム構想の背景

現在はJ3に属する福島ユナイテッドFCの本拠地は、とうほう・みんなのスタジアム(あづま陸上競技場)で、同クラブが昇格を目指すJ2のスタジアム基準を満たしていない要素があるとのこと(『福島民報』2025年8月29日報道より)。昇格を目指し、また、過去にホームグラウンド建設を望む署名運動がおきている地元住民およびサポーターにとっては、念願の、現実味を帯びたホームスタジアム構想となります。

福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想デザイン案

「福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想」に基づく鳥瞰イメージ

リジェネラティブ・スタジアム

構想中のスタジアムでは、東日本大震災からの復興の象徴として建設され、世界に誇れる「リジェネラティブ(再生型)」なスタジアムの実現を目指してます。建材には地元・福島の木材を採用し、各部材は分解・再利用が可能な設計に。このパーツの製造工程には地域住民やクラブ関係者も参加することができます。
後述する自然エネルギーを活かした取り組みにより、最終的には、国際的なサステナブル建築認証プログラム「Living Building Challenge」の取得を目指すとのこと。

「式年遷宮」から着想を得た木造スタジアム

日本発のサステナブル建築を模索するにあたり、日本の伝統である「式年遷宮」から着想を得ています。そこでは、資源循環・地域参加・技術伝承という「モノ・コト・ヒト」の4つの循環が実現されています。この理念を踏まえ、スタジアムの構造は木造を採用し、福島県産の製材を積層することで全体を形成します。
各部材は分解・再利用が可能な設計とし、地域資源の循環を推進します。また、建築の部材をつくる過程でクラブ関係者や地域住民が「お祭り」のように製作に参加できる仕組みを導入。さらに植林や木工教育を通じて、次世代へ技術を継承、資源・文化・技術の持続的な循環に挑戦します。

盆地型気候を活かしたエネルギー循環

スタジアムのランニングでは、福島の盆地型気候を活かし、自然エネルギーを最大限に利用したパッシブデザインが導入されます。屋根は夏の強い日射しを遮り、冬は冷風を防ぐデザインに。また、外壁の形状変化によって、夏は卓越風(たくえつふう)を取り込み、逆に冬は風を遮断します。さらに、集水した雨水を再利用し、冬季に蓄えた冷熱を夏季の冷房に活用する計画です。
自然エネルギーを循環させる取り組みによって消費エネルギーを削減するとともに、敷地内で生産した再生可能エネルギーを貯蔵、エネルギーをスタジアム内で自給自足させるとのこと

福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想デザイン案

地産地消と市民参加のイメージ

計画案 詳細
意匠設計

5,000席規模のスタジアム構想の実現化にあたり、VUILDが最初に重視したのは「小断面を周回させる」という考え方でした。同社の調べでは、小規模スタジアムでは拡張性を考慮し、メインスタンドに席数を集中させる計画が多く見られたとのこと。しかしそれはメガストラクチャーになりやすく、コスト高を招くと試算。よって本計画では、2階建て住宅規模の断面を1周させることで全体を構成。これによりコストを抑制しつつ、施工性を高め、人の手による建設が可能な「ヒューマンスケールのスタジアム」を実現できるとしています。

 

福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想デザイン案

「福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想」に基づく断面図

福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想デザイン案

「福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想」に基づく1F平面図

福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想デザイン案

「福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想」に基づく2F平面図

 

平面計画
本計画では、建物を3,000m²以下に分割し、断面は2階建・高さ16m以下に抑えることで、準耐火建築物の規定を満たします。
1階には更衣室や控室、トイレ、売店など、メインスタンド側の2階にVIP席・実況席などの主要機能を設け、バックスタンド側には収益性を考慮してホテル機能を導入する計画です。スタジアムのエントランスは4棟の境界部に配置。動線と分節を兼ねているとのこと。
これらの計画を成立させるためには、約12mのスパンを”飛ばす”必要があるため、小断面材を束ねることで形成するHPシェル(ハイパーボリック・パラボロイダル・シェル / 双曲放物面シェル)構造を採用。これにより、短手方向の屋根の跳ね出しと、長手方向の大スパンの両立を可能にしています(詳細は後述「構造設計」を参照)。
さらに、シェル上にトラスを載せ、懸垂曲面状に木材を吊り下げて屋根を形成。HPシェルと懸垂曲面という2つの構造形式を組み合わせ、スタジアムとして合理的かつ象徴性の高い架構を実現します。福島の伝統的建築景観「大内宿」の茅葺きの三角屋根が連続するような外観を創出させ、地域がもつ歴史性との調和を図っています。

 

福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想デザイン案

「福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想」に基づく遠景イメージ

構造設計
本計画では、半屋外型スタジアムの屋根を、直線の製材によってHP曲面と懸垂曲面で構成し、複雑な形態をシンプルな構造システムで解くことを目指しています。直線の製材を用いることで、加工や施工の容易さ、コストの抑制、地域材の活用による持続可能性の確保といった利点が得られるとともに、HPシェルと懸垂型シェルのそれぞれの特徴を活かした構造計画です。
HPシェルは高い剛性をもち、柱なしで大スパンを成立できる、合理的な構造形態です。本計画では、直線の製材をずらしながら捻じることでHP曲面を構成します。このHPシェルの対角を着地させることでアーチ効果を生み出し、剛性を確保。また、HPシェルのエッジ部分は屋根を支える柱としても機能し、屋根を支える面としての機能と、柱としての線としての機能する役割を兼ね備えているとのこと。
さらに、HP曲面の四周および対角方向には、製材によるトラスを組み込み、面剛性を高めることで、構造の安全性を高め、施工時のガイドとしても機能します。
HPシェルの上部には、懸垂面状に直線材を敷き並べて懸垂曲面を構成し、パーツごとにビス止めを行い、現場施工時にプレストレスを導入することで、形状の安定性と構造的性能を確保します。これにより、軽量でありながら、高い耐力を持つ合理的な構造体の実現が可能となります。

福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想デザイン案

「福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想」に基づく内観イメージ

地元の人々が建設に参加できる設計案

本計画では従前のスタジアム建設にはない、参加型の建設方法をとっているのも注目されます。
地域参加者が構成部材を運び、引き起こして、シェルや懸垂屋根を組み上げる建設手法が計画されており、日本の祭礼でみられる神輿や巨木建てに倣ったものとのこと。単なる建設工事を超えた祝祭的な建設プロセスは、復興の象徴ともなります。
使用するすべての材には福島県産の製材を採用。シェルには構造用ビスを用いて、NLT(Nail-Laminated Timber)のように製材同士を接合し、連続的なシェル曲面を形成します。これらのシェルは、現場の外・オフサイトにて人々の手作業でユニットを製作し、現地でアッセンブル。地域資源を活用した構造的合理性と地域参加の仕組みを融合させた、地域に開かれた建築提案です。

 

福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想デザイン案

「福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想」に基づく内観イメージ

Arupによる環境設計

本計画では、敷地の特性と気象条件を最大限に生かし、自然エネルギーを取り込むパッシブデザインにより、サステナブルで快適なスタジアムの実現を目指しています(環境設計ほかをArupが担当)。
屋根面は、南側屋根の長さを短く抑えることで、太陽光をフィールドの芝生面まで十分に届け、光合成を促進して芝生の生育環境を整えます。北側屋根はフィールド側に延伸し、夏期の高い日射角の直達日射を遮蔽することで、観客席の快適性を確保します。
屋根面に降った雨水は、客席下の雨水貯留槽に貯め、芝生への散水やトイレの洗浄水に再利用します。これによって上水の使用量を削減し、環境負荷とコストの削減を図ります。
外壁はウインドキャッチャーとして機能し、夏期・中間期に吹く北西からの卓越風を効率的に室内・観客席に導入します。暑熱環境を緩和するとともに、空調・換気の稼働を抑えて省エネルギーに貢献します。また、観客席下部に通風スリットを設け、全方位からフィールドに風が流れる環境をつくり、芝生の成長を促します。
さらに、敷地の厳しい冬の寒さを活用し、低温空気で生成した氷を客席下の氷室に貯蔵。夏期に融解させて発生する冷気を冷房に活用することで、空調負荷を削減します。
これらの計画により、自然と建築が呼応し、エネルギー消費を最小限に抑えながら、観客・選手・芝生すべてにとって快適でサステナブルな環境を実現させます。

 

福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想デザイン案

複数パラメーターの検討結果を元に、最適なモデルを選択する

福島ユナイテッドFC 新スタジアム構想デザイン案

FEM解析で変形量を、年積算照度解析で芝生の生育環境を、CFD解析で風の効果を検証した図の一部

 

本計画では、建物の形状を数値化されたパラメーターとして扱い、スタジアムの観客席のSET*(Standard new Effective Temperature:気温、湿度、気流、放射、着衣量、代謝量から求まる温熱環境体感温度)、構造材の使用量によるカーボンニュートラルへの貢献、スタジアムのピッチ上での風速や、芝生の育成に適した環境条件など、複数の要素を同時に検討するオプショニアリングを行います。これにより、建物の形や構造、環境性能の関係を定量的に把握し、スタジアム全体の空間の質や環境への配慮を最大限に高めることを目指します。
構造合理性のみならず、環境への応答性や人とのつながり、地域資源との関係性を含んだ、持続可能な空間として構築されます。

発表によれば、福島ユナイテッドFCの新スタジアム構想は、意匠・構造・環境・施工を同時に扱う統合的な設計手法となっているのが特徴です。
デジタル設計からデジタルファブリケーションまで一貫して担うVUILDと、世界的なエンジニアリング・コンサルティング会社・Arupがタッグを組み、それぞれが持つ高度なデジタル技術を組み合わせることで、リジェネラティブな建築設計の在り方を模索していく計画とのこと。

福島ユナイテッドFC ホームスタジアム構想

クライアント:スポーツX、福島ユナイテッドFC
意匠設計:VUILD(秋吉浩気、中澤宏行、伊勢坊健太、山中 歩)、ボーダレス総合計画事務所(鈴木勇人)
構造設計:Arup(金田充弘、後藤一真、中村優太)
環境設計:Arup(菅 健太郎、竹中大史、銅木彩人)
スポーツ照明コンサル:Arup(井元純子、トレス・サンティアゴ)
CG製作:LITdesign(植村明斗、坂本翔吾、チャンコンヴィンクイ)
イラスト製作:VUILD(沼田汐里)

詳細 / VUILD プレスリリース(2025年8月30日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000040.000031751.html

スポーツX 公式ウェブサイト
https://sportsx.jp/

注.本稿のテキストは、VUILDが発表したプレスリリースに拠る(本稿の画像提供:VUILD)
注.掲載内容は2025年8月30日発表時点のもの、今後変更となる場合あり

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