15歳(日本では高校1年生)を対象にしたOECDの学習到達度調査「PISA」(2022年実施)で、全科目1位となった国がある。前内閣府参事官で、現在は東京科学大学執行役副学長の白井俊さんは「天然資源が乏しいため、教育に力を入れざるを得なかった国だ。競争が激しく過酷に見える一方で、日本が学べることも多い」という――。(第2回)


※本稿は、白井俊『世界の教育はどこへ向かうか』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。



日本よりも天然資源に乏しい「シンガポール」

シンガポールは、1965年にマレーシアから分離独立した、都市国家型の小規模な国である。人口は約604万人(2024年)と、フィンランドよりやや多いが、国土面積は圧倒的に小さい。埋め立てによって年々微増してはいるものの、東京23区を若干上回る程度だ。


しばしば、「日本は天然資源が乏しいから、人材育成が必要だ」と言われることがある。確かに、日本は石油や天然ガスに恵まれているわけではなく、効率的な農業生産に適した広大な平野があるわけでもない。しかし、水や森林、海洋資源は豊富にあるし、米や野菜、卵などは、ある程度自給できている。


日本と比べると、シンガポールこそ、本当に天然資源が乏しい国である。何せ、飲料水ですら、隣国マレーシアからの輸入に頼らざるを得ないのだ。だからこそ、国として本当に教育に力を入れざるを得ないと言える。


実際、1965年に独立したと言っても、それは必ずしもシンガポール側が望んだものではなく、実態はマレーシアからの「追放」であり、独立当初は混乱状態にあった。そんな同国の発展を強力に主導したのが、初代首相のリー・クアンユーである。


同氏が繰り返し語っていたのが「シンガポールの唯一の資源である人材の育成」であり、現在のシンガポールの教育制度は、独立前のイギリス植民地時代の影響を受けた部分も多く残るものの、その基礎はリー首相の時代に築かれている。


シンガポールの夜景

写真=iStock.com/Burachet

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子供の能力を早いうちに見極める

その基本的な考え方が、リー首相からの要請に応じて、1979年にゴー・ケンスィー副首相の下で策定された「1978年教育省報告」(通称、ゴー・レポート)に示されている。その主眼は、限られた資源の中で効率的な教育制度を実現するために、子供たちの能力を早期に見極めて、能力に応じた適切な教育を行っていくという点にあった。


実際、1980年からは、小学校卒業試験(PSLE:Primary School Leaving Examination)のスコアに基づいて、能力に応じて中学校でのコース分け(streaming)を行う厳格な仕組みが導入された。


その後、1990年から首相となったゴー・チョクトン首相も、リーの理念を受け継ぎ、1997年に「考える学校、学び続ける国家(TSLN:Thinking Schools, Learning Nation)」という理念を提唱したことで知られている。まさしく、人材育成こそが国の存立の基盤であるという思想であり、同首相は、以下のように述べている。


21世紀の国家の繁栄は、国民の学ぶ力にかかっている。想像力や新しい技術やアイディアを探し求める力、そして、それらを様々なものごとに適用していく力こそが経済的繁栄の源泉となる。国民の集合体としての学ぶ力が、国家のウェルビーイングを決定するのである。


こうした人材重視の理念は、一方では、厳しい競争を前提とするものでもあった。そうしたシンガポールの教育を象徴する仕組みの一つが、上述の小学校卒業試験(PSLE)である。


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