偉大なる建設事業か、それとも大規模な環境破壊か? ジャングルを走り抜けながらユカタン半島を一周する総延長1554キロの鉄道をめぐり、進歩派と環境保護派の間で緊張が高まってきた。(PHOTOGRAPH BY MARTIN ZETINA, AP PHOTO)

偉大なる建設事業か、それとも大規模な環境破壊か? ジャングルを走り抜けながらユカタン半島を一周する総延長1554キロの鉄道をめぐり、進歩派と環境保護派の間で緊張が高まってきた。(PHOTOGRAPH BY MARTIN ZETINA, AP PHOTO)

古代マヤの遺跡を結ぶために建設された鉄道「トレン・マヤ」。その過程で失われたものは何か? 開通した今、改めて問い直されている。

 巨大なドリルが洞窟の天井を突き破ってきたとき、ロベルト・ロホはそこにいた。崩れ落ちる鍾乳石から身を守りながら、彼は携帯電話を掲げて、洞窟の大空間が破壊される瞬間を記録した。生物学者の彼は、歯に衣着せぬ物言いで知られる洞窟探検家でもある。ここはメキシコ南東部のユカタン半島だ。

 天井に開いた穴から、今度は産業用掘削機によって、直径約1.2メートル、高さ25メートルのさびた鋼鉄製の柱が差し込まれた。次いで、その中空の柱いっぱいに、セメントが流し込まれる。その一部が、洞窟内のセノーテの透き通った水に流れ出した。セノーテとは、地下水をたたえた陥没穴や洞窟系だ。緩いセメントが柱から剝がれ落ちたさびと混じり合い、セノーテ全体が赤茶色に染まっていく。

生物学者のロベルト・ロホが入っているのは、プラヤ・デル・カルメンの南に位置する洞窟群のセノーテ。ここの水は澄み切っていたが、鋼鉄の柱を地下に打ち込む際に流出した液体によって、濁ってしまい、帯水層も汚染された。(PHOTOGRAPH BY ROBBIE SHONE)

生物学者のロベルト・ロホが入っているのは、プラヤ・デル・カルメンの南に位置する洞窟群のセノーテ。ここの水は澄み切っていたが、鋼鉄の柱を地下に打ち込む際に流出した液体によって、濁ってしまい、帯水層も汚染された。(PHOTOGRAPH BY ROBBIE SHONE)

 柱は次々に打ち込まれ、このセノーテだけで40本が4列に並んで立っている。土壌の薄いユカタン半島全体で見た場合、打ち込まれた柱の数はロホの計算で1万5000本を超える。連鎖反応を引き起こしかねない規模の環境破壊だ。ユカタン半島は米国フロリダ州よりも広いが、多孔質の石灰岩でできているため、ほとんどの地域に川や湖がない。そのためセノーテは、人間だけでなく、ジャガーやバクといった生き物を支える貴重な淡水源だ。

 何よりも重要なのは、多くのセノーテが互いにつながっているという点だ。ロホによれば、一部の水が汚染されれば、すべてが危険にさらされることになるという。そして、セノーテの水は海へと流れていくため、柱から漏れ出した液体は、ジャングルやそこに生息する野生動物だけでなく、大サンゴ礁地帯であるメソアメリカン・リーフやカンクンのビーチ、海岸を支えるマングローブにも襲いかかることになる。ロホの見解では、すべてが失われる可能性がある。何もかも、1本の鉄道が原因だ。

一つのセノーテが汚染されると、地域全体に壊滅的な被害が及ぶ可能性がある。このプラヤ・デル・カルメンにあるセノーテは、ごみ捨て場として使われている。(PHOTOGRAPH BY ROBBIE SHONE)

一つのセノーテが汚染されると、地域全体に壊滅的な被害が及ぶ可能性がある。このプラヤ・デル・カルメンにあるセノーテは、ごみ捨て場として使われている。(PHOTOGRAPH BY ROBBIE SHONE)

次ページ:鉄道をめぐって社会は真っ二つに割れている

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
定期購読者*のみ、ご利用いただけます。

*定期購読者:年間購読、電子版月ぎめ、
 日経読者割引サービスをご利用中の方になります。

おすすめ関連書籍

2025年9月号

動き出した月の未来/ガラパゴスゾウガメ/変わる米国の大麻事情/マヤの遺跡を結ぶ新しい鉄道

NASAが準備を進める有人の月面着陸。そんななか、ほぼ手つかずの月面を人類のニーズに合うように開発する計画が動き出しています。特集「動き出した月の未来」で詳しくリポート。このほか、変わる米国の大麻事情、マヤの遺跡を結ぶ新しい鉄道、よみがえるガラパゴスゾウガメなどの特集をお届けします。

定価:1,350円(税込)

amazon
楽天ブックス

WACOCA: People, Life, Style.