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2025.08.27


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オーストラリア・7月物価は予想外に加速、金融政策や豪ドルは?
~一時的な要因によるインフレ加速でRBAの判断への影響は不明だが、豪ドルを下支えする可能性も~



西濵 徹



要旨

オーストラリア準備銀行(RBA)は8月の定例会合で、政策金利を25bp引き下げ3.60%とすることを決定した。今年に入って3回目の利下げである上、RBAのブロック総裁は会合後に行った記者会見でさらなる利下げの可能性に言及するなど、ハト派姿勢を強めている様子がうかがえる。

RBAがハト派姿勢を強めている背景には、インフレ率がRBAの定める目標域内に収まっている一方、国内外において景気の見通しに不透明感が強まっていることがある。

しかし、7月の物価統計ではインフレ加速の兆候が確認されている。RBAが政策判断で重視するコアインフレ率や、物価変動の大きい財と観光を除いたベースでも上昇しており、全般的にインフレ圧力が強まっている様子がうかがえる。

金融市場では、RBAのハト派姿勢を織り込む形で豪ドル相場の上値が抑えられているが、インフレ加速の兆候を受けてRBAが利下げに慎重になる可能性があり、豪ドル相場は下値が支えられると見込まれる。


オーストラリア準備銀行(RBA)は、8月の定例会合において政策金利であるオフィシャル・キャッシュ・レート(OCR)を25bp引き下げて3.60%とすることを決定した(注1)。RBAは年明け以降、2月、5月に利下げを実施しており、今回で3回目、累計75bpの利下げとなる。これによりOCRも2023年4月以来の水準となるなど、金融緩和を進めている。一方、2月と5月の利下げに際してRBAは追加利下げに対して慎重な見方を示すなど『タカ派』的な考えをみせた。しかし、今回の会合後に記者会見に臨んだRBAのブロック総裁は、先行きの政策運営について「物価安定のためにはOCRをさらに引き下げる必要がある可能性がある」と追加緩和に言及するなど、一転して『ハト派』姿勢を強めている様子がうかがえた。

図表1図表1

RBAがハト派姿勢に傾く背景には、足元のインフレ率、コアインフレ率ともにRBAが定める目標(2~3%)の域内で推移するなど、物価が落ち着いた動きをみせていることがある。その一方、昨年後半以降のオーストラリア景気は頭打ちの様相を強めるとともに、先行きについても国内外双方で景気の足を引っ張る材料が山積するなど、景気の見通しに不透明感が強まっていることがある。なお、世界経済や金融市場はトランプ米政権の関税政策に翻弄されているが、オーストラリアは米国にとって貿易黒字国であり、米国はオーストラリアに対する相互関税を一律分と同じ10%としている。さらに、オーストラリアにとって対米輸出額は名目GDP比で1%未満に留まり、相互関税による直接的なマクロ面での影響は限定的と捉えられる。その一方、オーストラリアにとっては中国が最大の輸出相手であり、米中摩擦の行方や中国の景気動向に左右されやすい特徴を有する。足元の米中関係を巡っては、当面の最悪期を過ぎつつある様子がうかがえるものの、依然としてトランプ氏の一挙一動に揺さぶられる懸念は残る。こうした事情も、RBAがハト派姿勢を強める一因になっていると捉えられる。

RBAがハト派姿勢を強めていることを反映して、金融市場では追加利下げを織り込む形で豪ドル相場の上値は抑えられてきた。しかし、直近7月のインフレ率は前年同月比+2.8%と前月(同+1.9%)から加速するなど、鈍化傾向を強めてきた流れに変化の兆しがうかがえる。インフレが加速した背景には、連邦政府による電力料金の割り戻しが一部の州で遅れたことが影響している。ただし、コアインフレ率であるトリム平均値(刈り込み平均値)ベースも、7月は前年同月比+2.7%と前月(同+2.1%)から加速し、インフレ率同様に鈍化傾向が続いた流れが変化している。さらに、RBAは月次ベースの物価統計のうち、物価変動の大きい財と観光を除いたものの動きを注視しており、7月は前年同月比+3.2%と前月(同+2.5%)から加速して丸1年ぶりにRBAが定める目標を上回る伸びとなっている。前月比も+0.95%と前月(同+0.24%)から上昇ペースが加速しており、財物価のみならずサービス物価もともに上昇ペースが加速している。ほか、財物価も貿易財のみならず、非貿易財で上昇ペースが加速するなど、全般的に物価上昇圧力が強まっていることが明らかになっている。

図表2図表2

なお、オーストラリアの物価統計を巡っては、長らく四半期ベースで公表されてきたものの、2022年8月以降は月次ベースのものも併せて公表されている。ただし、月次の物価統計は一部の品目しかカバーしていない上、変動も大きく、RBAは政策判断に四半期の物価統計を使用してきた経緯がある。事実、金融市場ではRBAが7月の定例会合を前に利下げを織り込む動きがみられたものの、実際には金利を据え置いた上で、その理由に4-6月(四半期ベース)の物価統計を確認したいとの考えを示した(注2)。こうしたなか、統計局は今年11月から月次の物価統計を改訂する方針を明らかにしており、それ以降はRBAが重視する物価指標は四半期ベースから月次ベースに移行することが見込まれる。さらに、直近のインフレ加速の動きが一時的な要因による上振れの影響を勘案する必要はある一方、一時的要因に左右されにくいコアインフレ率なども加速しており、先行きのRBAの政策運営に影響を与える可能性はある。上述のように、RBAが8月の定例会合でハト派姿勢に傾斜する姿勢をみせたことを受けて、その後の金融市場においては豪ドル相場の上値が抑えられる展開が続いてきた。しかし、インフレ加速の兆候が確認されたことを受けて、先行きについてはRBAがハト派姿勢を後退させる可能性があるほか、トランプ米政権によるFRB(米連邦準備制度理事会)への介入の動きも重なり米ドル安が意識されやすい環境を勘案すれば、当面の豪ドル相場は下値が支えられることが考えられる。さらに、こうした動きは日本円に対しても影響を与えるとともに、下値が支えられる展開が見込まれる。

図表3図表3

以 上



西濵 徹

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