ライフスタイルの大きな変化を伴う移住には、きっかけ、楽しさ、目標、苦労が、移住者の数だけある。和歌山県に移り住み、自分らしい生き方を手に入れた4組の移住ストーリーに心地よく暮らすヒントを探した。今回は、より自分たちらしく過ごせる場所を求めて和歌山にたどり着いた移住者を紹介。

観光地のイメージだった和歌山が理想の移住先に自宅から車で2分ほどの距離にある弘貴さんの工房。昔つかわれていた建物を譲り受け、修復しながらつかっている。

⚫︎移住DATA
伊藤弘貴さん 周子さん
愛知県出身の弘貴さんは奈良県から移住。大阪出身で東京に住んでいた経験もある周子さんと出会い、2017年に日高川町の現在の住まいへ。夫婦で紀州備長炭の製造業を営みながら、13歳の長女、5歳の長男、3歳の次女を育てる。現在、周子さんは4人目を妊娠中。

日高川町の山あいに居を構える伊藤弘貴さんと周子さん。3年前に越してきた自宅は、縁側に座ると眼前に青々とした山の景色が広がる。弘貴さんは愛知から、周子さんは東京から、それぞれが、田舎での暮らしを求めて奈良へと移り住んだ。

家の周囲に広がる美しい風景。

ほどなく2人は出会い結婚。奈良での田舎暮らしに慣れたころ、より自分たちらしく過ごせる場所を求めてこの地にたどり着いた。しかしながら、周子さんは当初、和歌山を移住候補地としては考えていなかったという。

「大阪で生まれ育った私にとって、和歌山は身近な観光地というイメージでした。暮らしを営むイメージが湧かなかったんです。でも、知り合いから勧められて調べてみると、自然も食文化も豊かで、空気も水もいい。求めていたものすべてがありました。土間つきの古民家が見つかったのを機に、トントン拍子で引っ越すことになりました」

子どもたちが遊ぶ大きなプールを置いても広々。向かって右側の奥に鶏小屋があり、毎日採卵している。

紀州備長炭の生産地として知られる日高川町。弘貴さんは、せっかく縁あって移住をするなら地場産業に関わりたいと1年間修業をし、炭焼き職人となった。

原木を炭化させる火入れ作業は、日ごとに変わる温度や湿度はもちろん、季節ごとに変わる原木の水分量によっても最適な火加減が変わってくる。目に見えてわかるものではないからこそ、感覚を研ぎ澄ませて試行錯誤をするのが楽しいのだと語る。

自宅から工房へ向かう弘貴さんの軽トラック。生い茂る木々の間からさす木漏れ日の美しい一本道が続く。

「窯出しといって、真っ赤に燃えた炭を窯から取り出す作業を初めて見せてもらったとき、その光景に感動しました。地球からいただいた原料を炭にするっていうのも、自然の循環の一部になれているような感覚で好きなんです。原料のウバメガシの木は急斜面に生えているので、材料集めは体力勝負やし、常に危険と隣り合わせの緊張感ある作業。電波の届かない山中で、ひとり黙々と作業する孤独さもあります。けど、そんな自然相手の仕事が性に合ってるんやと思います」

子どもたちが工房を訪れるときは長靴で。玄関にはサイズの異なる色違いの長靴が仲よく並んでいた。

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