2025年7月18~10日にロンドンでHyperJapan2025が開催された。昨年に引き続き、参加してきた中で今イギリス・ロンドンにおける日本IPの浸透とマーケットの変化についてレポートを行う。

 

【主な内容】
■イギリスHyper Japan3.2万→5.3万人飛躍。All Japanなイベントの成功背景
■歌舞伎を英国へ。伝統へのリスペクトが強い欧州ならではの日系コンテンツ展開
■全世界展開される日本のクレーン。GENDA「GiGO」に見る英国展開
■エヴァンゲリオン30周年。前田真宏氏が語った日本の神獣・機械を描く心性
■英国でしか見れない「となりのトトロ」、オリビエ賞6冠の大ヒットミュージカル
■キャラ・アニメから『Butter』『変な絵』も売れる日本ブーム。勝機をつかむローカル企業とPOPMARTの躍進

 

■イギリスHyper Japan3.2万→5.3万人飛躍。All Japanなイベントの成功背景

HyperJapan2025は2年目の飛躍であった。3.2万→5.3万へと170%成長。企業出展は67社、小規模なマーケット出展社もいれると466社で、こちらも昨対比130%でコンテンツを増やしている。金曜~日曜の3日間のイベントで、昨年も一番のピークだった土曜日はついに会場キャパシティに入りきれないほどの人があふれ、急遽早朝に当日券の発売中止を発表。そうした制約があったうえで、人数は金(1.6万)→土(1.9万)→日(1.8万)と右肩上がり。2010年から続いてきたイベントとして2018年の過去一のピークがなかなか回復できずにいたが、2025年は16年目にして過去最高の盛り上がりをみせた年となった。

 

▲2Fから見通しのよいおなじみのロンドンOlympiaでの開催

 

▲2025はバンダイナムコ社のガチャやクレーンで日系IPのキャラクターものが所狭しと並んでいたのが印象的

 

▲コスプレーヤーの数は昨年の倍以上に膨らんだ印象。カラオケブースではアニソンに続々と参加するコスプレーヤー達が多数

 

▲1990~2000年代の懐かしい日本アニメのコスプレーヤーやMDも散見された

 

▲マイメロディ50周年、サンリオファンが列をなして着ぐるみと写真をとった

 

▲出展社を集めたビジネスパーティでは英国コンテンツ市場についての講演会などが開かれた

 

すでに本連載では2024年3月に印刷会社Toppanホールディングスが本イベントを主催するCross Media社の買収経緯や、24年8月初年度のイベントの様子を取材してきた。だが正直3.2万「どまり」だった昨年から今年5.3万人への飛躍というのは想像した以上の盛り上がりであった。今回ちょうど1年前の開催直前に出向・赴任した佐藤圭樹氏(Cross Media社Managing Director)と八木雄志氏(Cross Media社Manager)に成功の秘訣をヒアリングした。

「この1年、本当に大変でした…」という佐藤氏の振り返りから始まる。すでに海外売上35%を超えるToppanホールディングスとはいえ、情報コミュニケーション事業本部としては初めての海外M&Aに(中国に赴任経験のある八木氏以外は)ほとんどのメンバーが海外事業も初めて、という体制。買収したCross Mediaは10人程度の小さな広告代理店事業者とはいえ、ロンドンで新しい会社を本社連携してまわしていくことは苦労があった。八木氏は今年飛躍した理由を下記3点として捉えている、という。

1点目はほとんど買収直後で準備不足で開催した2024に対して、2025は1年かけてコンテンツを充実させたこと。HyperJapanのコアユーザーはアニメ・ゲームだけでなく、コスプレ、伝統文化や食・旅行まで幅広い興味をもつファミリー層が中心。分散的な興味を網羅的に充足するために、広いコンテンツを集めた。アニメは「エヴァンゲリオン30周年」を目玉として前田真宏氏のようなトップクリエイターを招き、フランスのスタジオジブリDistributorを呼んでジブリグッズを充実。マンガとしてはトーハン子会社JPBooksが日本マンガ・画集をとりそろえ、「まんがブース」として集英社・小学館・KADOKAWA・CultureEntertainment社傘下の徳間書店からアニメージュを設置。ゲームもバンダイナムコ、KONAMIに、GiGOのUFOキャッチャーが立ち並ぶ。この1年ロンドンを中心に英国中で展開されているファン主催のアニメイベント「AnimangaPOP」のコミュニティともつながることができた。彼らは1000人弱のコスプレーヤーが集まるイベントを年15ヵ所ほどで手掛けており、今回のHJでもカラオケで歌い続けるサイドステージやVTuberの簡易ホログラムライブなどを手掛け、Cross Mediaと共同運営を行った。

2点目はSNS戦略だ。昨年もそれ経由での来場者が多かったことでInstagramでの展開に注力し、有償広告も織り交ぜながら3.8万フォロワーまで増加。Facebookなど含めて12.7万だがこのインスタが一番効いたとのこと。PR会社もいくつか試しながら、ローカルのメディアともパイプラインを作る。ロイター通信からBBCラジオやiTVといった英国で波及力のあるメディアにも取り上げてもらう。ほぼ買収直後のイベント開催となった2024年に比べると、かなり入念な準備をして行えたからこその2025の充実度だったのだ。

 

▲左から八木雄志氏(Cross Media社Manager)、佐藤圭樹氏(Cross Media社Managing Director)

 

こうしたCross Mediaの戦略的な成功もあるが、それにも増して3点目として「今、日本コンテンツに追い風が来ている」というトレンド自体を強く感じているという。40代以上には「オタクコンテンツ」と受け止められている日本アニメも、現在の30代以下では「見ていない人がいない」というほどの状況。明らかにこの10年の動画配信インフラが作り上げたものだろう。2010年にHJが立ち上がった時には「めずらしい日本体験」というくらいのコンセプトで受けていたが、いまや日本食も日本コンテンツも英国におけるメジャーなものの一つとして十分にブランドが出来ている。だからこそ、質の高い“ホンモノ”を集めれば、自動的にマスの客層がついてくる、という状態なのだ。

CrossMedia社は2名の出向者を加えての12人体制。まだ小規模な体制であるが、なぜ上記のような変化を生み出せたのか。コロナで2年間中止したとはいえ、すでに10年以上運営してきたチームだ。スキルセットというよりはマインドセットの問題が大きかった、と八木氏は言う。ベンチャーのアニメイベント主催となるとどうしてもコスト積み上げで赤字にならないゲスト招待やチケット設定をしがちである。だが資本主としてのToppanが入ったことで、リスクマネーで目玉のコンテンツ・ゲストを呼んだり、特に日本本社で決済されることが多い版権に関しては日本でのToppan社の関係性で大型なものが呼べるようになったという点が大きな改革ポイントだったという。

Cross Media社のメイン事業は年1回のHJイベントだが、2025年はコロナ前まで行われていた「年2回主催」に挑戦する。25年11月にはマンチェスターでクリスマス前の購買シーズンに向けてHYPER JAPAN Mancherster2025が展開される 。ロンドンは英国のなかでは「特殊な大都市」である。むしろ立地としてはアイルランド、スコットランド、ウェールズ、ロンドンとの真ん中に位置するマンチェスターであれば、英国・アイルランド全体を視野にいれた催事展開ができる。「英国市場全体にブランドを浸透させるには、多少リスクをとってもマンチェスターでやらなければならなかった」と佐藤氏。出展社は現在も募集中だということだ。

同時に地方自治体の観光・食などのPR・ブランディング事業も今後も定期的に展開していく。Cross Mediaの新たな事業として今着手が始まっているのは「物販・Distribution事業」である。すでに「ねんどろいど」でも有名なグッドスマイルカンパニー社の欧州ディストリビューション事業を受けており、フィギュアの流通から始めている。これはToppan社が日本で培った版権管理・MDの企画製造・流通小売のノウハウを欧州にも展開する試みである。

ロンドンのみならずドイツ・フランスへのも視野にいれている、と日本側で海外展開を推進する追木浩二本部長が語る。日本コンテンツのトレンドがきている今、「卸すか、売るか、イベントするか」でその欧州需要を満たすハブとしての機能拡充はブースト開始2年目、といった具合である。

 

▲追木浩二氏(TOPPAN株式会社情報コミュニケーション事業本部ビジネストランスフォーメーション事業部IPビジネス開発本部長)

 

■歌舞伎を英国へ。伝統へのリスペクトが強い欧州ならではの日系コンテンツ展開

松竹演劇ライツ部で歌舞伎の海外配信を担当する藤巻詩織氏に話を聞いた。今年が、松竹としてHyper Japanへの初めての出展となる。なぜ米国Anime Expoでも、仏国Japan Expoでもなく、1桁小さいサイズの英国イベントを狙ったのか。理由は「イギリスが歌舞伎のファン熱量が一番強かったから」という。

日本でも2020年から、海外では2023年からKABUKI ON DEMANDという歌舞伎の公式動画配信サービスを運営する同社では、どの国のファンの熱量が強いのかデータで理解できるようになった。その海外配信においては英国からのユーザーが目立ち、歌舞伎座へのインバウンドゲストのうち、イギリスからの来場者は上位に数えられます。さすがライブパフォーマンスの聖地、直接的に職人たちがつむぐ芸そのものへの感度とリスペクトが強いのがイギリスの特徴なのだろう。

松竹のブース出展も、「試験的に海外市場を試してみよう」といった緩いものではない。10人からなるチームを構成して英国に渡航しており、実際に公演で俳優が着用している豪奢な歌舞伎の衣裳試着体験に、隈取などの歌舞伎化粧体験、そして歌舞伎座で舞台美術を手掛けている大道具方のスタッフによる絵のライブペインティング、と充実したブースに人だかりは絶えなかった。この道25年の美術担当部長の山中隆成氏が3日間毎日3枚の掛軸大の歌舞伎の大道具絵を完成させるプロセスをスマホ片手に興味深そうに手元を眺める英国女性たち。

コロナ前も、歌舞伎そのものは行政の助成などをうけながら海外公演をする機会もあった(1928年ソ連公演から始まり、1世紀かけて36か国110都市で展開してきた)。「歌舞伎は旅する大使館」とも呼ばれ、日本を象徴する文化物として国交記念周年などの催しにもよく抜擢される。だが1演目2時間の歌舞伎作品をそのままもっていくのは難しい。海外ではほとんど見かけない特殊な横長のステージに、大道具を入れるコスト。「歌舞伎」の海外展開は基本的に数年がかりの大仕事だ。比較してみると、小さなステージで数人でも興行ができる「能」のほうが現在海外展開をより積極的に進められている。「ホンモノ」をもっていこうとこだわればこだわるほど収支が成り立たない。どのくらい簡素化して文化輸出ができるのか、そういったパターンの試行錯誤の意味でも今回の出展の意味は大きく、会期後も何人かは残って英国での興行展開パートナー探しを続けるという。

松竹の本気度を感じたのは、今回のHJ出展にきたのは「ほとんどが40代以下の中堅・若手ばかりなんです」という藤巻氏の発言だった。確かに若手メンバーが英語を流ちょうに操り、来場客に積極的に話しかけている姿が印象的だった。KABUKI ON DEMANDでも「NARUTO」や「流白浪燦星(ルパン三世)」などの歌舞伎が人気だ。歌舞伎独特のセリフや時代背景を理解するための適切な英語字幕や副音声をいれていくだけも大仕事だ。次の目標はロンドンで歌舞伎ショーケースの興行だ。

 

 

■全世界展開される日本のクレーン。GENDA「GiGO」に見る英国展開

今回初出展となったGENDA Europe社のCEO大富涼(おおとみ りょう)氏にも話を聞いた。「もっとフードや旅行に関するトピックがメインかと思っていたが、意外にもエンタメ色が強くて驚いた」という。GiGOのまわりにバンダイナムコとコナミのカードゲームプレイヤーが机を並べ、コスプレーヤーの数が英国とは思えないほどに多い。ほぼほぼ個人商店のようなマーケット店舗も、なんらか日本のキャラクターゆかりの商品を出しており、エンタメの色が欧州でもここまで強いのかというのはうれしい誤算だったという。会場に配備したGiGOのクレーンゲームも人が途切れず、システムで数字が読める。「展示会2日目土曜日の開始間もない時間ですが、すでにかなりの人数のお客様にプレイして頂いています。200人以上のお客様にプレイ頂けていることや売上の数値などはリアルタイムで計測が可能です」と見せてくれたカウンターは、今そこにいる人だかりがまさにプレイを積み上げている結果だ。

同グループは2024年8月にロンドンに初めての支社を設立。欧州はクレーンゲームの展開であっても、日本の風営法に類似するギャンブルライセンスの取得が必要であり、ゼロからの進出には手間がかかる。中に入れるプライズ(景品)にも消費者保護のための品質基準を満たす必要があり、米国以上にハードルがある。同社はすでに米国で1万3千か所に展開しているKiddletonのネットワークで大量のキャラクターMDの統一購買・製造流通ラインがあるが、それに加えて2-3割の商品をローカルで調達することで迅速な製品ラインナップの拡充を図った。

こうした流通の仕組みを整え、正式にサービス展開が始まったのは2025年5月。この2か月での数字は上々、前回調査も行ったショッピングモールWestfieldにある日本テーマのichibaの入り口には所狭しとGiGOのクレーンゲームが並んでおり、もう1か所もあわせて2か月の間に1万人以上のユーザーが遊んでくれた計算になる、という。今年中にさらに複数店舗を開店するめどがたっており、さすがGENDAの展開スピードである。オーガニックな成長だけでなく同社の得意技であるM&Aももちろん戦略オプションだという。

 

▲Hyper Japanの会場でも子供と一緒にクレーンゲームに興じるファミリーが多かった

 

 

▲下記ショッピングモールWestfieldの入り口にある日本モールichibaの店頭にならぶGiGOのUFOキャッチャー12台。

 

なぜ欧州にMD展開する日本企業が少ないのか、という質問をぶつけてみると、「それは単純に市場優先度と難易度の掛け合わせだと思います」と大富氏が答える。たしかに日本企業にとっては1.米国、2.中国ときてその次にASEANや欧州が出てくる。そのくせ欧州となると小さいのに分散した市場でレギュレーションも厳しい。しかし条件が同じはずの中国や韓国企業はかなり精力的に展開してきているようにも見える。

「中国系のほうが個々の人材のガッツが強い」という可能性もあるが、それ以上に「地域としての歴史的な結びつきが強いのかもしれない」という話は興味深い。香港経由で英国との結びつきが強かった中国コンテンツはそのまま英国でも香港を通じたネットワークがあり、商流をそのまま欧州にまで引き延ばすことができる。英国への輸入のための輸送コストと関税を入れると、なぜかほぼほぼ同距離の移動にも関わらず、中国商品のほうが安い、という話をHyperJapanでの別業者からも聞いた。

エンタメ大国である米国や中国と比べて、代替するエンタメ的な機能が充実している、ということも、欧州その他の国でコンテンツが根付きにくい一つの理由かもしれない。アジアや米国に比べて、公園にあふれて自然の中で遊ぶ環境に恵まれた欧州では、デジタルが中心のエンタメにいくまえにリアルな環境で社交的な活動を完結してしまう。舞台演劇が流行するのもその一つだろう。また欧州特有の事情として、街中にあふれた「カジノ」店舗があり、それも一つのエンタメ代替財として機能しているように思われる。

 

■エヴァンゲリオン30周年。前田真宏氏が語った日本の神獣・機械を描く心性

ゲスト招待を受けた株式会社カラーの前田真宏氏は、一流のアニメーション監督・アニメーターである。大学在学中に『超時空要塞マクロス』『DAICON IV OPENING ANIMATION』、『風の谷のナウシカ』などの作品にアニメーターとして参加。1985年頃から本格的にガイナックス作品に携わるようになり、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』などで原画、設定、演出を担当するなどして活躍した。有限会社ゴンゾの設立にも携わり、『青の6号』や『巌窟王』で監督業に入っていく。2012年に株式会社カラーに入社してからも『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』『シン・ゴジラ』『シン・ウルトラマン』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『シン・仮面ライダー』などにも携わってきた。2024年よりスタートしたアニメ『怪獣8号』にも関わり、日本で怪獣・神獣・巨大ロボットを描かせたら右に出る者はいない。今回は自身のライフワークをまとめた『 雑 前田真宏 雑画集』 の出版記念もあってHyper Japanに渡航し、イベントに参加していた。

前田氏と対談したのはHelen McCarthy、『Manga Manga Manga』(1992)や『Hayao Miyazaki: Master of Japanese Animation』(1999)、『The Art of Osamu Tezuka: God of Manga』(2009)などの著書で知られ、「イギリスに日本アニメを広めたライター」としても有名なジャーナリストだ。内容は歴史的・哲学的で、日本文化のなりたちを追求しようという野心に溢れていた。

「なぜゴジラやロボットといった巨大なものを日本人は表現してきたのか」という質問に、前田氏は「怪獣と機械、この2つに大きな違いはないのだと思う。大いなるものに対する“恐れ”という、神話の時代から続く日本人の心性がこうしたものを現代になっても描かせている」といった回答は、英語に翻訳されてもその力を失わない説得力に溢れたものだった。ナウシカの巨神兵、エヴァンゲリオン、ゴジラ、前田氏が描き続けてきたMounstrousな存在は、遠く離れた英国市場でもファンの心を掴んでいた。

「なぜ日本のアニメはこれほどパワフルなのか」「AIが普及する社会において、こうしたナラティブがどう変化していくのか」と矢継ぎ早に質問が浴びせられ、非公開でのクローズな現地記者たちも職務を忘れて最後までサインをねだろうとする姿に、この40年間前田氏が描いてきた生物/機械がどれほど欧州の人々の心をもとらえてきたかを感じ入ることができた。

美大時代から14-15世紀中世欧州のアートに影響を受け、ウィリアム・ギブスンの『ニュー・ロマンサー』(1984、サイバーパンクの代名詞となった作品)など海外のSFに衝撃を受けた経験が、そのまま彼自身の1980年代の作品にも表れている。ディエゴ・リベラ、パスクアル・オロスコ、ルフィーノ・タマヨ、フリーダ・カーロといったメキシコ革命時の壁画にも影響を受けたという前田氏から次々に出てくる作品群から、1970~80年代にもいかに日本人クリエイターが海外文脈と近づき、共鳴しながら独自のオリジナリティを発揮してきたのかを垣間見る機会にもなった。

 

 

■英国でしか見れない「となりのトトロ」、オリビエ賞6冠の大ヒットミュージカル

前回ABBA VOYAGEで感じた英国ライブエンタメの感動が忘れられず 、今回は舞台『となりのトトロ』に足を運んだ。映画で音楽を手掛けた作曲家の久石譲が発案、日本テレビとイギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)が共同製作した作品で、2022年10月~2月にロンドンのバービカン劇場で初演、翌23年11月~24年3月に同劇場で再演。今回鑑賞したものはこの2回の公演に感動したロイド・ウェバーが自らの所有するGillian Lynne Theatreで無期限ロングラン公演となったもの。

日本ではあまり知られていないがこのトトロミュージカルは記録続きだ。英国で最も権威がある演劇・オペラ・ミュージカルのローレンス・オリビエ賞でBest Entertainment or Comedy(最優秀作品賞)を受賞、それ以外にも最優秀演出賞、最優秀衣装デザイン賞など2023年は6冠した大成功ミュージカルである(日本関連では1985年森下洋子氏(バレエ)や、2007年『藤娘』、2016年『キンキーブーツ』など過去4作が受賞経験あるが、6部門というのも最優秀作品賞も初めて)。

もはや誰もが知っているストーリーだが、どこまで英国人にそのコンテクストが伝わっているのかと半信半疑の中、すでに3年目になるこの公演も1300弱の座席は休日昼間という時間帯もあるのかほぼ埋まっていた。子供連れのファミリーが多く、公演中も子供たちの笑い声などがあふれ、非常に心地よい環境で視聴することができた。正直成人女性がサツキ(12歳)とメイ(4歳)を演じるのは相当な無理があるかと思ったが・・・惹きこまれた。しゃべり方から振る舞いによって、かくも“子供らしさ”というものを舞台にもちこめるのかと演劇舞台の奥深さに感嘆する思いだった。

なにより衝撃だったのはトトロだろう。物理的な制約のなかであのへんてこな生き物の巨大さや安心感、とらえがたさをどう表現するのかとワクワクしていたが、最初にとんでもないサイズで舞台を占めるトトロに圧倒され、雨傘でジャンプする躍動感も、2人をのせてビュンビュンと飛び回る姿もアニメのそれと一切の違和感がなく、ライブ・エンターテイメントのおとしこみ技術の幅広さには度肝を抜かれた。日本の舞台製作費のサイズ(数千万~1億円規模)ではこうはいかないだろうなと思うが、5~10億円といった開発費をかけられる英米のミュージカルの世界では、ある意味「舞台版のハリウッド化」を見ることができる。「きわめて忠実に再現されている」ようにみえる舞台版は、そう見せるためにとんでもない発明を繰り返している。歴戦のバジル・ツイスト氏が”苦労をにじませながらも、「彼ら(ジブリ)には彼らの意見があり、納得してもらえるよう尽しました」と笑顔で語った”というように、スタジオジブリ監修にすりあわせてどう原作を守りながら舞台映えするように落とし込むかは相当に苦労があったのでは、と想像される。

歌はすべて英語/日本語を併用し、キャストもすべてアジア人でそろえる徹底ぶり。戦後日本の風景描写とともに農作業から「日本の田舎」情景まで、舞台演出のスペシャリストたちの日本文化へのリスペクトが細かいところまで感じられた。これは歴史を背負った欧州人がゆえなのだろうが、米国的な「大スペクタクル」ではなく、むしろどの社会にも共通する「日常にふとした瞬間に感じる、細やかなるもの」を微細に描きこもうという演出が際立っていた。大人に守られていない12歳/4歳の不安や葛藤、田んぼや森と共生して労働で生きる人々、壮大な自然が昼/夜で豹変する表情、科学とは対極的な呪術的でスピリチュアルな世界など、思えば1988年に宮崎駿監督が描こうとしていた世界はこういうものなのだというのを何十回とみてきたアニメと同じストーリーであるにも関わらず、このミュージカルによって「発見」させられたものは多い。

 

 

■キャラ・アニメから『Butter』『変な絵』も売れる日本ブーム。勝機をつかむローカル企業とPOPMARTの躍進

街に繰り出してみるとそこは英国、中国や米国、韓国・台湾といった一部の地域でみるような「熱狂的な日本IPのグッズの塊」に出会う機会は少ない。それでも、流行をけん引するショッピングモールでは、2年前よりも1年前、1年前よりも今年のほうが確実に日系キャラクターを目にする機会は増えている。

バンダイナムコはCamdenという都心から30分圏内で原宿のようなショッピング街で2023年よりスタートし、25年3末には2店舗目を展開している。石レンガの建物を2階建てにくりぬき、ガチャ、アーケードゲームからポップアップショップとカードゲームの対戦スペースまであるリッチな作りだ。

 

 

ブランディング施設としてはこうしたバンダイナムコの展開を嚆矢として、GENDAや日系の書店なども展開を検討しており、ここから数年でいくつもの展開事例はでてくることだろう。しかしながら、2024、2025と1年での変化を間近でみてきた私としては驚いたのは需要という機会に敏に反応し、スピード重視で展開されるPOPMARTの展開だ。昨年はほとんど見られなかった中で、すでに英国で10店舗以上。ロンドン近郊のみならず、マンチェスターにすら店舗がある状態だ。ショッピングモールWestfieldではこのPOPMARTとMinisoが一等地に並んでおり、中国小売勢が目立っていたのは2024年には見られなかった光景だ。

 

▲POPMARTが目抜き通りの目立つ場所に大きな店舗を構えていた(2024年にはなかった)

 

▲MinisoもPOPMART近くに隣接

 ▲Minisoのちいかわ商品はなくなっていたが、サンリオ商品がメインを飾っていた

 

Seoul PlazaはTottenham Courtなど中心街に3店舗構え、郊外も含めてロンドン周辺で10店舗近く展開している韓国食料品店だ。外側でみると「イカゲーム」とチャミスルのコラボなのでKコンテンツの打ち出しメディアとしての機能も果たしているが、中に入ってみると驚くことに半分以上は「日本食材」である。カップラーメンから味噌汁からソースまで見慣れた食材が並んでおり、「アジア食材」としてのブランド店舗として機能している。

 

 

日本の「Kawaii」がそのまま海賊版のように展開されているサービスもある。KENJIは現代アジア文化に英国のエッセンスもいれたプラットフォーム事業として展開されており、モバイルアプリ「KENJILAND」というメタバースと一体化した没入型の店舗展開を行っており、ぬいぐるみ、玩具だけではなく文房具、ファッション、家庭用品、食品などが並べられ、すべてにアジアテイストのオリジナルキャラクターが付されている。「日本インスパイア系」ともいえるこうした店舗の展開は、総論としては日本への興味の高まりとしてポジティブにうけとってもよい話だろう。

 

▲アジア“風”の英国発小売店KENJI。ぬいぐるみ、フィギュアだけでなく、文房具、ホームウェア、食でもアジア風キャラクターが入ったものが多く取り揃い、人気を博していた

 

 

都心にも日本IPグッズ店舗はいくつもあったが、、、「ジブリ作品」というコーナーを設けているこの店は「フランスからの正規ライセンス品」と「並行輸入品」が混在している。商品の多くは日本で買い集められ、製造地・販売値を隠すようにポンド表記の値札が張られ、だいたい日本での値段の3~5倍ほどの価格で売れるため、輸送費や人件費なども十分に賄えるのだろう。2025年はこうした「ふわっと日本Inspiredされたグッズ店舗」がロンドン都心にすら多く点在するようになっており、需要が底堅いことを裏付けている。

 

 

サンリオ商品を看板に、日本のオトナ女子向けキャラクターショップ。ほとんどのグッズは日本と中国から仕入れた並行輸入品で公式に版権処理された商品はなかった。こうした店舗がロンドン一等地にいくつも店舗展開されていた。

 

▲もはやファンアートといった具合の英国初の日本料理店。あらゆる日系キャラが混在して描かれている(非公式)

 

▲こちらは公式で正式にサンリオ社からライセンスされた商品がおろされているARTBOX

 

日本ブームが来ている、というのは確かな潮流である。キャラクター、アニメだけではない。ハイパージャパンで日本の食や文化への興味の強さを実感したが、そうした「日本的なもの」が全般的に2024~25でブーム的な様相を示していた。コロナ以降に英国書店では日本文学ブームが起きており、『Butter』(柚木麻子作、2017年に日本で発表された首都連続不審死事件のフィクション小説。2024年英語版出版されると、英国で「Books Are My Bag Readers Award 2024」「Waterstones Book of the Year 2024」を受賞し、現在世界で累計100万部販売)や『変な絵』(雨穴作。本連載でも取材したが、2022年発売後世界30か国で累計164万部)が、メインの棚に何十冊と山積みにされている。日本旅行者が増えたことで日本文化そのものに興味が強くなっており、コロナ以降は漫画コーナーは3倍規模になっているといった話もある。ただこれがアニメや漫画だけの話ではなく、日本へのインバウンド観光客の急増も受けて、「ロマンタジー(ロマンス×ファンタジー)」や「ヒーリングフィクション(癒し系小説)」といった日本発の作品をもとに、新しいジャンルカテゴリーが生まれているという直近のTBSのCROSS DIG報道もハイパージャパンにおける成功を裏付けしている 。

 

 

だがその人気を最終的なマネタイズに変えている事業者は誰なのだろうか。日本IPのグッズはPOPMARTでもMinisoでも買える。冒頭のCross Media八木氏がこう語っていた。「消費者たちが先にKawaii文化を取り入れて、その市場のトレンドにいま事業者たちが後追いで入ってきている。でもそれが日本企業ではなく、中国のPOPMARTであったり、英国現地のファンダムのインフルエンサーであったりする」と。

キャラクター・食・文化のジャンルでも、いままさにディストリビューションと小売でこうしたムーブメントを知覚し、日本に版権として還元される流通・小売型企業の展開が待ち望まれる。UNIQLOが四半世紀前に大きな苦労を強いられたロンドンの地で、すでに同社は盤石なブランドを確立している。良品計画も英国7店舗に展開され、ichibaが行っているようなリテール型の取り組みがいま欧州でも求められている。アジア・アメリカではラウンドワン、GENDA、イオンが一気呵成にその面を広げているが、次なる地としての英国で、どこまでこのスピードにキャッチアップできるだろうか。

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