第9回「アフリカ開発会議(TICAD)」の閉会式に参加した各国首脳ら(写真:共同通信社)

(山中 俊之:著述家/起業家)

 8月20日から22日まで横浜で開催された第9回アフリカ開発会議(TICAD)に足を運んだ。日本企業やアフリカ諸国の展示がところ狭しと並んでおり、場所によっては歩くのも困難なほどだった。

 第1回のアフリカ開発会議は1993年に東京で開催された。同会議の開催が発表された時、私は外務省の在外研修生としてアフリカの地、エジプトに駐在していた。すべてのアフリカ諸国を対象にする開発会議が開催されることに対して、大いに高揚感を感じたものだ。

 1990年代のアフリカ諸国は、冷戦が終わり、欧米諸国やロシアからの関心が薄れていた時期だ。そのような時期に、当時世界第2位の経済大国であった日本が全アフリカ諸国の首脳を招待するという形式は斬新なものであったと言っていい。

 なお、フランス–アフリカ首脳会議といったフランス語圏中心のアフリカ開発会議は別途存在することは付言しておきたい。

 アフリカ諸国の首脳を招く以上、手ぶらで帰らせるわけにはいかないのは当然だ。毎回各国ごとに援助や投資を検討する作業は膨大なものになる。

 50を超える国の首脳級が集う国際会議は、日本で開催される国際会議としては最大規模だ。ロジ(移動、食事、宿泊などの後方支援)は数ある国際会議の中でも最難関と言っても過言ではない。

「なんで大統領である自分がこのような車に乗せられるのか」「なぜ席次がこんなに悪いのか」といった苦情、時には怒号に対する対応は神経をすり減らす作業になる。

 数多くの国際会議を主催してきている外務省にとっても、TICADは最難関の国際会議であることは想像に難くない。

 もっとも、日本の報道を見ているとアフリカ諸国の首脳やグテレス国連事務総長も来日するなど大きな国際イベントのように見えるが、世界のメディアの扱いは驚くほど小さい。なぜなら類似の世界各国主体のアフリカ関連の開発会議が現在では多数存在するからだ。

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