第一生命経済研レポート
2025.08.21
欧州経済
フランス経済
内外経済ウォッチ『欧州~秋の夜長とフランス不安~』(2025年9月号)
田中 理
目次
欧州の国債市場に異変が起きている。債務危機の震源地となったギリシャを始め、イタリア、スペイン、ポルトガルなど、かつての債務不安国と、フランスの国債利回りの差が縮小し、一部で逆転している。2019~22年にかけて、デフレ転落が不安視された頃のユーロ圏では、域内で最も信用力が高いドイツの国債利回りがマイナス圏で推移していた。当時、少しでも高い利回りを求める投資家が、金利収入が得られないドイツ国債や財政不安を抱える南欧国債を敬遠し、フランス国債を重点的に購入したのとは様変わりだ。背景には、欧州復興基金からの資金拠出や観光需要の回復で、南欧諸国の経済パフォーマンスが良好で、財政再建が進んでいるのに対して、議会基盤が脆弱なフランスで財政再建が進んでいないことがある。
フランスでは、マクロン大統領を支える中道勢力が国民議会(下院)の過半数を掌握していない。昨年12月にはバルニエ首相(当時)が議会採決を迂回する特別な立法手続きを利用して予算成立を目指したところ、内閣不信任案が賛成多数で可決され、退陣に追い込まれた。後任のバイル首相は、どうにか政権発足と今年度の予算成立に漕ぎ着けたが、7月に発表した来年度の予算案に野党勢が再び猛反発している。秋に本格化する予算審議の紛糾が避けられそうにない。


フランス政府は財政赤字の国内総生産(GDP)比率を、今年度の見込み値の5.4%から来年度は4.6%に引き下げ、2029年までに欧州連合(EU)の財政規律が求める3%未満に低下させる方針を掲げている。来年度の予算案では、財政赤字の削減に向け、社会保障費や年金給付、国防費を除く政府の一般歳出を今年度の水準で据え置くとともに、課税所得区分のインフレ調整を停止することなどを計画している。また、年間で11日ある祝日のうち2日を廃止し、成長率を押し上げることも目指している。だが、バイル首相も予算成立には特別な立法手続きに頼らざるを得ない状況で、内閣不信任案に直面することになりそうだ。
内閣不信任案の可決には、極右と左派の野党勢力の総結集が必要となる。両勢力は反マクロンで一致するものの、それ以外では長年対立を繰り返してきた。昨年12月と同様に政権打倒で協力するかは分からない。両勢力が協力し、バイル首相を退陣に追い込んだ場合も、マクロン大統領が改めて自身に近い首相を任命する公算が大きい。野党勢は次の首相にも不信任を突きつけ、マクロン大統領に解散・総選挙を迫る展開も考えられる。財政再建を進めれば、政治の混乱が避けられず、政治の混乱を回避しようとすれば、財政悪化が避けられない。フランスを巡る不安が続きそうだ。


田中 理

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