(英フィナンシャル・タイムズ紙 2025年8月7日付)

台湾で行われた野党議員のリコールを求める国民投票の開票作業(7月26日、写真:ロイター/アフロ)

 チェン・ルフェンの人生は様変わりした。

 エンジェル投資家の彼女は、活動の場を冷房の効いた会議室からうだるように暑い台湾の街頭に移した。

 これまでのようにスタートアップ企業を支援する代わりに、中国が秘密裏に台湾併合に向かっているとの認識から、祖国を救う活動に取り組んでいるのだ。

 彼女をはじめとする数千人の活動家は初戦で大敗を喫した。

 過去に例のない大規模な立法委員(国会議員)リコールを求めたものの、7月の投票で最大野党・国民党の議員を1人も失職させられなかった。

 チェンのような活動家たちは、国民党は中国が台湾を手に入れられるよう民主主義の土台を削り取っていると批判している。

「(リコールの賛否を問う)投票が終わったら普段の生活に戻ろうと思っていた」とチェンは言う。

「でも、こうなった以上、活動を続けないといけない。私たちが彼らを止めなければ、主権も自由も永遠に失われることになる」

一枚岩になれない台湾市民の複雑なアイデンティティー

 チェンの心配は、中国共産党が中国の一部だと長年主張している台湾の統一にじわじわ近づいているという恐怖心の高まりを反映している。

 中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は、台湾問題を「世代から世代へと先送りするわけにはいかない」と繰り返し語っている。

 西側諸国の懸念は、中国が台湾に侵攻するリスクに集中しており、米軍の司令官らは、中国人民解放軍が台湾周辺で行っていることはもはや演習ではなく、攻撃の「リハーサル」だと警鐘を鳴らしている。

 だが、台湾人の多くは、北京の中国政府が昔からある文化的・経済的なつながりを利用し、協力者を育成し、台湾の選挙で選ばれた政権を脇に追いやることで、台湾を内側からひっくり返す可能性の方をはるかに強く懸念している。

 中国が「分離主義者」だと切り捨てる民主進歩党(民進党)が台湾総統選挙で勝利した2016年以降、中国共産党は、台湾海峡をまたぐ関係を親密にすることに理解のある政党、利益団体、社会階層などの取り込みに一層力を入れるようになった。

「中国には、台湾の複雑な歴史や政治情勢を利用して台湾団結の土台を崩そうとしてきた長い歴史がある」

 米ワシントンのシンクタンク、ランド研究所に籍を置く台湾専門家のスコット・ハロルドはこう語る。

「そして台湾は、そうした動きに惑わされないために必要な政治的・社会的一体感の獲得に苦労している」

 台湾のナショナル・アイデンティティーはまとまりに欠ける。

 国民党のイデオロギーである中国ナショナリズム、台湾と中国との歴史的なつながり、国際社会での外交的孤立といった要因から影響を受けているためだ。

 台湾にもともと住んでいた人々と1949年の共産主義革命後に逃れてきた人々の子孫は皆、中国との統一に圧倒的に反対しているものの、中国政府からの圧力が強まるなか、統一をめぐる意見の相違はますます公に、かつ刺々しいものになりつつある。

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