Asia Trends

2025.08.15


アジア経済

アジア経済見通し

アジア金融政策

インド経済

株価

為替

トランプ関税


S&Pが18年半ぶりにインドを格上げ、トランプ関税の逆風を越えるか
~外国人投資家のインド資産への魅力向上の一方、その評価については事態を注視する必要がある~



西濵 徹



要旨

S&Pグローバルは14日、インドの外貨建て長期信用格付を18年半ぶりに「BBB」に引き上げた。同社は格上げの理由について、コロナ禍以降の力強い経済成長や財政健全化の進展、金融政策の信頼性向上を理由に挙げる。
他方、トランプ米政権はインドへの相互関税25%に加え、ロシア産原油の輸入拡大を理由に25%の追加関税を課す方針を示している。インド経済は内需依存度が高く、トランプ関税による経済成長への影響は限定的と見込まれる。しかし、個別の追加関税については米国向け輸出比率の高い分野で影響が大きい。さらに、対内直接投資や生産拠点としての評価に影響を与える可能性がある。
また、モディ首相は景気下支えへGST引き下げに言及しており、格上げの根拠とされた財政健全化の持続性に疑問符が付く可能性もある。今回の格上げの是非については、その動向をしばらく注視する必要があると捉えられる。


米格付機関のS&Pグローバル・レーティングは14日、インドの外貨建て長期信用格付を1ノッチ引き上げた(BBBマイナス→BBB)。同社による格上げ実施は2007年1月以来、18年半ぶりのこととなる。なお、同社は昨年5月に同国に対する格付け見通しを将来的な格上げの可能性を示す「ポジティブ」に変更しており、格上げ実施は時間の問題とみられていた。同社は、今回の格上げの理由について、コロナ禍以降のインド経済が力強い経済成長を実現しており、経済成長を追い風に財政健全化に向けた道筋を着実に歩んでいること、そして、金融政策の信頼性が向上していることを挙げている。

図表図表

しかし、足元のインド経済を巡っては『逆風』に直面している。トランプ米政権は、インドに対する相互関税を25%と他のアジア新興国と比較して高水準に設定している。さらに、米国は同国がロシア産原油や兵器を購入していることへのペナルティーとして25%の追加関税を課す方針を示しており、合わせて50%の高関税が課される可能性が高まっている(注1)。なお、近年のインド経済は個人消費をはじめとする内需がけん引役となっており、対米輸出額は名目GDP比で2.2%に留まる。よって、仮に50%の追加関税が課されたとしても、実質GDP成長率の押し下げ効果は▲0.4pt程度に留まると試算され、インドが新興国のなかでも比較的高い経済成長を実現していることを勘案すれば、その影響は吸収可能と捉えられる。S&Pもインドの内需依存型の経済構造を理由に、トランプ米政権の関税政策による経済への影響は管理可能との見方を示している。

その一方、トランプ氏は相互関税以外にも、自動車や自動車部品、鉄鋼製品、アルミ製品に対する追加関税を課しており、インドはこれらの輸出に占める米国比率が比較的高く、個別セクターへの影響は相対的に大きくなりやすい。さらに、トランプ氏は追加関税の対象を医薬品や半導体などに広げる可能性に言及しており、特に、医薬品はジェネリック医薬品や原薬輸出を巡って対米比率が高く、深刻な悪影響が懸念される。また、近年の米中摩擦の背後でインドは中国に代わる生産拠点として注目されたものの、仮に高関税が課されればそうした評価に変化が生じることも考えられる。足元のインドの高い経済成長は人口増加に支えられており、中長期的な観点で持続可能な成長実現のためには生産性向上が不可欠となる。しかし、トランプ関税をきっかけに対内直接投資に逆風が吹けば、そうした道筋に不透明感が増すことも予想される。

ここ数年の金融市場では、インド経済への成長期待が主要株式指数(ムンバイSENSEX)を押し上げてきた。その一方、対照的にルピー相場については同国が慢性的な経常赤字を抱えるなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さが足かせとなるとともに、トランプ関税の動向に翻弄される展開が続いてきた。さらに、足元では米国が高関税を課す方針をみせていることが株式、為替双方の重石となる動きがみられるものの、S&Pによる格上げは外国人投資家のインド資産に対する魅力を高める効果が期待される。ただし、トランプ関税による外需鈍化に対抗すべく、モディ首相は財・サービス税(GST)の引き下げに動く方針を示しており、先行きはS&Pが格上げの根拠とした財政健全化への取り組みに疑問符が生じる可能性もある。その意味では、今回の格上げ決定の判断の是非についてしばらく注視する必要があると捉えられる。

図表図表

以 上



西濵 徹

WACOCA: People, Life, Style.

Exit mobile version